第2話 風を越えて

「王都まであとどれくらいだ?」


シンの問いに、レイナが鋭く答える。


「もうすぐ見えるわ。全力で行くわよ」


ツバサ、シン、レイナの三人は、空を駆けながら王都へ向かっていた。彼らの周囲には風が渦巻き、まるで翼となって身体を押し上げる。


-一刻前-

ソラが届けた伝令文。その内容に、シンの拳が震えた。


「……くそ、奴らが先に動いた。教団が王都に現れ、市民を無差別に襲っている」

「そんな……アンナは!?無事なの?」


ツバサが息をのむように問うと、シンは深く息を整えた。


「街の自衛団と共に避難誘導に当たってるようだ。……無事であることを信じよう」


レイナが冷静に言葉を継ぐ。


「馬車じゃ間に合わない。わ。ツバサ、全員に、魔力も可能な限り底上げして」

「うん、わかった」


ツバサの力が三人の体内に流れ込み、魔力と体力、そして内に秘めた力が一気に高まる感覚が駆け抜けた。


「ソウマ、あなたは走って行って」

「はぁ!? 俺だけ地上!? 姉さんとの空のデート、楽しみにしてたのに!」


「この状況でまだそんなこと言うのね……。私のを使うには3人が限界。それに、鍛えたでしょ、自分で言ってたじゃない」

「……ちぇっ」


渋々ながらも頷いたソウマに、レイナがそっと手を添える。


「あの豹獣人がいるとしたら、きっと途中でを待ってるはず。……信じてるわ。その意味、分かってるでしょ?」


それは、これまでにないほど静かで、そして強い想いのこもった声だった。


「……ふっ、姉さんの期待には応えねぇとな」


ソウマが白い牙を覗かせて笑うと、レイナもまた小さく微笑んだ。


「ええ。必ず、ぶっ飛ばしてきなさい」


ソウマは胸元に彼女の拳を軽く受けると、王都へ向けて、風のように地を蹴った。


***


その時、ツバサの頭に、サラマンダーの声が届いた。


『我の与えられるものは、すべて授けた。……お前たちはもう、十分に強くなった。……そして何より、お前たちの不屈の精神。我は信じているぞ。

くく、人を信じるなど、何百年ぶりか……。

――我はここで待つ。再生の時をな』


ツバサは火口の方を振り返り、小さく、だが確かな力を込めて頷いた。


「待ってて、私、必ず――世界を、みんなを救ってみせるから」


「――空の紋を辿りて、我らを……」


レイナが低く詠唱を開始する。


「来い、ツバサ」


シンが優しく声をかけ、ツバサをしっかりと抱き寄せる。地面に展開した魔法陣が淡く輝きを増していく。


風が渦を巻き、三人の体を包み込む。魔力の奔流が高まり、空を目指して跳ね上がる。


風属性の最高位魔法――空間転移テレポート

王都までの距離を一気に飛ぶには負荷が大きすぎるが、それでも半分は一瞬で飛ぶことができる。


そこから先は、浮遊フローティングの上位魔法――飛翔フライトでさらに加速すれば、通常なら数日かかる距離も一刻足らずで王都に到達できるだろう。


風が唸りを強め、三人の背を押した。


「――風の門よ開け、エルノ=グレア!」


三人の姿が魔法陣の中心で光に包まれ、次の瞬間――。


その風は、迫る闇を裂く矢となり、暗雲立ちこめる王都へと放たれた。


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