ドラゴンのとなりで、パンを焼く
ひなうさ
第1話 長き旅路の果てに
「かくごしろ魔龍王! この勇者さまが相手だーっ!」
「ぎゃおおおおん! やられたぁー! やっぱり勇者はつよすぎるー!」
かつて人類の存亡を賭けた伝説の戦いも、今ではもうゴッコ遊びの題材だ。
農道の脇で子どもたちの遊ぶ姿が見え、思わず笑みが零れる。
若い頃、25年前では考えられもしなかった和やかな光景。
これが見られただけでも、往年より冒険者として戦ってきた甲斐があったというものだ。
農道を歩き、微笑ましい光景を横目に通り過ぎる。
今度は小麦を収穫する大人の姿が見えた。
道を尋ねたかった所だ、丁度いい。
「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが、村長さんのお宅はどちらでしょう?」
「おっ? 村長さんの家はそこの曲がり角を曲がって坂を上ってすぐだよ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「アンタ大きい体してるねぇ、旅人かい?」
「ええ、
「そうかい。まぁここは何も無い所だが、ゆっくりしていくといいよ」
人当たりのよい親切な御仁で助かった。
農作業で忙しいだろうに、尋ねた俺に手を振って見送ってくれてもいて。
もう笑顔で会釈せずにはいられない。
この〝コナリア村〟はやはり噂通り、人柄も環境も恵まれた場所なようだ。
山間だから空気も澄んでいるし、段々畑を見下ろす光景は壮観でもある。
……ここなら、俺みたいなロートルにも居場所はあるだろうか?
「あらあらぁ! もしかしてお客さんかしらぁ?」
うん? 上から声?
……おや、高台から誰かが顔だけを覗かせて見下ろしてきているな。
「ちょっとお待ちになってねぇ~!」
年寄りのようだが動きは軽快だ。
杖を突いているでもなく、道に出てきては小走りで坂を降りてきた。
随分と小柄なお年寄りだな、背丈が俺の腰ほどしかない。
「わたくし、このコナリア村の村長をさせていただいておりますパジェットと申しますぅ~」
「ああっ、これはどうもご丁寧に。自分はリアンと申します」
それでいて物腰も低く、実に礼儀正しい。
それなので俺も慌てて頭を下げて礼儀で返す。
「実は丁度、村長さんのお宅を訪ねようと思っていた所でして」
「あらまぁ珍しい! 何の御用件かしら、うふふふっ!」
「それというのも、旅の道中で馬車の御者さんに教えていただいたのです。このコナリア村が療養に丁度良い場所でオススメだと。それと村長さんなら何でも相談に乗ってくれるだろうとも」
「あら、それってもしかして酒場の店主のロナーさんかしら? あの人ったらもぉ~うまいことばかり言っちゃうんですからぁ~」
呆れているようにも見えるが、どうやらまんざらでもないらしい。
村長さんの人柄の良さが伝わってくるかのようだ。
「ここで立ち話でもなんですし、なんでしたら家で詳しいお話を伺いますのよ」
「助かります」
そんな村長さんに連れられ、お宅へお邪魔することに。
居間の椅子に腰を下ろすと、村長さんがさっそくお茶を淹れてくれた。
……冷茶が火照った身体に染み入る。
日差しの強い中での訪問だったから嬉しいおもてなしだ。
「あの大きな荷物からして、もしかしてリアンさんって冒険者の方かしら?」
「ええまぁ。といっても〝元〟冒険者が正しいですが」
さっそく俺の職業を言い当ててしまったか。
外に置いてきたあの荷物だけでわかるなんて、随分と目利きがきくのだな。
もっとも、隠すつもりなんて微塵もない訳だが。
「実は先日、所属していたパーティから脱退しまして。歳も42と引退適齢を少し過ぎていますし、これを機に引退を決め、安住の地を探していたのです」
「そうだったのですね。それにお膝も悪くしているみたいですものねぇ」
「おっと、気付かれましたか」
「えぇ、今しがたも膝をさすっておいででしたし」
……この御仁の洞察力には敵わないな。
どうやら俺は無意識的に傷付いた左膝を労っていたらしい。
しかし村長はこんな俺でも決して奇異な目で見ることはなかった。
「そこでこのコナリア村に滞在させていただけないかと相談しにきた次第です」
「そうでしたか。冒険者と言いますと常日頃、凶悪な魔物と戦うとよく耳にしますわ。長いことの大変なお勤め、本当にお疲れ様でした」
他人事の事情でしかないのに、頭を下げて労ってくれる。
よほど優しい方なのだな。
それとも人に優しくできるほど厳しい人生を送ってきた、か。
いずれにせよ、村長さんの心遣いにはもう頭が上がりそうにない。
「それだけの人生だった故、個人的には苦とは思っておりません。むしろ人々を守る役割の一端を担えただけで光栄というものです」
「リアンさんは正義感に溢れた御方なのですねぇ。それにどこか気品も感じますし、まるで貴族さまみたい」
「はははっ、おだて過ぎですよ。自分は親も知らない、ただ人に優しくありたいだけのロートルです。人生経験だけは自信がありますがね」
「うっふふふっ!」
冒険者と言えば荒々しい印象があるのは周知の事実。
その印象を覆す人柄に産まれられたのだから、顔も知らない両親に感謝だ。
どうやら村長ともウマが合うようで、雑談が捗った。
本当に村のことを想う御仁だとわかり、感心を禁じ得ない。
「……リアンさんのこと、なんとなくわかった気がしますわ。それでしたら一つ提案がありますのよ。ちょっと付いてきてくださるかしら?」
そんな雑談も落ち着くと、村長は何を思ったのかポンと手を打っては手招き。
トテトテと外へ歩き始めたので、俺も再び荷物を背負って付いていくことに。
どうやら村長が向かう先は村の郊外なようだ。
背の高い作物が立ち並ぶ坂道の上を指差し、俺を誘う。
この先にはいったい何があるのだろうか?
