女狐


晩飯なり歯磨きなりを済ませて再度寝ようにも。

なんとなく冷気を感じて薄っぺらく目を開ける。



そこには………


「えっ」


――――――金縛り

口が固く留まる。

起き上がる意思を持った腕が情けなく動けない。


「騒ぎは起こしたくないんだ」


着ているのは派手な着物。ただし足への分け目の部分が前掛けのようになっている、のかな。

…その異様な耳は確実に、


「ようこそ異世界人。苦労をかけたね」


酷く鋭い目つきなのに無垢な目玉をした………性別はないってことでいいんだろう。


耳は清廉な毛が肌の周りを彩っていて、他の動物で例えるなら猫かな。まあ、失敬だろう。

意外にも褐色だったけどこんがり焼けた茜色の空みたいな、こいつは………




女狐だろう。



「初めまして。の世界を創った、女狐だよ。初日から気になっていた」


唇を空振らせた後、自由に口を動かせることを認識する。

「んーと…まだ不明な部分が多いんですが?初日を思い出します」

「これでも理解の早い方じゃないかな。ライモナニスティを長く使わず済んだ」

自覚してます。ライモナニスティは恐らく金縛りの事だ。

「そうだな〜…なんで私に?」

懸命に小声でお喋りをする。私の布団の上にふよふよ浮いてんのは普通にシュールである。

「当然じゃない。女狐だしここは一目見て一声かけるのはだめ?」

「そういうものですか。で、もしや私は今まで見られてたんですか?」

「ばっちし!まさか女狐とか言ってたから興奮してちょっかいかけさせてもらったんだよ」

あれは貴方のせいでしたか…。

「それは…えっと、魔術?」

「うん。私は創生者として魔術を使えなきゃ」

女狐が自分の肩を三度叩くと唐突、丸っこい狐になった。

茜色に墨をこぼしたような黒色が口の周りにある、利口そうな狐。


「それじゃあ稀代の魔術師は貴方になるじゃないですか」

「人が作った魔術は扱えないからね。私が作ったものが人と被るのは問題ないんだけどそれは私ができなければ無理だし、第一創生者と言っても魔術に強過ぎる訳じゃない」

狐は私の上を踏み潰して歩いてるが痛みも重みもない。多分そういうものなんだろと放棄している。厨二病みたいなだな、これ。

「うん、同居生活は満足してる?」

ちまっこい鼻が私の鼻先を優しく突いた。

「満足ですけど…サンさん、じゃないサンの事はどう思ってるんですか?あっ。さっきああ言ってたし全人類見てるんですか」

「サンは生きのいい奴だね。可愛らしい女の子まで捕まえちゃって、無頓着かと思ったけど。

あと全人類は見れないね、寛やかに街を見たら気になる人をチョイスするだけ」

「てことはプライバシー死んでますね?」

「そんなものを気にするの?そっちの人。

皆私が見るかもってことは知ってるし、君みたいな非常事態以外は話そうとしないから」

…途方もない恐怖を予感させる瞳は、夜にはかなり怖かった。けれど愛おしさに不思議と緩和させられてる。

しみじみ顔を見てから、言葉を映し出す。


「寝ていい?」


え?成り立ちとか聞かないの?

