十年前僕を振った彼女について
みつばち架空
第1話 タイムカプセル
小学校の創立何十周年とかに埋めたタイムカプセルが今度掘り出されるという。珍しく電話をかけてきた姉にそう伝えられ、あれからもう十年経ったのかなんて答えながら、家の隣に住んでいた女の子のことを思い返していた。
あの子のことは今でもはっきり思い返すことができる。今村遥香、短髪のボーイッシュな女の子で、家が隣だったこともありよく遊んだものだ。いたずら好きで、僕を驚かした時の柔らかな笑顔はいまだにはっきりと思い出すことができる。
思春期を迎えると自ずと僕は恋心を抱き、小五の時、果敢にも告白した。
「翔ちゃんのことはそんな風にはみえないな」
そんな言葉で僕は振られ、それから三日三晩落ち込んだのも今じゃ懐かしい思い出だ。振られてから程なくして僕の家族が引っ越すことになったが、それからも互いに手紙を送りあった記憶もある。
いい機会だからタイムカプセルに合わせて久しぶりに地元に帰ろうと思うんだけど翔も来る?そんな姉の誘いを受けたが、僕は断りを入れた。一人暮らしする今のアパートからは新幹線を使わないといけない距離にあるし、何よりあの頃の記憶は今でも少しほろ苦くて、そのままにしておきたかったのだ。
「じゃあ、私が翔の分のタイムカプセルも受け取っておくから。今度の正月に家族みんなの前で披露するってことで」
そんな言葉で姉との通話を終えた後、そういえば僕はタイムカプセルに何を入れただろうと考えているうちに、嫌な感じが体に満ちていった。
そしてタイムカプセルに入れたとある手紙の内容をはっきりと思い出し、僕は一人暮らしをするアパートで声を上げていた。
いやだ、絶対に嫌だ。あんな手紙が家族の目に触れたりしたら、これから何年も僕は物笑の種になるだろう。
僕はあたふたしながら、スマートフォンを取り出し、僕のタイムカプセルの中身はそのまま見ずに破棄してくれと姉に頼み込んではみたものの、彼女の性格からしてそれが無駄な要求であることはわかっていた。
結局、僕はわざわざ新幹線のチケットを買い、十年ぶりにかつて過ごした地元に向かうことになったのだ。
普通タイムカプセルは三十年後とか、もっと長期間埋められた後に掘り出されるものだが、僕たちが通った小学校はあの頃から廃校が議論されていて、タイムカプセルの保存期間は短めの十年。
まぁ久しぶりにあの街に帰るのも悪いことばかりでもないだろう。ちょっとした旅行になるし、何より幼馴染と再会し、話すこともできるかもしれない、そんな淡い希望を抱きつつ、新幹線の車窓を眺めていた。
姉と駅前で合流し、二人でタクシーに乗って小学校に向かう。一歳上の姉はちょうど就職したばかりで、最後に会った時よりもどこか大人びていた。さらにいつもよりしっかりとしたメイクをしているところを見ると、姉は姉なりに再会を望む男性がいたりするのかもしれない。
タクシーが着くと、懐かしい校庭には同年代の四、五十人の男女がすでに集まっていた。知っている顔はないかと探しては見るものの、どの顔も僕には見知らぬ人に見えた。
その一方で、姉はすぐに高いテンションで女性に話しかけ、昔話に花を咲かせ始めた。昔から姉は顔が広く、人付き合いが得意だったよなぁなんてことを思い返す。
それからも人は増えてはきたものの、顔と名前が一致する同級生はいなかった。そして、遥香に再会するという希望も当てが外れたようだ。まぁ、今回の目的は姉の手にタイムカプセルが渡ることないよう回収すること。それができれば、十分だろう。
予定の時刻になると、これまた顔の覚えていない当時小学校で教員をしていたという中年の女性が挨拶をした。集まった当時の生徒たちは小学生に戻ったかのように行儀正く先生の話に耳を傾ける。小学校の校歌を全員で合唱しましょうと持ちかけられ、皆一様に歌声を響かせると本当にあの頃に戻ったかのようだ。
地元の工務店のショベルカーでタイムカプセルが掘り返される運びとなると、再び校庭は賑やかな声が響き始めた。すっかり打ち解けている周りの男女は「私、キャラクターもののアクセサリー入れた気がする」「私は人形」「僕は確か、野球のボールだったかなぁ」なんて話をしている。
