等身大の一歩

「あーあー、姉さん元気かなぁー」

「お前な、昨日別れたばっかりだろ」

「ふふっ、ソウマってば、本当にレイナのこと好きだよね?」


アルカディアを発った三人は、魔法師団から譲り受けた馬車に乗り、火竜サラマンダーの神殿を目指していた。シンが魔馬の手綱を握り、ツバサはレイナ直伝の風魔法で車輪にクッションを施している。


ソウマはひとり荷台に寝転がり、どこまでも続く青空を眺めながら、ひとりごちていた。


「いや、そうなんだけどさ……それよりも……なんつーか、この甘ったるい空気! 居た堪れねぇっての!」


ちらりとシンとツバサの笑い合う姿を見ては、涙目になってゴロンと横になる。


***


数日後、一行は馬車を麓の村に預け、再び火竜の棲む山へと向かった。荒れた火口、赤く輝く溶岩。限界まで絞られた地獄のような5日間を思い出しながらも、慎重に登り、神殿の巣に卵を還す。


「ふぅ……これで火の竜もひと安心か。よし、次は水竜の神殿だな。あそこは、いわば、俺のスタート地点ってやつだ」


「そうだね! あの時のソウマ、突然現れて……、何言ってんのこの人!? って思ったけど……今思えば、ホントにヒーローみたいだったよ」


「……ああ、あの時は助かった。悔しいが――お前のおかげで俺は今ここにいる」


ツバサがいたずらっぽく笑い、シンは真っ直ぐな目でソウマに頭を下げた。


「いやいや、照れるって! 俺さ、あの時は森の入り口にいたはずなのに、次の瞬間にはあそこに立ってたんだよね。姉さんに話したらさ、『竜の導きかもしれない』って。……それなら、俺も一応選ばれたってことなのかなーって」


そう言って笑うソウマの手が、無意識に自分の髪をくしゃくしゃと掻き回す。耳がぴくぴくと動いている。


「きっとそうだよ。偶然なんかじゃない。シンも、レイナも、ソウマも……私の――ううん、のために、竜たちが引き寄せてくれたんだと思う」


ツバサの無邪気な笑みに、ソウマも自然と微笑みを返した。


***


さらに数日が経ち、水竜の神殿で卵を還し終えた一行は、補給のために近隣の村へと立ち寄った。


小高い丘を越えた先、ひっそりと佇むその村は、かつて彼らが旅の途中で立ち寄ったことのある場所だった。しかし――そこに広がっていたのは、記憶の中の穏やかな風景とはまるで違っていた。


瓦礫に埋もれた屋根。斜めに傾いたままの家屋。道端には、焦げた木材と泥にまみれた破片が積み上げられ、小さな子どもたちがその隙間をぬって水を運んでいる。


再生の儀がもたらした奇跡は、大地を、空を、命を救った。だが、現実の暮らしは――すぐには元には戻らない。魔獣の襲撃や教団による破壊の爪痕は、今もこうして地上に濃く残されていた。


村の広場では、集まった村人たちが復旧作業に追われていた。汗に濡れた額、荒れた手、誰もが疲れきった様子だったが、それでも諦めた表情は一人としてなかった。


ツバサたちが村に足を踏み入れると、最初に気づいたのはひとりの若者だった。大工のような身なりをした彼が、重そうな梁を肩に担ぎながら、ソウマの姿を見とめると声を上げた。


「お、獣人の兄ちゃん! ちょっと手伝ってくれや!」


その声に、ソウマは一瞬驚いたように立ち止まった。


これまでなら、彼のような混血インフェルの姿に、見知らぬ村人たちは少なからず身構えた。好奇と警戒、時に侮蔑と嘲笑の視線が、彼の背に降り注いできた。だが――


「おう、任せとけって!」


再生の日を経て、世界と共に人々の心も少しずつ、確かに変わり始めていた。

ソウマはにかっと笑いながら、荷物を降ろし、袖を捲り上げて駆け出した。


その背中を見送るツバサとシンもまた、自然と顔を綻ばせていた。


瓦礫を運び、壊れた柵を直し、地面に埋もれた井戸の水脈を掘り起こす。指先は泥まみれになり、腰にも疲労がのしかかる。けれど――その顔は、どこか誇らしげだった。


「あんたの力、ほんと助かるよ」

「また明日も頼んでいいか?」


素直な言葉が、どれだけ嬉しかったか。

《自分の存在が、誰かの役に立ってる》。

その感覚が、じんわりと胸に染み込んでいく。


***


三日目の朝。


ソウマは肩に工具をかけ、ふたりの前に立った。


「ツバサ、シン。お前たちは先に行けよ」


「え……?」


「俺はここに残る。誰かの役に立てるなら、この力、使ってやりてぇ」


その言葉には、嘘も飾りもなかった。


「お前たちと一緒にいるのは、すげー心地よかったよ。初めてだった。誰かを守りたい、一緒に戦いたいって思えた。でも、だからこそ……今はもう一歩、進まなきゃって思ったんだ」


少し照れくさそうに頭を掻きながら、ソウマはにかむ。


「……って、たまには真面目に決めようと思ったのに、なんか上手く言えねぇな!」


最後には、いつものように笑って後頭部をぽりぽりとかく。


「……ソウマが決めた事なら、応援するよ!」

「そうだな。レイナには俺から伝書レターを送っておこう」

「おう!いつでも待ってるぜ!って書いといてくれ」


ソウマは、そう言ってにぃっと白い歯を覗かせた。


「じゃあ、またな!」


ツバサはその姿をしばらく目で追い、ふっと微笑んだ。


シンも、小さく手を挙げて歩き出す。


それぞれが選んだ場所で、それぞれの使命を果たしていく。

その中で交わした想いは、決して消えることはない。


ソウマもまた、ここから――新たな道を歩み始めていた。

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