第5話 神入
レタとミライがはるとくんを送って行ったから、練習は中断になった。
やっぱり対人関係は、あの二人に限る。
――協力者向け参考資料・第四章『
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第四章:
●
魔族や魔獣が死亡した際、体内に残っていた魔力量が非常に多い場合、ごくまれに魔力が分離し、暴発することがあります。
これを「
通常、魔族や魔獣は魔力によって自己治癒や復活が可能なため、死亡に至ったとしても
しかし以下のようなケースでは、本来治癒に使われるはずの魔力が働かず、
・妊娠中など、魔力量は多くても自由に使える魔力が制限されている場合
(※母体と胎児はそれぞれ魔力を持っていますが、互いの魔力を共有・代用することはできません)
・自ら命を絶つなど、身体が治癒を試みていない場合
・極度のストレスなどにより、自己治癒がうまく働かなかった場合
通常、魔族が老死や病死に至った場合、魔力が減少しているため、当然
なお、魔力を持っていても魔術回路(=魔力を扱うための仕組み)を持たない存在も、魔力を消費することができないため、
このような例としては、魔力はあるが魔術が使えない「
そのため、魔族社会では
●
その外見から、魔族の間では「
討伐することは不可能ですが、封印することは可能です。
体長が小型犬程度以上の
一方で、非常に小さな
小さな
●神隠し/
「神隠し」という呼び名は、
魔族社会における正式名称は「
神隠しにあった者の身体は消化されず、取り込まれたまま時間が止まったような状態になります。
まれに、数ヶ月から数年後に生きて帰還する者も存在します。
これまでの記録では、最長でおよそ十年が限界とされていましたが、近年になって、二百年にわたる神隠しからの帰還者が確認され、各分野で研究が進められています。
●神入(しんにゅう)
小さな
この現象は「
ただし、心身の状態によっては長期間残ることもあるため、早期の対応が推奨されます。
本人の意志による制御が難しい場合は、医療機関や魔術局への相談が必要です。
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心の隙間に入る
高校を卒業する頃まで、
でも、上京した途端、俺の出る頻度は一気に減った。
ちょうどその頃、
思えば、あれは初対面の相手用の人格としての、延命みたいなものだったんだろう。
そのまま俺は個人としてバイトもしてたし、
極端な話、
きっと、
三年前、狭くなったその心からはみ出した俺は、別の個体になった。
その違いなんて、意識があって、暴発してなかったことくらいだったのかもしれない。
「小さい
自認は二十六歳。
見た目は分離した時から変わってないから二十三歳、魔力核は三歳。
魔族の子には入りやすいっていうけど、じゃあ俺はどうなんだ。
「いやぁ? 体の構造が違うから、たぶん入らないと思うよ。むしろ……」
「むしろ?」
「
そっか、同じようなものなんだった。
......なら、食えるんじゃないか?
