カルマンセ・ノータリン

「おいおいおいおい! 話は聞いたぞ。なんでこのガキがDランクに昇級できるんだよ!」


「支部長からの推薦がございますので」


「はあ!? おかしいだろ! おい、ガキだぞコイツは! 支部長だかなんだか知らねえが、そいつの目は節穴か!? こんな弱そうなガキがこの俺より先にDランクに上がって、たまるかってんだよッ!!!!」


「私に言われても困ります」


 すごい剣幕で言い募る青年。

 対してレミアさんはどこ吹く風。涼しい顔をして、抗議の声を受け流す。

 きっと、慣れてるんだろうな。


 さすがに止めようか。

 レミアさんは戦う力を持たないのだから、涼しい顔の内心で怯えてるかもしれないし。


 と、僕が止めるよりも早く。

 青年の標的がレミアさんから僕に移ったらしい。


「テメェ! 不正しただろ! ギルドの連中は騙せてもこの俺の目は誤魔化せねえ。テメェみたいなクソガキが、Dランク冒険者になれるわけねえ!!」


「ふ、不正?」


「ああ! やったんだろおい!? この薄汚え不正野郎が!!!!」


「そうそう、不正よ!」


「恥ずかしくないのかしら!!」


 声高に叫ぶ男、追従する2人の取り巻き。


 不正って、何の不正だろうか。

 僕は青年の言っている言葉の意味がよくわからず、困惑してしまう。果たして冒険者の査定に、不正とかできる余地があるのだろうか。

 職員と仲良くなればできるのかな?


