第3話:支配の快楽

 再び沙耶を呼び出したのは、金曜日の夜だった。駅近くのホテルのラウンジで落ち合い、そのまま上層階の部屋へと流れるのは、もはや暗黙の了解だった。


 「ねえ、本当に……これって、大丈夫なの?」


 ベッドの端に腰かけた沙耶が、不安そうにこちらを見る。目元に微かな罪悪感が揺れているが、それを打ち消すように唇を噛む。


 透は答えず、ポケットからスマートフォンを取り出してテーブルに置く。録画モードにして、フレームの角度を確認する。その仕草だけで、沙耶の喉が小さく鳴った。


 「……撮るの、また?」


 「嫌なら、帰っていいよ」


 沙耶はすぐに立ち上がろうとはしなかった。口元に苦笑を浮かべながら、スカートの裾を自分でたくし上げる。


 「そういうとこ、ずるいんだから」


 すでに何度目かになる逢瀬。しかし、今日は特別だった。透の中で、何かが一段階、深く切り替わったような感覚があった。


 ナノチップが解析するのは、ただの“同意”ではない。相手が“抗いながら従う”そのバランスを完璧に読んで、タイミングと温度を指示してくる。


 彼女の瞳が潤んだとき、背筋にぞくりとした快感が走る。服の中に手を入れ、指先が下着に触れる瞬間、沙耶の声が喉の奥で跳ねる。


 「ま、待って……今、旦那が……」


 彼女のスマホが震えた。透の手が止まりかけるが、チップは“継続”と促してくる。


 「出ればいい。堂々と」


 「……無理、そんなの」


 しかし、沙耶は電話に応じなかった。着信音が鳴り止むころには、彼女の脚は完全に開かれていた。透はその光景をカメラに収めながら、頭の奥が熱くなるのを感じた。


 彼女はもはや、夫よりも透の指示を優先していた。


 「これ……あとで、消してくれるよね?」


 「もちろん」


 そう返しながら、透はまったく別のファイル名で保存処理を行っていた。


 ナノチップによる制御は、あまりにも正確すぎた。声のトーン、汗の量、羞恥心と快感の交差点。すべてを数値化し、透の行動を最適化してくる。


 沙耶が涙混じりに喘ぎながら、彼の肩にしがみつく。


 「どうして……こんなに……あなたのこと、忘れられないの……」


 その問いに、透はもう答えられなかった。


 共感が、遠く霞んでいる。ただ、観察し、分析し、制御する対象がそこにいる。


 沙耶のような“理性を持った大人の女性”を屈服させることに、透は得も言われぬ充足感を覚えていた。彼女の感情の断片が、自分の言葉と行動によって乱され、再構成されていく。


 それは“愛”ではなかった。“支配”だった。


 「また、来週も会える?」


 ベッドの中、沙耶が尋ねた。


 「もちろん」


 透は微笑みながら、録画された映像を確認していた。彼女の顔が、欲望と羞恥に染まりながらも、どこか嬉しそうに歪んでいた。


 もはや、後戻りはできない。


 透の中の“倫理”は崩壊し、“快楽”が新たな基準となっていた。


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