5話 記憶の回廊

砂の温度が指先にじんわりと伝わる。

セリオスは浅い呼吸を繰り返しながら、回廊の入口を見据えた。


石畳は長い年月を刻み、ひび割れから舞い上がる埃は

かつての涙や血の香りすら思わせる。


床石が微かに震えるたび、

過去の戦場の残響が蘇るようで、

シュリオの癒しが淡い光を滴らせ、

ライゼの風斬りが砂塵を撫で、

ミレアの氷結界が残す冷気が頬を刺し、

ガルドの斧撃が胸を揺さぶる。


鼓動は耳元で鳴り止まず、

胸奥をくすぐるように痛みが走った。


一呼吸の後、彼はゆっくりと前に足を踏み出した。

闇に満ちた回廊の先に、

忘れられた真実が眠っているような予感がした。


全てを刻んできたのは、自分の意思だと、

ひとつひとつ確かめるように……


夜明けの兆しすら感じさせる、

微かな震えを胸に抱えつつ。


残響が消えると、古代のリンカたちの幻影が

回廊の奥からゆっくりと姿を現した。

探索者、破壊者、境界守、守護者、癒し手──

五つの役割を体現した同胞が無言で立つ。


石壁に刻まれた古文字が淡く光り始める。

その文字は問いを運ぶかのように軋み、

「なぜ、記憶は継がれぬのか?」と低く響いた。

問いは受動態で書かれ、回廊自身の疑問のようだった。


「…思い出が重荷になるから…」

セリオスの口から、ふいにこぼれた。

無意識に放たれた言葉に

彼自身も驚きを隠せなかった。


回廊の闇がざわめき、微かな風が彼の髪を撫でた。

冷たい空気に混じって、花のように優しい香りが鼻腔をくすぐり、

石壁に刻まれた足跡や斬撃の痕が、彼の記憶を呼び覚ます。


問いは静かな暴風となって心を抉り、

セリオスは言葉ではく、震える指先で胸を抑えた。


回廊の奥で響いた鼓動が

自分自身の命の灯火を思い出させ、

セリオスは拳を固めた。


その時、足元の石版が1枚割れた。

砂煙が視界を遮る。

咳き込みながら回廊の奥に目を凝らすと、

幻影は静かな余韻を残して消えゆく。


冷たい石壁に掌を押し当てると、

かつて戦った者たちの息づかいが

微かな振動となって指先に伝わった。


そのまま歩を進めると、また石の扉があらわれた。

冷たい扉に掌を押し当てると、

なにか強大な存在を感じる——

(この先に、なにかいるのか……)


「記録せよ――」

耳奥で囁く声は甘く鋭く、

さらに深い眠りへと誘惑するようだった。


身体は此処にありながらも、

意識は記憶の迷宮を漂う。

セリオスは深く息を吸い込み、

冷たい空気が肺を満たす感触を胸に留めた。


掠れる呼吸を抑え、回廊を見渡す。

周囲の影がゆらめき、

視界の端でひそやかに未来の断片がちらつく。


答えは、まだ遠い──

だが、問い続けることこそが

新たな灯火を生むと

彼は薄明かりの中で感じていた。


砂煙が静かに漂う中、

彼の手のひらが光を求めて震える。

扉を背に、セリオスは

ゆっくりと歩みを進めた。

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