クリオネみたいな見た目だって、よく見れば水まんじゅうっぽい。
いや、別に食わないけど。
「何言ってんの? ほら、そろそろ出ようよ」
多目的ホールを使えなくなる時間が来るより少し前に、
小さい
あと数十分で消えるから、気にしなくてもいいってことらしい。
「そうだ、
「あー、なんか、タマって野良猫が最近居なくなって寂しいって。ボール遊びが好きな子だって」
「それ、さっき先生から俺も聞いた。タマ、黄色い目でササミが好きな……」
口に出しながら、思い出してたのは龍の姿だった。
黄色い目で、ササミ食ってなかったっけ。
「
たぶん、
「え、どうだったかな……」
龍を含む魔獣は、そもそも猫や鳥によく化ける。
しかも、あの龍の目はやけに猫っぽかった。
「僕、そのタマってさっき放した龍だと思うんだよねぇ。風呂の時間まで探しに行こうかなって」
「ん、いってらっしゃい。俺たちはもう温泉行くわ、そっちより時間かかるし」
貸切の時間も、ちょっと長めに予約してあるらしい。
「ミライとレタ、もうあっちでおちびちゃんたちと一緒に探してるって。……タマって名前の猫」
黄色い目の猫を、子どもが抱きかかえてる写真。
背景の花を見た感じ、撮影されたのは半年くらい前か。
「で、こっちが放流前の龍の写真」
「同じじゃん」
「旅館のスタッフも同じ結論っぽい。迷子になっちゃったならもう旅館の飼い猫にするから、見つけたら連れてきてってさ」
ミライとレタの方で、話は先に進んでいるらしかった。
「俺も
俺の体重が五キロの時点で、
いくら魔術で誤魔化せるって言ったって、体重差がありすぎて危険だから。
「持ってる。もう一枚はミライのはず」
「了解。出発前にミライたちと合流しなきゃか」
「オレ、ミライだよ」
すぐ近くに居た男が振り返って、俺に軽く手を振った。
なら、その隣に居るのはレタだ。
「あれ、戻ってきてたんだ」
「餌用に、ササミの切れ端くれるんやと」
スタッフ室は、貸切風呂のすぐ近くにある。
「オレも、髪の毛の色、
「俺は、ミライの黒髪ええと思うで」
「
「……んや、大丈夫。
「あー、ちょっと顔色がね。
俺が他人の顔色なんか見抜けるわけもない。
でも、二十三年間同一人物だった
ササミと一緒に、スタッフが懐中電灯を数本持ってきた。
もう遅い時間帯だから、気を使ってくれたらしい。
古めの懐中電灯だ。
ずっしり重たそうな金属製で、乾電池を何本も使うタイプ。
長さは二十センチほど、太さはトイレットペーパーの芯くらい。
それを見た瞬間、レタが
「いや……あかん」
と、死にそうな声を絞り出した。
それらは、色も形も――あの日、警察に押収されていった懐中電灯とよく似ていた。
ストーカーが、俺に使ったやつに。
あれは、何かを照らすためじゃなかった。
ただ、ストーカーにとって都合のいい形だったってだけ。
殴るのも、それ以外も、懐中電灯一本で足りた。
まあ、無理やり持たされた時に、隙を見てフルスイングしたけど。
人の声は遠く、虫の音だけが近くで響いている。
川沿いの旅館の灯りが、水面に細い帯のように映って揺れていた。
揺れは波紋に砕け、夜の中へ溶けていく。
「あ、あれやんけ」
足湯のすぐ近くに、一匹の猫が佇んでいた。
爛々と光る眼は黄色で、水面に映る姿はやっぱり猫じゃなかった。
「おいで、よーしよし」
さすが魔調局、手馴れてる。
「たまには短いのもいいね」
……いや、ただの猫好きなだけかもしれない。
「
メインクーンとか、ラグドールあたりの。
猫カフェで、生後六か月のメインクーンがデビューした時なんかは凄かった。
「この前三人で猫カフェ行った時、
ミライが、そんな知らない話を出した。
三人ってことは、ミライ、レタ、
「俺に似てる?」
「そう。猫型の時の
「顔はともかく、サイズ的に子猫じゃねえだろ」
「いやっ、メインクーンなら生後六か月で五キロの子は居るよ」
「お前ほんと猫好きだよな」
「......まぁね」
川沿いの道を旅館へ戻る途中、格子戸から柔らかな灯りが漏れる店の前を通った。
高級そうな料亭だ。
玄関先の生け花と、紺の暖簾が夜の色に溶けている。
「ああいう店、そういえば前にスタッフに連れてかれたわ」
「
「え、結構昔……二年くらい前。裏方の集まりで行ってさ、端の席で寿司食ってた」
そうだ、あの頃は、普通に飲み食い出来てた。
「何もなかった?」
「別に。なんか帰るとき、やけに車で送ろうとしてきた奴が居たくらい。絶対同じテーブルじゃなかったし、たぶん別室グループの誰かなんだけど。もう深夜だったし、しつこくて若干怖かったから、さっさとアプリでタクシー呼んで帰った」
「……」
気のせいじゃなければ、
まあ、今思うと、車で送ろうとしてきたスタッフとストーカーは同一人物の可能性があるんだけど。
ストーカーが元バイトだったから、どうせ俺の中だと似たような三人か四人のどれかとしか認識されてない。
俺なりに気をつけ続けてるんだけどな。
カラオケだって、急に抱き着かれたりして逃げてから、二人きりで行かないようにしてる。
不意打ちで体重をかけられた時、
「ここの防音ってしっかりしてるよね」
って相手が言ってたのが印象的だった。
それから、同期の居ないカラオケにはそもそも行ってない。
魔族は
男子校の姫とか、女子校の王子様、みたいなやつ?