そしてUFO型のタイムカプセルが掘り起こされると、一斉に拍手が起こる。鉄の容器を開けると、当時在籍した二五〇人の生徒が思い思いに選んだ懐かしい品々が姿を現した。
例の女性教師が名前を呼び上げて、タイムカプセルの中身を配り始めると、品物を受け取るたびにそこらじゅうで歓声が起きる。中には涙を浮かべて抱き合う女性の姿もある。
ようやく僕の名前が呼ばれ、教師から薄い便箋を受け取ると僕はすぐに人気の少ないジャングルジムに移動した。姉がこの懐かしい雰囲気に感化され、小学時代の横暴な性格に戻っていたりしたら、面倒なことこの上ないからだ。
ジャングルジムの滑り台に座り、僕は古い便箋を取り出してみた。やはり記憶の通りだ。そこには今村遥香さんへと書かれている。
文章を読むと、僕は一人赤面するしかなかった。振られたくせに当時の僕はどんな自信があったのだろう。きっとあの頃はこんな未来を僕は本気で信じていたに違いない。
「十年間、遥香に見直してもらえるよう勉強も運動も頑張ってきました。そして、これだけ時間が経っても僕の気持ちはあの頃のまま変わってません。今村遥香さん、僕と付き合ってください」
とにかく、このガキっぽいラブレターが無事に回収できてよかった。正月に親戚連中の前で姉が意気揚々とこの手紙を朗読した日には、新年早々かなりのダメージを受けていたことだろう。僕はポケットに便箋を入れ、再び、騒がしいかつての生徒の輪に足を向けた。
元の場所に戻ると、ちょうど女性教師が「今村遥香さん!」と呼びかけていた。誰も受け取ることなく、持ち主不在の山に置かれるのだろうと思っていたら、女性の声が聞こえた。
声の主を見て、思わず胸の鼓動が強くなる。ワンピースを着るスラリとした女性。一目でわかるくらいその人には幼馴染の面影がありありと残っていた。
タイムカプセルを受け取る今村遥香は透明感のある大人の女性になっていた。もし再会したら迷わず話しかけようと思っていたのに、彼女の姿を見ると全身に緊張感が漲っていた。
そして全てのタイムカプセルが配り終わると、もう一度校歌を歌い、解散となった。この後、旧友たちと酒でも飲みに行く人も多いのだろう。グループごとにこの場を離れて行く。姉も和気藹々とした男女のグループと一緒にどこかに歩いて行ってしまった。
今村遥香は懐かしそうに校舎を一人眺めている。そんな彼女に一言でも話しかけたいがその意思とは裏腹に緊張で行動することができない。
その時だった。「翔ちゃん!」という声が聞こえたのは。
僕はハッとして声の主を見る。間違いない、今村遥香が僕のことをまっすぐにみて、手を振っているのだ。そして彼女は僕の元に駆け寄ってきた。
彼女はいつもイタズラばっかりしていた腕白な雰囲気は消え、清廉かつ知的な雰囲気を纏っていた。それでいて心を包み込むような優しい眼差しはあの頃のままだ。
「如月翔、ちゃん、だよね」
「あ、そうです」
思わず口ごもりつつ、僕は意識して改まって言った。
「今村遥香さん、ですよね。お久しぶりです」
女性は答えることなく僕の顔をじっと見つめた。そして口を開いた。
「えっと、違います。私は遥香じゃありません」
「えっ?」
「覚えてないかな。私、遥香の妹の未来です」
「未来……」
そういえば、遥香には一個下の妹がいた。遥香と交えて妹の未来と遊んだことは何度もあった。
十年の歳月、さらに遥香のタイムカプセルを受け取っていたこともあって僕はすっかり勘違いしてしまったようだ。
そして、目の前の女性が初恋の遥香でないことを知ると僕は幾分リラックスした。
「未来ちゃんでしたか。お久しぶりです。それで、お姉さんの遥香さんは元気にしていますか?」
そう尋ねると未来の表情がさっとかげる。どうしたのだろうと思っていると、未来は口を開いた。
「姉の遥香は五年前に亡くなっているんです。もしよかったらお線香でもあげに家に来ませんか? 遥香も喜ぶと思いますから」
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