第6章「始動」
第1話「迎える」
「おはよう! 西島っ」
「おはよ」
多くの学校では、受験を控えた三学年は文化祭の輪から外されてしまうと聞いたことがある。
でも、俺が通っている学校は、高校生活最後の学年である三学年にも配慮した時期に文化祭を開催することを決めた。
おかげで、俺はクラスメイトの名前を覚えるきっかけを得るくらい濃密な春の始まりを迎えることができた。
(久しぶりに、高校生って感じ)
文化祭独自の色彩豊かな装飾の数々に、笑顔と笑い声が広がる校舎ってところが青春感あって、気持ちが高揚していくのが分かる。
「おはようっ、西島っ!」
「おはよ……」
ただし、お祭り前の高校生は異様にテンションが高い。
文化祭の空気に飲まれたクラスメイトの挨拶は元気がいいどころではなく、こっちが挨拶を返すのも怖くなってくるほど。
「
「私、彩星と同じクラスで良かったと心から思う!」
「そうかな?」
クラスメイトたちは、それぞれに与えられた役割をまっとうするために忙しく動き回っていた。
「あ、
「はよ」
彩星のコンディションを最大限に高めるために、多くの賛辞を受ける。
その賛辞は、彩星の表情を輝かせるほどの効果をもたらしている。
「王子っぽい、王子っぽい」
「これで焼きそばパンは貰ったようなものだな!」
「小道具と衣装作りに励んで良かったなー」
俺たちのクラスがやる朗読劇の内容は、眠れる森の美女もどき。
内容は置いておいて、彩星が任された役は王子。
そして、他校の生徒である美紅はお姫様役。
クラスメイトの賛辞? が飛び交う中、彩星は王子風の衣装を身にまとうことになった。
「いや、あの……」
あくまで、王子風の衣装。
だから、昔読んだ童話に出てくるような古典的な王子様服ではないけれど……。
「いや、あの、誰も注意しない……」
「西島、しっ! 黙って! 私たちは、彩星の気持ちを高めてやりたいの!」
「他人事だと思ってるだろ!?」
まだたいして仲良くもなっていないクラスメイトと交わす、ひそひそ話。
俺が声を上げると、クラスメイトたちは次々に口を閉ざした。
(衣装が、くそダサい……)
みんなが楽しいのなら、何も問題はない。
これはこれで、思い出として残れば何も問題はない。
(でも、新しい挑戦と言えば、新しい挑戦に見えなくもないような……)
クラス全員が笑い出したい気持ちを堪えているのが分かるくらい、笑顔が歪んでいるような気がなくもない。
「かぼちゃパンツにならなかっただけいいだろ!?」
「そこは、私たちが必死に止めたから」
本当は似合っていないけど似合っていると口を合わせているのか、それとも似合ってはいるけどやりすぎだと反省しているのか。
どっちにしろ、この衣装でステージに立つのは物凄く格好悪いと思ってしまうのは俺だけではないようだ。
「西島、見てみて!」
どうやったら仕事以外の理由で他校の生徒を借りてくることができるんだろうって謎は未だに解決されないけど、クラスメイトに呼ばれた通りに視線を向ける。
「
今度は、どこからどう見ても童話に出てくる姫にしか見えないような華やかなドレス姿の美紅が姿を見せた。
「どう? 西島くん? 美紅が綺麗すぎて言葉も出ないでしょ~」
クラスメイトの言う通り、言葉も出てこないのは本当だった。
既に
それなのに、ドレス姿の美紅は魅力が増し過ぎていて目のやり場に困るくらい美しく見えた。
(美しい……けど、素直に喜べない)
美しすぎて、彼女を形容する言葉が見つからないほどのクオリティのドレスであることに間違いはない。
「郁登さん……?」
「美紅のドレスに……予算をかけすぎでは……」
俺がぽつりと言葉を零すと、クラスメイトたちは再び次々と口を閉ざし始めた。
「美紅の衣装、レンタル衣装かってくらい豪華なんだけど!」
「だって、ドレスの衣装作るの楽しくてー」
衣装担当の男子が甘えたような声を出してくるけど、レンタル衣装並みの華やかさを持つ美紅の衣装に対して彩星は……彩星は……。
「彩星の衣装……裁縫が苦手な高校生が作った感、凄く伝わってくるんだけど!」
「かぼちゃパンツよりはいいだろ!?」
「元相方に、かぼちゃパンツはやめてくれ……」
またしてもクラスメイトたちと交わす、ひそひそ話。
クラスメイトから謎の励ましを受けつつ、もう何を言い返しても無駄だと思って俺はすべてを諦めた。
どんな衣装だろうと、彩星が最高のパフォーマンスをすれば何も問題はない……問題はない……問題はない……。
「はぁー……」
「郁登さん、どうしたの」
衣装に皺が寄らないように気をつけつつ、パイプ椅子に腰かける美紅。
台本を暗記する必要がない朗読劇だけど、美紅は器用に俺と会話しながら台本を読み込むことに勤しんでいた。
「改ざんなしの眠れる森の美女だったら、王子の出番なんてほとんどないのになー……」
「眠れる森の美女もどきだから」
美紅はにっこりと笑って、緊張しているという素振りすら見せてこない。
「美紅って、本当にかっこいい性格してると思うよ」
「ayaseを潰す、いい機会だなって」
いつもより少し長めに息を吐き出して、美紅は口角を上げるための準備を整える。
「その勢いで、叶十かなと先生とのプロジェクトに起用されてくれ」
「了解」
不安や恐怖や弱音を、観客には一切見せてなんかやらない。
そう口にしているわけではなくても、そんな意気込みすら感じるような美紅の姿勢をかっこいいと思った。
「あ、そういえば言い忘れてた」
「何?」
強がりにしても、強がりじゃなくても。
どちらにしたって、他校の文化祭の成功に手を貸してくれる美紅の力になりたい。
「美紅、すっげー綺麗」
「……お姫様なんだから、当然」
ただ単純な、言葉のやりとり。
それなのに、本当に人の心をころころと変えてしまうから言葉ってものは怖いと思う。
そして、それと同時に言葉と声が持つ力の凄さに自分はますます魅了されていく。
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