「この前、元マネが楽屋まで来てたし、もうひとりでは動かないって」
「あれねぇ。やっぱりギタギタにすればよかった」
先月、
扉越しに
そもそも、二年前に懲戒解雇になったはずだから、楽屋に入れてたのがおかしい。
退職の時にセキュリティカードを無効化してなかったのが原因らしくて、事務所から俺に賠償金が出た。
実質的な口止め料だろうから表に出してないけど、脇が甘過ぎるだろ。
急成長した事務所だから、二年前なんか特にスタッフが足りてなかったんだろうけど。
そのマネージャーが変わる直前まで、やり取りはしてた。
仕事で使うからって、急に自撮りを送って欲しいと頼まれるのは元から定期的にあった。
広報用に顔写真が使われるのは珍しくなかったから、適当に送ってた。
その日は、
「後から波やハイビスカスを合成するから、シャツも脱いで」
って連絡が来て、指示通りに撮って送った。
翌週、マネージャーが変わっていた。
色んな演者のプライベートな写真を撮ってたらしい。
俺が寝てる時の写真や、俺がアイス食ってる写真もあった。
今でも、スマホのカメラで撮られるのだけは苦手だ。
ネット上に写真が流されてて、ファンからの通報で発覚したらしい。
閉じられたファンサーバーに元マネージャーが流したのを、一部のファンがSNSに出して、善意のファンは事務所に通報したんだって。
ファンサーバーっていうか、半分くらいはアンチサーバーだろ。
事務所に通報したやつより、SNSに流したやつの方が多いってなんだよ。
一番多かったのは何もしなかったやつだけど、実質的に黙認した時点で同罪だ。
それどころか、その時期に登録者数が伸びた。
元モデルだと思われたらしくて、ありもしない別名義を探されてたけど。
若干、事務所が最初に被害を発表してから、元マネージャーの懲戒解雇を発表するまでは叩かれてたくらい。
仕事上の信頼関係を利用したって意味では、教師が仕事中に生徒を盗撮、みたいな話だしな。
「貸切温泉、もう使えるって。レタと
「分かった」
靴を下駄箱に入れて、上着だけを脱ぎながら脱衣室に上がり込んだ。
旅館の浴衣は、まあフリーサイズでいいか。
レタが服を脱ぎ始めるよりも早く、風呂場への扉を開け放って、そのまま猫になった。
傍からの見た目は違和感満載なんだろうけど、ここ一年くらいの俺は風呂に入る時いつもこれだ。
浴槽に毛が落ちるわけでもないし。
湯船に入る前にシャワーを前足で捻って、全身を濡らした。
汗が出ない体質だから、石鹸だって別に要らない。
湯船にそのままちゃぷんと入った。
もちろん足はつかない。
肩まで浸かるというよりは、前足を交互に動かしてゆっくり進み続けている。
猫の姿だけど、犬かきってやつだ。
……どう見ても水遊びだな、これ。
「風呂っつーか、泳いどるやんけ」
レタは当然のように、ラッシュガード姿で現れた。
絶対水着だろうとは思ったけど、全身それなんだ。
後ろからやってきた
どっちも、ハーフパンツタイプのやつ。
レタの基準に合わせたら、まあそうなるわな。
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