って、本で売られるようなものだろう、無銭で聞くわけにゃあいかない。

…というのも建前で。調べる作業は結構好きだから本人から聞くのもあれっていうだけ。


「好きにしなよ、もちろん寝顔は見ない」

くあっと一頻り口を開け、一つだけ跳ぶと煙を巻いて消えたのだった。

いや〜不思議な体験ですね〜。

驚くのも無駄な消費なもので口にはしないけど。つまり私は眠いです。

布団に顔を包み隠してこれが夢でない事は記憶した。



少なくとも、気持ちは浮き立っていたのか今日は早めに起きた。

なんだろう、あの体験。気の所為だったような気がしてきた。


「やっぱり朝早いですね」

パンを乗せた皿が優しく木目に触れる。

「リンナにしては早い」

現実を突きつけられつつ、聞いて下さいよ〜とだる絡みして私も自分の皿を運ぶ。

「なんか女狐さんが現れたんですよ、私の前で」

「……そうだったんだな、夜にか?」

「そうです。髪は雑っぽい切り方の赤茶色っぽい」

前と同じ苺ジャムを掬い取る。

わかんないですよねと相槌を打つ前に静粛せいしゅくな様子をしたサンさんが話を返した。

「なんだ、そういう色があるのか。」

「もうあれが狐色なんじゃないですか、この世では」

そういえば色にも変化があるかも。

しかし、史実には女狐の容姿は書かれているのだろうか、書かれていたらどのように書かれているのだろうか。

「それにしても、驚かないですね」

「女狐は人の目の前に現れると聞くしリンナは異世界人という立場だ、なんら分からないものではない」

そういうものかぁ…こんなにも塩反応ならもっとあそこで驚くべきだった。

いや、別に何も変わらないけど。

「そうだ、あと本って値段いくらなんですか?」

「安い方だと思…うがそちらの金銭感覚が理解できないな。今度お金が入ったら買えるんじゃないか?」

「安いじゃないですか、多分」

あともう一週間すれば買えるって事…いや、流石に貯めるべきか。

そう簡単に文化に貢献できないのが辛いところ。

少し興味を持ったものがあったらしくまた金は入れてくれたんだけど。

なんか、つくづく不思議だな。この生き方。

「美味しかったです」

今日は洗い物をサンさんに任せると、部屋の中で白い用紙を取り上げた。

女狐の事で何か書けることはあるだろうか。

色の事も書けるかな…けど技術の進歩ではない。

これも技術の進歩でないが女狐と神様との比較はまだ有益かな。うん、書ける書ける。

サンさんに洗い物させちゃったし書いておくべきだろう。多分。


乾いた手紙を内に封筒を掲げる。

「手紙、届けてきますね」

「俺様が届けてもいいが」

奇跡的にツンデレみたいになってるな。



この手紙の循環があるってことは私、前世界より運動量上がってるんだろうな〜。

ていうことは元より健康なのかもしれない。思うとなんだか切ないみたいな。


箱の手前までありつくと、


「今日も手紙?」


…この声といえば、ラサさん。

「そうです。よく会いますね」

「多分タイミングが合ってるんだよ、仕事と手紙のペースがね」

封筒を受け渡して、暫く唱え終えたラサさんが咄嗟に此方を見た。

「そういえば、リンナって男の人と同居してるんだよね?結構気になってたんだけど」

「ああ、はい。順調ですよ。」

「へえ……。男女ってだけでこういう事言うのもあれだけど、なんていうか、意識してるの?」

「ああ…」

改めてサンさんについて考えてみる。

正直恋愛とか専らって感じだったので恋バナは嫌いじゃないけど緊張を感じる。


「うーん…でも家族って感じですよ?」


「ああ…そう?良かった、しごめんね」

一緒にいて安心する人だと思うんだけど。

丁寧な手つきで連なったお手紙を手繰り上げる。

「強いてそういう風な話をするならば……結婚するなら確かにサン、みたいな人がいいかも知れません」

「えっ?」

「ちゃんと唱え終わってないですけど大丈夫ですか!?」

「あっ…もう一回言えば大丈夫だから」

困惑を顕にしながら封筒を整え直す。

やっぱり、恋バナは苦手かもしれない。



「結婚するならか…いや、良いんだけど」

空に散らばる封筒達を他所に袖をたくし上げてる。

「あの〜…その、ちょっとした事だったんです」

「それはその人じゃ駄目なの?結婚する人」

「そんなそんな。だってできないじゃないですか」

焦れったい表情を晒した後ラサさんはまた作業へ移る。…いらないこと言わなきゃ良かったな。

「…ここで世間話ってしちゃいけないですかね」

「いいよ?」

「女狐に会ったんですよ、昨日っていうか夜」

「えっ…ええ!?」

「あっごめんなさい!」

謎の謝罪も口にした後。

「ただちょっと私が異世界の人だから〜っていう」

「ううん…あり得るか。なんだ、凄いね」

こうして人の仕事中にべちゃくちゃ喋るのも変な気分だけど…。

よくよく考えたらサンさんって無口だもん。あの反応も今の反応も、色々考慮したらあり得るというか当然かも。

「私女狐の本持ってるからさ、なんか特別な気持ち」

「持ってるんですか!?」

「まあね。ええっと、欲しい?」

「欲しい…わけじゃないですが、その〜…貸すっていう文化あります?」

「フフ、無いかな。けどこちらもリンナに読ませることはできる。今すぐは無理だけど」

おお!それが失礼な方法じゃなければ読ませてもらおう。

と、女狐についての本を読ませてもらう約束を済ませていい加減お暇。


家の扉にノックをしたけれど、そういえばここのは少し違うのを思い出す。

一度叩くのは家の者、二度叩くのは用事、三度は急用、そしてそのどれも不審者の可能性はあるから気をつけるように、というのがここの扉のルール。

まあノックはしたので呑気に扉を全開にする。

「…あれ?サンは部屋かな?」

居間には静かに待つ家具の様子。

特に珍しい事じゃないけどそのまま口にするとは私も慣れすぎている。


「サンは見ていなかったな」


「うわああああっ!?嫌、突然はやめてください!」

「耳は鋭いんだ、獣人のように扱ってくれ」

「獣のように扱ってますけど。今日も見てたんですか?女狐さん。」

今回は獣人じゃない形態での登場。朗らかに足を捻って寛がせた。

「それ、敬称だろう?馴れ馴れしく頼むよ」

昨晩禍々しく見えた瞳は、まだ明るい時間だからかそれとも慣れたのか少々愛らしく見える。

「女狐の本を頼むくらいなら私に聞けば良いんじゃない?」

机に前足を、椅子に後ろ足を蹌踉よろめかせ普段サンさんの座る席にセットした。

「ちゃんと自分から調べときたいと思って」

「ふ~ん、そっちの世界のもの?」

「いえ、私のたったの性分です」

「恐らくコピーされた本が送られてくるよ。勉強が好きなの?」

「勉強は嫌いですけど…」



――――ドンッ


突然に家の入口兼出口から音がする。

「家の者だよ?」

「え、ええっと…」

サンさんは今家にいなかったの?いや、不審者?

「護身の札は?私はこのままついてるよ。魔術も備わってるし」

…恐らく聞こえたならサンさんは部屋から出てくるはず。

「一応、ですがサンさんの部屋を見に行ってください。おそらく大丈夫ですし護身の札は腕に巻くようにしてます」

なんせ、ポケットがある服があまりない。

女狐がそのまま机に飛び降り部屋に向かうのを確認するといよいよ扉へ向かう。


……この先には絶対サンさんがいる。

だーいじょーぶ。私ってだいじょうぶ、すっごく安全だし―――


扉の付け根を抑える障害物を退かし、

向かった手が伸びていく。その腕のそばには、


ちゃんとサンさんでした。


「帰っていたか」

「はい、何処かへ行ってたんですか?」


「話がある」





























































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