迷宮回廊 3
「ミトラさん、一切の迷いを感じないけど進むべき道はわかってるの?」
ヒロト殿の言う通り途中分かれ道がいくつかあったが迷うということはなかった。
「言ったであろう。私は探索が得意なのだと。私に任せておれば何の問題もない」
根拠のない言葉では不安は消しきれないのだろう。彼はどこかそわそわした様子だ。
ともあれ迷宮探索は順調に進んでいる。道中何回かモンスターと戦いとなったが苦戦することなく撃破できている。
輪郭が曖昧なのは霧の為所かと思ったがどうやらそうでもなさそうである。彼は気づいておらぬようだかモンスターは異形というより無形な存在なのかもしれぬ。
1体ずつだったのでヒロト殿も問題なく対処できておったのだが広いところに出ると複数体のモンスターが出現した。さすがに荷が重かろうと手を貸そうと思ったのだが――
「まったく手応えがおらんな」
先制攻撃で加えた蹴りは空気でも蹴ったかのように手応えがない。モンスターの反撃を反射でかわすがわずかにかすり血が流れる。
「ミトラさん!」
すぐさまヒロト殿が助太刀に来てモンスターを一太刀のもと霧散させる。
こちらの攻撃は効かぬがこちらは攻撃を受けねばならぬか。
「ミトラさん、大丈夫ですか⁉」
「うむ、問題ない。ヒロト殿のおかげで無傷である。それよりすまぬな。私ではやはり戦闘では役にたたぬようだ」
「そんな、ミトラさんには十分助けられてるから!」
彼は必死に私をフォローしてくれる。いい子であるな。それにしてもどういうことなのであろうな。ヒロトに倒せて私に倒せぬモンスター。
これがヒロトの才能なのか。それとも……
「私の方に問題があるか……」
「ミトラさん?」
「何でもないさ。先へ進もうぞ、ヒロト殿」
考えても詮なきことであろう。彼に心配をかけるわけにもいかぬしな。
再び探索を再開した私に彼は慌ててついてくる。それにしても中々広い施設であるな。目印がなければ迷ってしまいそうだ。
「……ミトラさん、一つ聞いていい?」
「うむ、何であれ聞いてくれよいぞ」
質問できるということは彼にもそれだけ余裕ができたという証だ。それを私は少し嬉しく思いそう返す。
「ミトラさんが助けようとしてる人ってどういう人なの?」
「彼女か。簡単に言えば猪突猛進で理知的な人であるな。何でも自身で解決しようとする癖がある。今回の件も最初から私に相談してくれていればもっと早く助けにこれたのであるが」
こんな小言は当人を前にして言えることではないのだかな。聞かれていたらしばかれていてもおかしくなかろうな。
「彼女のことを大切に思っているんだね」
「当然であろう。でなければ他人を巻き込んでまで助けには来ないさ」
彼女がいないと死活問題、というのもあるにはあるのだが……。
むむ、この気配は――
「動かないで」
曲がり角を曲がった瞬間そんな声が聞こえてきた。視線を向ければフード付きの外套を着た小柄な少女が拳銃をこちらに突きつけていた。
セーフティは外れていて見た感じ偽物ではなさそうであるな。まったくそんな物騒な物をどこで手に入れたのか。
「落ち着くのだ。私だよ、ミトラだ!」
「……そんなの見ればわかる。お前のような奇抜な女は1人いれば十分。それより後ろのあなた」
彼女の視線が状況の変化についていけずに戸惑っているヒロトに向けられる。
「ぼ、僕!?」
「あなたはいったい何者。答えて」
彼女は淡々とそう問う。このままではいけないと思い私はヒロト殿を庇うため銃口の前に立つ。
「彼は怪異屋の助っ人なのだ! 助けに来てくれた相手に銃口を向けるなんて非常識なのだぞ!」
私の言葉にヒロトもゆっくりと頷く。それでも彼女は拳銃を構え続ける。
「私に常識かどうとかは関係ない。お前もわかってるはず」
やはり彼女は淡々とそう告げる。やはり情に訴えても彼女には通じないのだ。何か根拠を示さなければヒロト殿が撃たれかねないぞ。
「それなら、どうしたら信じてくれるんだ?」
「ヒロト殿⁉」
私を押し退けて今度は彼が銃口の正面に立つ。背後から見れば彼は震えているというのにその目は彼女を真っ直ぐ捉えている。
「……自分が狙われてるとわかって前に出るの。愚かだね」
「女の子の背中に隠れている相手のことを信用するとは思えないからね」
彼のその言葉からは拳銃へと恐怖を一切感じなかった。その事に関心でも覚えたのか彼女の意識は彼の方に向いている。
チャンスだと思った私は自身のスペックを最大限に活かしてヒロト殿の背後から飛び出し、彼女との距離を詰める。
私が手を出して来るとは思っていなかったのか僅かな動揺を見せて銃口を私に向けるが後の祭りである。
私は拳銃を蹴り飛ばし、彼女を抱き締めて拘束する。彼女は小さくため息を吐くと力を抜いた。
「私の負け。お前が私以外の味方をするなんて。約束しよう彼にはもう何もしない」
彼女はそう宣言した。そこに嘘偽りはないだろう。彼女が約束したのならな。
拘束を解くと彼女は痺れたであろう私が蹴った手を振る。拘束した流れで彼女の外套のフードが外れていた。
「もしかして、どこがで会ったような気が……」
ヒロトが露になった彼女の顔を見てそう言った。まさかの2人に面識が! そう思ったけど彼女は思いあたる節がないのか首を傾げてヒロトに顔を近づける。
「ちょっと近い!」
「……うるさい。黙って」
顔を少し赤くするヒロト殿とは対照的に彼女の表情は一切変わらない。
「……そっか。前は監視対象だったね。あの人が拾ったんだ」
1人で何か納得したように呟くと彼女はヒロト殿から離れて私が蹴り飛ばした拳銃を拾う。
「そんな物騒なものどこで拾ったのだ? 普通に使えていてびっくりなのだが?」
「……ここを探索中に拾った。使い方は拾ってから知った」
彼女は拳銃の安全装置を下ろすと拳銃をポケットにしまい。ヒロト殿の方に向き直った。
「あらためて。わざわざこんなところまでご苦労様。私のことは――」
彼女は悩むように私を一目見たあと小さく頷いた。
「そう、アンサーとでも呼んで。実名を名乗らないのがあなたのところの流儀」
「そうだね。僕はヒロト。最近になってから怪異屋でアルバイトをしてるんだ」
「そう。よろしく」
さっきまで彼を殺そうとしてたのに何とも素っ気ない。それがいつもの彼女であるのだが。
その様子を見て何か思い出したのかヒロト殿が小さく声をあげた。
「あ、以前教会にいなかった? ほらツクヨミさんと話していてその後サクラさんに……」
「ん、ああ。あなたも居たかも」
彼女はやはり素っ気なく返す。いつもそうだけど今日は何か……。
「もしかして――」
私が言葉を発しかけた瞬間彼女なの鋭い視線が飛んできた。余計なことは口にしないで。その目がそう語っていた。
「無駄話は止めて移動しよ。陽炎どもが来ないとも限らない」
「……陽炎?」
聞きなれない単語に彼は首を傾げるが彼女は完全に無視する。
「ほら、早く」
彼女は急かすようにそう言うと先に歩き出してしまう。彼女が非力であることは知っているので慌てて追いかける前に振り返る。
「ヒロト殿、行こう」
「あ、うん」
一瞬道を見失っていたように見えたヒロト殿の手を引いて私は彼女の後を追いかけた。
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