宇宙の運び屋 エース&ジャック

よし ひろし

第一話 ペレグリン・ファルコン、出航す

 惑星間輸送の中心地、アクア・ハブステーション7の第四貿易ブロックは、いつも吐き出されるガスと喧騒に満ちていた。巨大な輸送船団、せわしないシャトル、そして個人経営のフットワークの軽い輸送艇まで、あらゆるサイズの船がひしめき合う活気あふれる宇宙港だ。

 その雑踏の中、ある格納庫から細身の機体が静かに姿を現した。表面の塗装は所々剥がれ、エンジンナセルには修繕の跡が生々しいが、そのシルエットはどこか洗練されている。「ペレグリン・ファルコン」号。速さをウリにする運び屋の二人の男にとって、生命線とも言える愛船だ。


 コクピットの中で、一人の男がニヤリと笑う。


「よーし、今日も超速ちょっぱやで行こうぜ、なあジャック!」


 彼の名はエース。この船の操縦者パイロットで端正な顔立ちに明るい茶色の髪、悪びれない笑顔がチャームポイントの、生粋のお調子者だ。ただその腕前は確かで、持ち前の大胆さと天賦の操縦技術で、これまでいくつもの困難なデリバリーを成功させてきた。


「はぁ~、まずは今日の予定を確認しろ、エース。速さも大切だが、無事に届けるのが第一だぞ」


 そう答えたのはジャック。ナビゲーター席に座り静かに航宙図を凝視している。黒髪に落ち着いた雰囲気、薄い瞳の色と耳の先が長く尖っているのが特徴で、地球人以外の血――ロムール人の血を僅かに引いている証だ。

 彼は常に冷静で慎重。複雑な航路計算から積み荷の確認、船体コンディションの管理まで、ありとあらゆる事務的かつ危険管理的な仕事を担っている。エースの突っ走りがちな性分を知り尽くしており、手綱を引くのが彼の役目だ。


「先日の惑星間輸送、お前が無茶をして荷物を僅かに破損させたせいで、依頼料の半分が吹き飛んだんだぞ」

「分かってる分かってる! 今日は気を付けるさ。パーッと行って、サーっと帰って来ようぜ!」

「はぁ……」


 半分諦めの表情を浮かべ、ジャックはため息をつく。それでも、エースの腕には全幅の信頼は置いていた。やる時はやる、その大胆さを補佐するのが自分の役目だと常々自分に言い聞かせている。


 彼らはこのペレグリン・ファルコン号を駆って、銀河系の果てから果てまで荷物を運ぶのが仕事だ。その最大の強み、それは文字通り「速さ」だ。カスタムされた高性能エンジンと、エースの限界を超える操縦技術、そしてジャックの正確な航路選択が合わさる時、彼らはあらゆる納期を縮めることができた。だからこそ、多少危険な仕事や超特急便でも、彼らのもとには依頼が舞い込むのだ。


 今日の最初の依頼は、小規模だが急ぎのパーツ輸送だった。ステーションの隣接宙域で受け取った箱一つ分の積み荷を、程近いコロニーへ届けるというもの。簡単な依頼だ。


 ペレグリン・ファルコンのエンジンが轟音を響かせ、格納庫から勢いよく飛び出す。まるで獲物を見つけた隼のように、細身の船体が滑らかに宇宙空間を切り裂く。エースは笑顔でスロットルを限界まで開いた。


「見てろよジャック!この辺のローカル記録、更新してやるぜ!」

「航路から外れるな、余計な挙動はエネルギーの無駄だ」

「分かってるって。任せておけ!」


 エースの操縦は確かに驚くほど正確かつ滑らかで、船体へのG負荷を最小限に抑えつつ、最高速度を叩き出すのは一種の芸術だった。ジャックのナビゲーションに従い、彼は迷うことなく最適なワームホールゲートやショートカット宙域を選択する。二人の連携は言葉以上にスムーズで、長年培われてきた信頼の賜物だった。



 エースの宣言通り、通常の半分程度の時間という驚くべき速さでコロニーへのデリバリーを完了した二人は、次の依頼までの休息を兼ねて、宇宙港の片隅にある少し場末の酒場に立ち寄った。荒っぽい運び屋たちが集まる店は、情報収集の場でもある。


 雑多な会話と古ぼけた音楽が流れる中、隣の席から不穏な声が聞こえてきた。


「……全く恐ろしいよ。ワシらの同業のサルバトールがよ、つい先日連絡途絶えたってんだ。奴もベテランだったんだが――」

「ああ、『宇宙のサルガッソー』の仕業かねえ。あの辺りに近寄るもんじゃねえ」

「サルガッソー…? それってただの噂じゃねえのか?」

「噂? いや、ガチだよ。宇宙船ふねが跡形もなく消えちまうんだ。座礁して乗り捨てられるならまだ分かるが、忽然と消えるってのが恐ろしい。異空間の底なし沼に沈んだ、なんて話も聞くな」

「ああ、そのせいで誰も寄り付かないから、自然と『宇宙のサルガッソー』なんて呼ばれちまうんだろうな」

「連邦が本腰を入れて調べ始める様だ。有用な情報には賞金が出るって噂だぜ」

「へぇ、でも命あっての物種だからな……」


 エースはその話を聞いてクッと笑った。


「サルガッソーねえ。忽然と消えるってのは、ほら、海賊に襲われたってオチじゃねえのか。この大宇宙時代に魔の海てな感じの話はねえだろう」


 彼は肩を竦め、グラスの中身を煽った。

 しかし、その隣でジャックは眉を寄せ、耳を澄ませていた。彼は、聞こえる言葉だけではない、何か不快でゾッとするような「音」を、ほんの一瞬だけ、脳の奥深くで感じたような気がしたのだ。それは言葉にならない、悲鳴にも似たような、得体の知れない感覚だった。自分のロムール人の血に由来する、滅多に表に出ない超感覚のせいなのか? はたまた単なる気のせいか? 確信は持てない。


(妙な胸騒ぎがするな……)


 ジャックは胸のざわつきを感じていたが、それが何を意味するのかは、この時まだ知る由もなかった……

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