 いやでも、僕は別に不正とかしてないし。


「みっともないとは思わねえのか!? 不正でランクを買うなんてよお! 情けねえなあ、おい!」


 ますますヒートアップする青年。

 本当に面倒で、厄介なことになってしまった。この状況、どうしようか。

 なんだか周りに人も集まってきたし。


 ひとまず〈人物鑑定〉とかしておくかな。

 この青年は『剣士』のレベル25。他の2人も、同じくらいのレベルだ。

 なるほど。よくいるEランク冒険者だね。

 若いし、上限レベルにもまだ達していないからそれなりの将来性はありそうだった。


 まぁ、仮に戦っても負けないね。

 それがわかるだけで、心に余裕がうまれるというもの。


「おいおい、怖くて何も言えねえか? 黙ってねえでなんか言ったらどうだよクソガ――」


「――――いい加減にしてよ!!!!!」


 なおも罵声を続ける青年を止めたのは、怒りの混じったコッペリアの声だった。


「レグルスさまをバカにしないで!」


「ああ!? なんだテメェ女ァ!!!?!」


 青年がコッペリアを睨む。

 その視線にまったく臆さず、コッペリアは強く睨み返した。


「不正なんてしてないもん! わたしもレグルスさまも、ちゃんとがんばって認められたの! なにも知らないあなたに文句なんて言われたくない!!」


「んだと!? テメェ、クソガキの仲間だな!?」


「そうだよ!! だからレグルスさまに謝って!!!」


「ハッ! 誰が謝るかよ! そもそも、不正してるテメェらが悪いんだろうが! 俺は間違ったこと言ってねえだろ!!」


「言ってる! 不正なんてしてないもん!」


「なら証拠を出せや!!!!」


「証拠って、ギルドが認めてるんだから必要ないよ! むしろそっちが出すべきだよ!!!」


「おいおい、不正していない証拠がねえってよ!! じゃあやっぱり不正じゃねえか!! 俺はわかるんだよ、テメェらみてえなのはクズだってな!!」


「もー! この人、話通じない!!」


 うがー、とうなるコッペリア。

 さすがに止めないとかな。こんな話の通じないやつ、まともに相手するだけ無駄だ。


「コッペリア、落ち着いて」


「レグルスさま……! でもでも、この人レグルスさまにひどいこと言ってるよ!」


「気にしなくていいから。僕は大丈夫だよ」


「う、うん。わかったよ……」


 僕が宥めると、コッペリアはなんとか引き下がる。それにしてもここまで怒るのは初めて見たな。

 温厚な彼女が怒るほど、僕に対する罵詈雑言が許せないことだったのか。

 こんな状況だけど少し嬉しかった。

 それだけコッペリアが、僕のことを好意的に想ってくれているということの証明だったから。


「お、逃げやがったな! ついに不正だと認めたか!」


「がるるるるる!」


 僕たちが言い返さなくなったからって、ニヤニヤと笑みを浮かべて喜ぶ男。


 ほら、コッペリアは威嚇をやめなさい。


 というか、こいつはコッペリアの迷宮武装が見えていないのか。この装備が迷宮武装だとわかっていないのか、わかっていてなお突っかかって来てるのか。

 後者だとしたらやばいけどな。まさに、イリアスさんが言ってた通りの愚か者ってわけだ。


 まぁ、前者でもやばい。

 おそらくこいつはEランク冒険者。その等級になっても、防具の質を見抜けないのか。

 コッペリアの防具は迷宮武装と知らずとも、ひと目見てすごい品だってわかるぞ。


「――――そこまでにしてください」


 そんなとき、知ってる声がギルド内に響いた。


 イリアスさんだ。

 いつの間にか彼を呼びに行っていたのか、その隣にはレミアさんが立っていた。

 さすが、仕事のできる女である。


「ああ!? なんだテメェ!!!!」


 と、大物っぽく登場したイリアスさんにまで罵声を浴びせる男。支部長だぞ、その人。

 何にでも噛みつく狂犬かな。


「初めましてですね。私はこの支部の支部長ですよ。あなたはたしか…………カルマンセ・ノータリン君でしたね。18歳という若さで、Eランク冒険者に認定されている若く有望な冒険者です」


「ほう? この俺のことを知っているとは、なかなかたいしたやつじゃないか」


 いや、本当にたいしたやつだから。

 支部長だから。


「わかってるなら話が早いぜ。テメェが支部長なら、この不正野郎どもの昇格推薦を取り消せよ。不正なんだろ? 今だったら許すぞ。俺は寛大なんだ」


 イリアスさんに賞賛されたと思ったのか、機嫌良さげにする男――カルマンセ。

 そのあまりの物言いに僕はドン引きした。

 コッペリアやレミアさん、周囲に集まってきたギャラリーたちすらみんな揃ってドン引きする。


 いったい彼はどこの何様なのか。

 ここまで来ると、いっそ哀れですらあった。


「そして、この俺をとっととDランクに昇級させるんだな。今ならそれで手を打ってやるよ」


「いえ、不正ではありませんよ」


「あ?」


「レグルス君にコッペリア君。この2人の実力は間違いなく、Dランク冒険者に相応しいと私が保証します。不正などでは、断じてない」


 イリアスさんがキッパリと言い放つ。


 対してカルマンセは、やはりというかなんというか烈火の怒りを乗せて口を開こうとする。


 が、その前にイリアスさんが口を開いた。


「――ただし。カルマンセ・ノータリン君。君がDランク冒険者に相応しい実力を示してみせるなら、君を昇級させるという件については考えてもいいでしょう」


「!」


 カルマンセの顔に驚きが浮かぶ。


「実力を示すだと…………?」


「はい。私がDランクに相応しいと認める冒険者…………に打ち勝つことができるのなら、カルマンセ・ノータリン君の実力は十分に示される」


「へえ」


 ニヤリ、とカルマンセは笑う。

 その視線はイリアスさんから外れ、僕とコッペリアに向けられた。


「ククク。そういうことかよ。おもしれぇ」


「はい。そういうことです」


 嗜虐的に笑うカルマンセ。

 見事カルマンセを誘導してみせ、楽しそうに笑みを浮かべるイリアスさん。


「………………ま、そういうことになるよね」


 なんとなく察していた展開。

 目の前に現れたその状況に対して、僕はため息を吐いたのだった。

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