第3話「相方」
「誰だ……?」
不機嫌そうな低音が響いて、一気に肩身が狭くなる。
そもそも、
「三組の
「私は、
叶十先生らしき男子高校生に、ちゃんと出版社から連絡が届いていたことに安堵する。
でも、廊下に響いてきた声と、俺たちを教室に招いてくれた人の声が違う。
「俺は一組の
仏頂面とも言えるかもしれないが、谷田川は声優部の部室にやって来た俺たちを邪険にすることなく受け入れてくれた。
別の高校の制服を着ている美紅ですら、谷田川は教室へと招き入れてくれる。
「
声優部の部室に足を踏み入ると、部屋の片隅に一人の女子生徒が膝を抱えて座り込んでいた。
「郁登が来てくれた」
谷田川が
自分の身を必死で守るかのように、下を向いたまま。
誰が話を始めたとしても、女子高校生はこっちを向いてくれなさそうな雰囲気を漂わせていた。
「あそこの隅にいるのが、
音の響きだけで、名前に使われている漢字を想像するのは難しい。
それでも、『あきと』と『かなう』って名前に、ひとつの可能性が浮かび上がった。
「叶十って名義で、二人でラノベ作家やってる」
「やっぱり!」
二人組で活動する作家が世界にどれだけ存在するのかは分からないが、叶十先生が現域高校生で速筆な理由が判明した。
「まー、ばれても問題ないんだけど……」
「あ、公にするつもりはない。守秘義務の大切さは、よーく叩き込まれたから」
「助かる」
叶十先生の片割れさんに、こっちを見てほしいと思った。
ほんの少しでも美紅を叶十先生の視界にいれてやりたいのに、俺の思惑は少しも上手くいかない。
「ほら、叶。もう声優部の部員はいない」
相変わらず顔を見せてくれない叶十先生の片割れ。
自分を守ることに必死で、休む間もなく文章を書いている人とは到底思えない。
藤瀬は、何をそんなに怯えているのか。何をそんなに恐れているのか。
「って、元相方の立花は、声優部に入んだっけ?」
「あー、うん、一応……」
売れっ子ラノベ作家の仲間入りをしている叶十先生は、声優部の脚本担当。
淡々と話をする谷田川と、一筋縄ではいかなさそうな藤瀬。
本当に、声優という職業に興味を持っている人たちなのかも分からない。
それくらい、この部屋の空気は静かだった。
「声優部いいな……面白そう」
「他校の生徒からすると、そんな輝かしい部活に見えるんだな」
「美紅に、現実を教えてたくないよ……」
居心地が悪いわけではないが、居心地がいいとも言い切れない。
隣には美紅という強い味方がいるはずなのに、隣にいることすら忘れてしまいそうになる、この空気。ほんの少し、怯みそうになる。
「まさか声優部から、女性声優ユニットが排出されることになるなんてな」
吐き捨てるような谷田川の言葉に納得の意を示しながら、矢田川と自分の考えが似ているってことに気づき始める。
「大人たちの力は偉大だって思うよ。どんなに努力しても届かない夢を、いとも簡単に実現させるんだから」
「郁登とは気が合いそうだな」
「俺も同じこと思ってた」
叶十先生の片割れと距離を詰めるにはどうしたらいいのか。
頭を悩ませる直前のタイミングで、藤瀬は顔を上げて美紅へと視線を向けた。
「あなたも、作品のことを利用したいんですか?」
前髪長っ! と思わず叫びそうになったところを、なんとか抑えた。
それくらい藤瀬の前髪は長く伸びきっていて、それじゃあパソコンの画面が見えませんよねってツッコみたくなった。でも、すぐに自分に自信がない人間なんだろうなって気づいた。
(俺も、表に出ない人間だったら……)
アーティストを支える裏方として活動しているんだったら、俺も藤瀬と同じで外見には気を遣わなかったかもしれない。
自分を守るために、顔を隠すために、彼女は前髪を伸ばしてきたかもしれない。
「決めつけた言い方しないでほしい」
美紅の声が、響き出す。
「私は、作品を利用してやるなんて思ってない」
美紅の声に惚れた、あの瞬間を思い出す。
「作品を良くするために、私は力を貸す」
もしかすると、美紅も自分に自信がないのかもしれない。
美紅が怯える何かから自分を守るために、彼女は自分の声を隠しているのかもしれない。
「できたら、作品に携わる全員で、作品を一緒に良くしたい」
GLITTER BELLのボーカルとして活動する前から、美紅は関わる作品に愛を注ぐっていう根本を大切にしてくれている。
(だから、俺は美紅と一緒にやりたいと思った)
美紅の宣言を受けて、叶十先生の片割れである藤瀬の中で何かが動いたらしい。
「おっ、叶にやる気が出てきたか」
「私は単に、郁登とコラボしてみたいってだけです……」
人格が変わってしまうとか大袈裟なことではないけれど、空気が変わったって言うのか。
自分を守るためだけに生きてきた人が、他人のために生きる覚悟を決めたような。
叶十先生の片割れが持つオーラの色が変わったような気がする。
「良かったな、郁登」
今日が初対面の谷田川に呼び捨てにされるけど、そこに不快感なんてものは生まれない。
むしろ、ここから始まるんじゃないかって予感に胸が躍らされる。
「私、郁登さんの役に立てた?」
「立てたよ! 大手柄だよ!」
レコード会社も出版社も、まずは俺たちが企画を進めていいって許可をくれた時点で、予算を組む予定はまだないってことを察する。
どんなに知名度が高くても、金をつぎ込むだけのものを生み出せなければ、大人たちは動いてくれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます