奴隷商にて
豪奢な調度品で飾られた応接室。
でっぷりと太った男と1対1で対面した僕は、足を組みながら堂々とソファに座る。
ここはバウレンにある奴隷商館で、対面に座る太った男がこの館の主人である奴隷商人だ。
「――では、お客様。ご希望の方を伺いましょう」
にこやかに問いかけてくる奴隷商に対して、僕は鷹揚にうなずいてから希望を伝えた。
「若い女で、美人。あと巨乳。五体満足で健康なら天職は何でもいい。できるなら、僕がこの目で見てからどの奴隷を購入するのかを決めさせてもらいたいです。美人と一口に言っても、好みがありますから」
「は、はあ」
きっぱりと伝えると、奴隷商はなぜか面食らったような反応を見せた。
そんな奴隷商の様子を見た僕は、ちゃんと伝わっているのか不安になって改めて強調するように希望を口にする。
「――とにかく、若い女で美人。あと巨乳。ああ、もちろんこの場合、爆乳でもかまいせん。そこは僕としても、柔軟に考えていますからね。ただし若く美人であること、これは譲れない。よろしいですね?」
奴隷というのは盲点だった。
だけどたしかに主人に絶対服従の奴隷であれば、口止めすれば秘密を漏らすことはない。
戦闘力の足りない僕でも自分の奴隷であれば一緒の冒険者パーティを組めるしね。
経験値は自分で魔物を倒さずとも仲間が倒せば分配されるから、問題なくレベル上げも行えるだろう。
ただし、僕には奴隷を買うということに対するためらいが少なからずあった。
それは前世の日本の価値観や倫理観によるもので、人の命を金銭でやり取りすることに対する罪悪感というか。
しかし、そもそもこの国では奴隷は合法。
認可された正規の奴隷であれば購入しても罪には問われないので、これは僕の気持ちの問題でしかなく。
今後もこの国で――ひいてはこの異世界で生きていき骨を埋める以上、前世の感覚を引きずったままでいるのはそれこそ問題だという思いもある。
むしろ、割り切るには良い機会かも知れなかった。
前世は前世、今は今。郷に入っては郷に従え。
そうやって考えを改めるべきなのだ。
「――ふむ、なるほど。これは素晴らしい巨乳ですね」
「ええ、そうでしょう。彼女は現在我が商館にいる中では、とびっきりでございます」
「かなり美人ですし、年齢も若そうです」
「25ですね。ただし天職は凡庸な『農民』なので、奴隷として働かせるにはあまり役に立ちませんが…………お客様の要望には叶うかと」
「ちなみに、値段のほどは…………」
「このくらいでございます」
「うお、たっか!!!! 買えねえ!!!!」
奴隷商人の案内で商館の中を見る。
この商館にはたくさんの奴隷がいるみたいで、彼ら彼女らは檻の中に入れられて囚われていた。
心が痛むような光景だけど、各々に奴隷になるような理由があって今こうしているわけで。
そこにどうこう言うのは傲慢というものだろう。
んで、良さげな奴隷をと奴隷商から紹介されたのが今目の前にいる巨乳の女性なのだが…………目玉が飛び出るような価格をしていて驚いた。
父さんから天職を授かった祝いということでお金をもらったし、元々の所持金と合わせて僕の自由に動かせるお金はそれなりの額となっている。
しかしながら、これがまったく足りない。
「彼女は愛玩用の奴隷の中で極上のものですから。五体満足の健康体でこの美貌。天職が凡庸であることを度外視しても、最高級品というわけです」
「な、なるほど」
檻の中の女性へと目をやると、彼女はにっこりと微笑んで手を振ってきた。
とても美しく魅力的な笑みである。
なるほどたしかに値段相応ってわけだな。
巨乳だし。
ただ――
「――〈人物鑑定〉」
ぽつりと呟いて奴隷の女性を見る。
そこに表示された情報……とくに、素質の項目を確認した僕はその奴隷を購入するのをすんなりと諦めた。
素質がほぼ横並びのEで、器用だけが少し高くてDという素質値。
これはあまり優秀な素質ではない。
平均値、って感じだ。
今日ここに来るまでいろいろな人を鑑定してきたのだが、素質値の平均はおおよそEくらいだった。
素質は本人の能力の傾向であり、天職のレベルが上がる際その素質が高いほどより能力が伸びやすくなる。
いろんな人を鑑定した結果から見えてきたことだ。
例えば筋力Gと筋力Aの『戦士』がいるとしたら、レベルがひとつ上がったときの攻撃力の伸びが前者は1で後者は10――――みたいな感じだ。
あくまでも例え話だけど。
そんなわけで、僕は奴隷を購入するにあたってなるべく素質値の高い奴隷が欲しいのだ。
ともに冒険者になって僕の命を預けるんだから当然。
天職は僕のスキルでどうとでもできるけど、素質の方は僕にはどうすることもできないからね。
あくまで僕が奴隷を買う目的は、冒険者として活動をする仲間になってもらうため。
巨乳とか美人とかっていうのはあくまで希望であって必須項目というわけではないのだ。僕だって、そこはちゃんとわきまえている。
まぁ、どっち道この奴隷は買えないけどね。
値段が高すぎる。
「奴隷の値段はどのような基準で決まるんですか?」
「主には容姿と性別に年齢、それと天職ですね。容姿が優れる方が高値になるのはもちろん。性別は男性より女性の方が需要が高く、また年齢も若いほど人気です。天職については、有用な天職であればあるほど高くなり…………私たちの業界では語り草ですが、過去には稀有な天職持ちゆえに国宝クラスの値段で取引された奴隷もいるとか」
「うわあ、国宝クラスとはすごい話ですね」
「ええ。私のような奴隷商にとって、そのような奴隷を扱うことは憧れのひとつですな」
ただただ驚愕だった。
でも、仮に僕の『転職案内人』に価値を付けるのなら国宝と比べても
ありえない話とは思えなかった。
「天職が『農民』でも彼女ほどの美女だとここまでになるんですね。ちょっと手が出なさそうです」
「安い奴隷となると容姿が優れていなかったり、働き盛りを過ぎていたり、能力が劣っていたり。あるいは、五体満足でなかったりという話になっていくわけです。そういったことから、総合的に評価して値段を決めてさせていただいております。もっとも、男性奴隷なら容姿だけでここまで高騰することは少ないですが」
「いえ、女性でお願いします」
「そうですよね」
奴隷商の男が苦笑する。
にこやかな顔をしているけど内心では「ませたクソガキが」…………とか思われてそうである。
うるさいねん。
こちとら前世合わせたらアラサーじゃい。
素質重視ってのはたしかにあるけど、それでもできれば女がいいんだよ。
僕の死に際の願いは異世界ハーレムだぞ。
そんなとき、ふと奴隷商が思いついたように「そういえば……」と口を開く。
「お客様、天職については問わない――と、そういう話でございましたよね」
「ええ、そうですけど…………?」
「なるほど、なるほど。それなら1つ、お客様にご提案したい奴隷がございます。ただ、あまり良い商品ではないので正直オススメはできませんが。一応、お客様のご希望には合致するものでして」
奴隷商は、声を潜めるようにして言った。
「――呪いの天職を持つ奴隷にご興味はありませんか?」
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