3話 沈黙を破るもの
乾いた空気を切り裂くように──
異形が、突然その姿を現した。
黒ずんだ肉体。ねじれた四肢。
だが、以前遭遇した異形とは明らかに異質だった。
長く歪んだ二本の角を持つ鹿。
その額の中央には、禍々しい“第三の目”が鈍く光る。
(……こいつか。)
セリオスは静かに呼吸を整え、剣の柄に力を込める。
異形は微動もせず、ただ彼を見据えていた。
その視線だけで、空間がじわりと圧迫される。
意識を引きずり込むような、重い闇のざわめき。
(まだだ。)
不用意に動けば隙を晒す──
この相手はただの獣ではない。
風が一瞬止まり、次の瞬間――
異形が跳んだ。
角を突き出し、空間を裂くように襲いかかる。
瞬間の猛攻。だがセリオスは即座に反応し、身を翻す。
砂が舞い、世界が震える。
異形は再び突進を仕掛け、その速度は常軌を逸していた。
(やはり、精神干渉特化型か。)
力で押し潰すのではない。
じわじわと意識を摩耗させ、獲物を仕留める戦い方だ。
セリオスは剣を抜き、一歩踏み込んで斬撃を放つ。
刃が異形の腹をかすめ、浅く裂いた。
だが異形は怯まず、蒸気のような霧を吐き出す。
空間はますます歪み、精神への圧力が増していく。
(……耐えろ。)
精神への衝撃を押し返し、呼吸を整える。
一撃で倒せないなら、確実に削り続けるのみ。
斬り、退き、観察し──
繰り返すたび、異形の動きに無駄が生まれる。
黒い血が乾いた大地を染め、傷は深まっていく。
だが、決定打には至らない。
(ここで仕留める!)
集中力を極限まで研ぎ澄まし、刹那の間合いを捉える。
剣が閃き、異形の喉元を貫いた。
蒸気が爆ぜ、異形は音もなく崩れ落ちる。
乾いた砂が静かに舞い戻った。
セリオスは剣を支えにして、ゆっくりと息を吐く。
荒い呼吸が、静寂を満たす。
(……なんだ……。)
倒したはずの異形から、なお微かな精神のざわめきが滲む。
唇を噛みしめても、意識は闇へと沈み始めた。
(……まずい、な。)
次の瞬間――
深い闇が、彼を包み込んだ。
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