第5話 君の隣で

ツバサが目を覚まし、まだ朝の静けさが残る河原へと歩を進めると、そこでシンが一人、剣を振っていた。鋭い太刀筋が朝の冷たい空気を裂き、引き締まったその姿が、水面に映ってゆらめいている。

ツバサはふと立ち止まり、しばらくその背を見つめていたが、やがて微笑みながら声をかけた。


「シン、おはよう」


シンは動きを止め、剣を軽く収めると、少し驚いたように頷いて返した。


「ああ、早いな。……よく眠れたか?」

「ううん……ノームと話してたの」


ツバサはゆるく首を振り、そっと彼の隣に腰を下ろす。

シンも汗をぬぐいながら、静かに座った。


「……俺も、夢でノームの声を聞いた。たぶん……いや、間違いなく」


彼は手にしていた黒塗りの剣を見せる。


「これは俺の故郷で祀られていた、秘宝の剣だ。夢の中でこれを託された」

「……ノームが、シンに……」


ツバサの声には、かすかな寂しさがにじんでいた。

シンは言葉もなく、彼女の横顔を見つめる。


「ノーム、もうすぐ消えてしまいそうだったの。

 だから、急がなきゃって思ったのに、……焦るなって」

「……ノームが……?」

「うん。それから、私自身が犠牲になるかもしれない……それでも、平気なのかって」


シンは目を伏せ、口を閉ざす。

ツバサはそんな彼に、ふっと笑みを向けて、冗談のように語りかけた。


「ふふ、大丈夫だよ、覚悟はしてたもん。

 ――あっ、でも死ぬ覚悟じゃないからね!」


彼女は胸を張るように続ける。


「私は消えたりなんかしない。強くなったし、これからもっと強くなる。……それに、シンが守ってくれるって言ったよね?」


シンは息を呑み、表情をわずかに強ばらせる。

だがすぐに、確かな決意を宿した眼差しでツバサを見つめ、深く頷いた。


「……ああ。お前を犠牲にすることは、絶対にしない。たとえ、この命に代えても」

「――ダメだよ、シン」


ツバサはすぐにそう返し、ゆるやかに首を振った。


「それじゃ意味がないの。

 ……もし、シンが私を守って死んじゃったら、残された私はどうすればいいの?」


一呼吸を置いて、彼女はまっすぐに言葉を紡ぐ。


「みんなが生きて、未来を歩くの。私、それ以外の結末なんて、考えたくない」


ツバサの真剣なまなざしに、シンはわずかに視線を落とす。

そして、静かに微笑んで小さく頷いた。


「……すまない。俺も、お前と同じ未来を、隣で見たい」


その言葉に、ツバサは嬉しそうに微笑み、そっとシンの手に自分の手を重ねた。

まだ肌寒い朝の空気の中、ふたつの手のあたたかさが、確かに心を繋いでいた。

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