第一章

第2話.夜を裂く、最初の断罪

 石畳に夜の空気が滲みる路地を並んで歩く。

 カーティスが低い声で要点だけを告げた。


「初仕事の標的は、アーシェ・ラグナ。元聖堂騎士だ」


「教会絡み……なの?」


「ああ。でも今は違う。裏で孤児や浮浪児を攫って、貴族どもに売り捌いている」


 無意識に拳を握った。

 どんな理由があろうと、そんな行為が許されるはずがない。


「依頼人は攫われた家族を取り戻そうとして重傷を負った。……子どもは、まだ戻ってない」


 それだけで、十分だった。

 迷う理由なんて、どこにもない。


 カーティスがポーチから小型の装置を取り出し、無造作に差し出す。


「それ、通信具?」


「ああ。ヴィクター先生の案を〈魔声機ませいき〉に仕立てた。

 魔力を媒介に声を飛ばす。──それと、もう一つだ」


 彼はちらと私を見やった。


「お前が見ているものを、俺にも〈直映ちょくえい〉できる。何か異常があったらすぐ動けるようにな」


「……便利ね」


「まあな。サポートは任せろ」


 小さく微笑んで、私は〈魔声機〉を片耳に掛けた。

 細かな魔力の振動が鼓膜に馴染む。


 これで、私たちは繋がった。

 私はカーティスと別れ、闇にまぎれるように歩き出す。


『……ターゲットは二階にいる。油断すんなよ』


 カーティスの声が耳に直接届く。

 魔声機の音質は驚くほどクリアだった。


「了解」


 ローブの裾を静かに揺らしながら、私は黒い影となって王都の裏通りを駆ける。


 ---


 ターゲットが潜んでいるのは、教会関係者しか使わないはずの古い寄宿舎。

 今はただの“隠れ家”に成り果てた場所だ。


 朽ちた裏扉を、息を殺して押し開ける。

 埃と夜気が入り混じる空気の中、私は影のように滑り込んだ。


 (ここまでは順調ね)


 螺旋階段を駆け上がり、奥の部屋へ。

 半開きの扉の隙間から中を覗く。


 ――いた。


 アーシェ・ラグナ。

 汚れた鎧をまとい、ワインを煽りながら椅子にふんぞり返る男。


 その足元には、縄で縛られた少女が蹲っていた。

 怯え切った目で、ただ震えている。


 (今、助ける……)


 私は静かに、腿に括りつけた祈刀きとうへ指先を滑らせた。


 ――そのとき。


 ふ、と。

 左目が微かに熱を帯びる。


 黃昏殻界こうこんかくかい


 神より与えられた、私の“左目”。

 視界が、淡い金色に滲んだ。


 そして、見えた。


 アーシェ・ラグナの体にまとわりつく、禍々しい黒紫の瘴気。

 それは罪の色などではない――。


 (……これは、違う)


 心が、直感する。


 ただの悪意ではない。

 人知を超えた、“何か”。


 呪いにも似た、異形の影が、男の内に根を張っている。

 私は、ぎゅっと祈刀の柄を握りしめた。


 (……既に、何かに“憑かれている”)


 ただの人さらいではない。

 この穢れは、もっと深い――。


 私は深く息を吸い、心を落ち着ける。


 ──それでも、やるべきことは変わらない。


「発見。排除に移る」


『やれ』


 風を切った。

 私は迷いなく、間合いを詰める。


「――誰だッ!」


 アーシェが叫び、腰の剣に手を伸ばす。

 だが、その動きすら許さない。


 私は右の祈刀で、鞘ごと抜きかけた剣をはじき飛ばす。

 剣身がぎり、と鞘口で跳ね上がり、男の体勢が一瞬ぐらついた。


 その隙を逃さず、私は懐へ滑り込む。


 左手の逆手、祈刀の刃が鎧の脇から深々と食い込んだ。


「ぐ、あっ……!」


 呻く男。

 だが私は止まらない。


 さらに踏み込み、少女を背後に庇いながら、喉元めがけて祈刀を鋭く振り上げる。


断罪アーメン


 鋭い二閃が、確実に致命を与えた――はずだった。


 しかし。


 アーシェの体が、不自然に膨れ上がる。


 次の瞬間、常人ではありえない腕力で、

 腰の剣を鞘ごと引きちぎるようにして抜き放った。


(剣を……力任せに!?)


 目はすでに正気を失っている。

 血を撒き散らしながら、異様な踏み込みで突き出してくる。


 私はすかさず身を沈め、間一髪でかわす。

 黒い血と剣閃が床を裂き、石畳が悲鳴を上げた。


 だが、止まらない。


 一撃。


 私は反転しながら、すれ違いざまに祈刀で横腹を浅く裂いた。


 二撃。


 背後から伸びた肘を、祈刀の柄で受け流し、逆手で脇腹を突き刺す。


 三撃。


 跳躍しながら剣の軌道を外れ、喉笛めがけて逆手の刃を滑らせる。


 ぬるり、と異様な抵抗感。

 それでも、刃は深く食い込んだ。


「これで――終わり」


 私は低く呟き、刃を引き抜きながら一閃。

 両肩を斬り払った。


 ぐらりと、力尽きたように揺れるアーシェの体。


 が――。


 ぼこり、と。

 裂けた傷口から、黒くぬめる異形が這い出してきた。


 その形は、見る者の理性を壊すような“悪意そのもの”だった。


「なに……これ……」


 私が見ている光景を、カーティスも〈直映〉で見ている。

 異常は、誰の目にも明らかだった。


 私は即座に一歩、後退した。

 〈直映〉越しにカーティスの叫びが届く。


『セシリア、下がれ! 映った、そいつは普通じゃねぇ!』


 だが、それを待つまでもなかった。

 あれは、この世にあってはならないものだった。


 ――ただ、悪意の形を成した"何か"。


 ぬるり、ぬるり。

 異形は床を這い、怯える少女へとじわりと迫る。


 瘴気混じりの空気が肌を刺す。

 少女は喉を引き攣らせ、か細い悲鳴を飲み込んだ。


 私は咄嗟に、祈刀を握り直し――

 踏み込んだ、その瞬間。


 異形の触手が、少女の足首に絡みついた。


「――っ!」


 少女の瞳が、泣き出しそうなほどに大きく見開かれる。


 私は一片の迷いもなく、刀を振りかぶった。


 ――――――――――――――――――

【★あとがき★】


 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


「ちょっと気になるな」

「この先どうなるんだろう?」

 そう思っていただけたなら――

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 そのひと押しが、次の物語の原動力になります。

 どうか、彼女たちの闘いを、見守ってやってください。

 ――――――――――――――――――

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