「このコナリア村ではねぇ、新しい家はあまり建てず、住人のいなくなった家ができたらそこに別の誰かが住むようにしているの」
「ほう?」
「それで今、このお家が空き家となっていましてねぇ。前の住人が上京してしまって」
そんな農道を越えた先には、大きな家があった。
大きな庭を囲う石垣を有した、立派な木造家屋だ。
しかも手入れまでされていて、今も誰かが住んでいそうな様相ですらある。
「ま、まさか……この大きな家を俺に!?」
「ええ、そのまさかですのよ。大きさはいずれ慣れるでしょうし、体の大きいリアンさんには丁度いいかなと思いましてぇ~。もちろんお代はいりませんのよ。気に入らなければ自由に立ち退いていただいても構いませんから」
驚きで言葉も出ない。
広い土地なのもそうだが、何よりいきなり一軒家を託されるとは思わなかった。
家屋は買うものだと思っていたから寝耳に水だ。
「ただ、この村の生活は基本的に自給自足でしてねぇ」
「お金があるだけでは生活が成り立たないという訳ですか?」
「そう。山奥だから商人も滅多に来ませんし、できても物々交換するくらいでねぇ。それなので食料も自力で何とかしていただくしかありませんの」
「その辺りは冒険者の時でも常日頃経験していたことですからまったく問題ありませんよ。狩りなどもできますしね」
「それは良かった。それでしたら餞別としてこちらもお渡ししておきましょうか」
さらに村長が手に持っていた大きな袋を渡してくる。
中身は小麦、それもおそらくはこの村で獲れたものだろう。
しかもズシリと、思ったより量が多い。
一人だと一週間で使いきれるかどうかといった重量感だ。
「こ、こんなによろしいのですか!?」
「もちろんよぉ! この村に慣れるまで何かと大変でしょうが、私たちも支えますから、共にコナリア村を盛り上げて行きましょうねぇ~!」
「ええ、微力ながら協力させてください! 御厚意に感謝します!」
あまりに厚いおもてなしに、思わず声に気持ちが乗ってしまった。
会ったばかりの俺にここまでしてくれるとは、あの御仁には心から感謝だ。
家と食料を俺に託し、村長さんが手を振って去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで、俺は大手を振って見送った。
これくらいしても足りないくらいに大きな頂き物だったな。
それに立地も悪くない。
村の様子が庭先から一望できるし、すぐ裏には隣家もあるようだ。
ご近所付き合いができるかは不安だが、孤独であるよりはマシだろう。
家の中に入れば、これまた驚かされた。
屋内も掃除が行き通っていて、すぐにでも生活できそうな雰囲気だ。
多少埃っぽいものの家具も多く残っているし、自動で灯る人感魔導灯まである。
そして何より、奥には大きくて立派な石窯までがあるときたものだ。
鉄扉を開けば黒鉄の敷板もあり、本格さを伺わせてくれる。
一人で使うには大きすぎるが、たくさんの料理を一度に窯焼きするにはもってこいだな。
「あ、そうだ。この小麦なら……」
こんな石窯を見て、ふと思い出す。
幼い頃に暮らしていた孤児院でも似たような石窯があったことに。
あの時もたしか皆でパンを焼いて飢えをしのいでいたっけか。
……パンを焼く、か。
「せっかくだし、少しやってみるか。パンの作り方なんてもうとっくに覚えていないが」
幸い、この家には道具が一式揃っている。
練り麦焼きくらいなら冒険者時代でも作ったことがあるし、できないことはないだろう。
ひとまずは軽く屋内を掃除。
その後、さっそくパンを作ってみることにした。
石臼で小麦を引き、小麦粉に仕立てる。
ほどよく水と塩、それと少量だけ残っていた乾燥バターの粉末を軽くまぶす。
さらに生地を均一になるまでひたすら練る。
工程を経てできた生地は小分けにし、火をつけた石窯の中へ。
生地が思ったよりも多くできたので、いろんな形にして窯の中へ投入だ。
年寄りでも遊び心は忘れない。
……それからどれだけ待っただろうか。
ふと気付くと香ばしい匂いが鼻孔を触れてきた。
「そ、そろそろか?」
焼き加減などもう覚えちゃいない。
それでも匂いと勘で判断し、思い切って石窯を開く。
そうすると鉄板の上には焼き上がったパンたちの姿がずらり。
白い肌と黒い焦げ跡を持つ、工夫も何も感じない質素な様相だ。
いずれも俺の知るパン屋のパンとはまるで姿が違う。
だが香りは食欲をそそるほど実にかぐわしい……!
