襲撃者
それは、暗く冷たい夜の出来事だった。
僕たちは思ったよりもオークションを楽しんでしまったこともあって、2日目以降の夜にも大劇場へと積極的に足を運ぶようになっていた。
最初は初日だけ出て、残りは出品物の価値が高まる後半に出るという予定だったけど。
そんなのはあくまで予定であって、決定ではないのだ。
そんなわけで、今日もまた。
ベアゴール・セール3日目となる今宵も、僕たちは大劇場へ続く歩き慣れてきた道を進んでいく。
――と、そんな最中だった。
ふいに気づく。
周囲から人影が消えていることに。
次いで気づく。
暗く冷たい夜が、肌を刺すような微かな殺気を伴って僕たちを包んでいることに。
「………………」
自然と、会話が少なくなっていく。
コッペリアもクララも、さっきまで楽しげに語らっていたオークションの話は上の空へ。
警戒、臨戦。
僕だけじゃない。
同じように気づいた2人は、不自然にならないよう会話を続けながらも武器に手を掛ける。
どうやら、この中で気づいていないのはアウローラだけらしい。呑気にご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、僕の隣を歩く少女。
そして、何かが動く気配がした。
狙いは――アウローラだった。
「コッペリア!!」
「ん!」
「な、なにー!?」
僕は隣のアウローラを抱き寄せ、コッペリアの名を叫ぶ。心得ていた、とばかりに即座に反応したコッペリアが僕とアウローラの前へ。
直後。
陣風のような刃が閃いた。
「――ほう。止めるか」
「誰だか知らないけど、させないよ! クララ!」
「はい!」
切り掛かってきた何者かの刃をコッペリアが防ぎ、瞬時に近づいたクララが剣を振りかぶる。
が、その剣は届かない。
突如として吹き荒れた暴風が阻んだのだ。
「っ!」
「申し訳ありません、逃しました!」
「いや、大丈夫。敵は見えた」
暴風を盾にクララの攻撃から逃れた敵。
突如として僕たちへと襲いかかってきた下手人は、少し離れた家屋の屋根の上に立っていた。
それは奇妙な風貌の大男だった。
おそらく、身長は2メートル以上あるだろう。顔を完全に覆う仮面。目の部分は十字に穴が開き、閃光のような赤い光が鋭く輝く。
額には『裏』と書かれた額当て。
首には長いマフラーが巻かれ、風になびく。
大柄な体を隠すように全身は黒い装束に覆われ、その内側からはどこか硬質な音が聞こえた。
手には刃渡りの短い鋭い剣――短刀。
それは、あまりにも奇妙な存在であった。
「な、なになにー?」
ひどく混乱した様子のアウローラ。
あの大男とコッペリアの激突による影響か、吹き荒れた暴風による影響か。
いつのまにかその顔を隠すフードがなくなっていた。
「…………やはり、か」
大男が、ぽつりとつぶやいた。
僕はアウローラにフードを被せてから、僕たちを見下ろすそいつへと問いかける。
「お前は? 何が目的だ」
「これから殺すターゲットに名乗る名などはない。仁義なきシアイであるならば名を名乗るのが礼儀だが、これから起こるのは血を染めた刃による凶行。そしてジッサイ、拙者の目的などそれこそ愚問というものだろう」
「誰かに雇われたのか? 僕たちを狙う……アウローラを狙うのは、そいつが彼女を恨んでいるからか? さっき、『やはり』と言ったな。それはアウローラの顔を見てから言った言葉ということでいいのか?」
「饒舌に回るうさんくさい口だ。しかし拙者の答えは、何ひとつ変わることはない。この暗く輝く刃の鋭さ。それだけが、唯一の答えということだ」
「そう。話は通じないみたいだね」
僕は表面上冷静を取り繕いながら、内心ではものすっごく頭を抱えた。
状況がわからん。
なんで襲撃されるんだ。僕たちは別に悪いことなんてしてないし、当然ながらこんな珍妙な男とは今まで関わり合いになったことなんてない。
この男から繋がる雇い主がいるとして、そいつがどこの誰だかの想像もつかない。
はっきり言って一切何もわからない。
つらい。
というか言っている言葉もちょっと、何が言いたいのかイマイチよくわからん。
なんなのだこいつは。なんなん?
唯一の情報は、あの大男の標的が僕たちの中でもアウローラであったことだろうか。
彼はたしかにアウローラを見て『やはり』と言った。あれはきっと失言だ。
その後、僕の問いに対しての答えは得られなかったが、この男の狙いがアウローラであることを僕はほぼ確信することができていた。
「…………強いな」
だけど、感覚でも伝わるその強さ。
〈人物鑑定〉によると、その天職は『影』という見たことも聞いたこともない天職。
だけど確認できる強力なスキル群から察するに、『影』は最上級職だ。
そしてレベルは371と出ている。
「その視線、嫌な視線だ。不躾で、見透かすようなひどく鋭くレイテツな目だ。ひと目で拙者の実力を見抜いたか。尋常ならざる妖魔めいた観察眼を持つようだな」
「さあね」
「だが、それは無意味だ。拙者はただ、ターゲットをこの刃の錆とするべくしめやかにシマツするのみ」
暗闇に刃が輝く。
濃密な殺意が周囲に充満し、一触即発の死が僕たちを包み込んでいくようだった。
だけど。
「――無理だよ」
「…………」
「お前、暗殺が得意みたいだな。だけど、姿の露見した暗殺者ほど価値のないものはいない。暗殺者のお前が僕たちと正面から戦って勝てるなんて、お前の方こそ観察眼が未熟に過ぎるんじゃないの?」
僕は面と向かって、言い切った。
こいつが暗殺を得意としているのはその天職やスキルを〈人物鑑定〉によって覗き見た以上、はっきりとわかっていることだ。
だからこそ、断言できる。
こいつは強い。
暗殺でなくとも、正面戦闘だってかなりの強さを誇るだろう。だけど、だからと言って僕たちが負けるということにはならない。
個々の強さでは負けてるだろう。
とはいえ、こちらは数で勝っている。
4体1だ。その上個々の戦力的にもどうしようもないほどの差をつけられているというわけでもない。
この男の得意な暗殺を防いだ以上、正面戦闘であれば問題なく――僕たちが勝つ。
〈人物鑑定〉によってもたらされた情報を瞬時に分析して、僕はそんな結論を出したのだった。
「侮っている? 否、それは確信か。なるほど、たしかに拙者のアンサツを防いだ手腕。即座に反撃に移る連携、垣間見えるワザマエ。ふむ、形勢は不利か」
つぶやき、大男は僕たちに背を向ける。
「ここは引かせてもらおう」
「逃げるのか」
「いいや、逃げるのではない。これは撤退だ。醜悪なる邪妖、そしてそれに与する凶手どもよ。夜の暗黒は常に貴様らを見張り、いずれその命を無慈悲に刈り取るだろう。ゆめゆめ、忘れぬことだ。サラバ!」
そう言い残して。
僕たちの前に現れた奇妙な大男は、影の中に溶けるようにその姿を消したのであった。
「…………」
「…………」
「…………」
「えっと、なんなのー……?」
「さあ?」
突如として現れた襲撃者。
そんな敵との遭遇を無傷のままにやり過ごした僕たちは、安堵よりも先にただ困惑し。
みんな揃って、首を傾げるのであった。
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