「見た目はともかくとして味はどうか……」
はやる気持ちのまま、湯気を立たせるパンを一つ手づかみ。
アツアツのままに口で咥え、思い切って噛み締める。
すると途端、口の中をパンの甘味と香りが一気に突き抜けた。
外はカリカリ、中はモチモチ。
さらにはほどよく焼き上がった生地が風味を変えてやってくる!
なんだこれ、何度噛んでも旨味が止まらない……!?
「冗談抜きで美味しい!? まさか俺にパンを焼く才能でもあったのか……!?」
生地の作り方も焼き加減も勘でしかなかった。
それなのに一発でこの出来栄えだ。
これはもはや天性の才能とさえ思えてならない!
「いやいや、待て待て落ち着くんだリアン。これはきっと奇跡の産物に過ぎない。あるいは小麦の質が良いのだろう。そうだ、きっとそのおかげに違いない……!」
胸に手を充てて深呼吸し、昂揚感を自制する。
浮かれすぎだ。
しかしその一方で、才能であって欲しいと願う自分がいる。
そんな旨い話などありはしないとわかりつつも、どこか期待感がぬぐえなくて。
これは今までに感じたことのない奇妙な感覚だ。
誰かとこの美味しさを共有したい、そんな欲求が溢れて止まらない。
――だったら、いっそ。
「たとえ偶然だったとしても、せめてこのパンくらいは誰かに品評してもらいたいよな……!」
俺は一つ決心すると、焼きたてのパンを麻袋に詰める。
それで勇み足で家を出た――のだが。
「ああっ!? 冗談だろ、もう夜だったのか!?」
どうやらパン作りに夢中で夜中まで没頭してしまっていたようだ。
外はもう真っ暗で、庭先を見下ろしても明かりがまったく無い。
これでは村長さんがまだ起きているかさえ疑わしいぞ!?
「あっ!?」
しかしふと振り返ると、隣家から明かりが漏れている。
つまり隣人はまだ起きているということだ。
よし、それなら!
思い立ったまま走りだし、隣家へ向かう。
これも近所付き合いの一環、引っ越しの御挨拶なのだ。失礼ではないはず!
隣家の扉の前に着くと、はやる気持ちを抑えるために深呼吸を一つ。
それでゆっくりと扉を叩き、住人を呼んでみる。
人生初の挨拶回りだ、緊張するな。
「ごめんください、家主さんはいらっしゃいますか?」
すると途端、中からドタドタと慌ててこちらへ歩み寄ってくる音が聞こえた。
良かった、やっぱり起きていたようだ。
一体どんな隣人なのだろうか?
「誰だこんな夜中に――」
聞こえてきたのは甲高い女性の声。
そんな声を上げながら扉が開かれ、隣人が姿を現す。
だが、その隣人の姿を俺はよく知っていた。
「「あっ!?」」
長く跳ねた赤髪に金色の瞳。
人形のように艶やかな白肌。
それでいて俺と同等の高い背丈を持った、胸の大きな女性。
そして当然ながら、そんな隣人も俺のことを知っている訳で。
「き、君はまさか魔龍王エルディオム!!?」
「そういう貴様は勇者リアン・ルーヴェルかっ!!?」
「「どうして君/貴様がここにいる!!!??」」
この偶然の再会が、俺の中で止まっていた一つの伝説を再び動かし始めた。
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