第3話 祝福の焔

『久しく楽しめたぞ、人の子』


サラマンダーは炎をまとったまま、ゆっくりとツバサへと視線を向ける。


『ほれ。祝福だ、受け取れ』


サラマンダーの炎がツバサの額に触れたそのとき、文様が赤く輝き、温かで力強い何かが体内に流れ込んでくる。

ツバサはその鼓動に目を閉じ、深く頭を下げた。


「……ありがとう、サラマンダー」


その厳かな空気を、ソウマの声が軽やかに破る。


「なあなあ、ツバサも姉さんもシンも何かゲットしてんじゃん。おい火の竜、俺にはねえの?」


すかさず、レイナが呆れたようにソウマの肩をつかんだ。


「……あんた、それおやつねだる子どもみたいに……。ていうか、シンは何ももらってないわよ?」

「えっ、マジ!?なんかあの剣ビカーッてしてたから、てっきり……」


ソウマがあわてて振り返ると、シンは緩やかに首を振り、肩をすくめた。


「じゃ、じゃあ俺の方が一歩リードってことで!」


と無理やり前向きな解釈を押し通した。

おねだりするように両手を合わせるソウマに、サラマンダーが深いため息を吐き、ふっと炎の息を吹きかける。

その瞬間、ソウマの双剣が紅蓮の炎に包まれた。


「わっ、ちょっ、なにすんだよ!熱っ……く、ない?」


炎はすぐに消え、双剣だけが朱に染まり、淡く輝いていた。


『――竜炎剣りゅうえんけん。我の爪のごとく、しなやかで強靭な刃だ。……他の効果は、勝手に確かめとけ』


あまりの素っ気なさに、ツバサは少しだけ眉を下げた。


「ね、ソウマ。きっとすごく強くなってるよ。ちゃんと使ってみたら、わかるって」

「おおっ、なんだかわかんねーけど、強くなった気がする!俺もついに、竜の力を持った仲間入りだな!」

『……馬鹿にはもったいない代物だ』


サラマンダーのぼやきに、ツバサが困ったように笑みを浮かべる。

尻尾を振って喜ぶソウマに、シンが口元を緩めて言った。


「訓練がてら、一戦交えるか?」

「えぇ〜?シン君お疲れじゃないの?俺、手加減しねぇぜ?」

「望むところだ」


二人のやり取りに、レイナが呆れ顔でツバサと目を合わせる。


「……これで全ての竜の力が揃ったってわけね。で、次は?」


ツバサはサラマンダーの方へと向き直る。


「これで私は……世界を救える?」


サラマンダーは、ゆっくりと首を振った。


『いや、まだだ。“世界の再生”には、竜の祭壇での“儀”が必要だ。……だがな』

「……?」

『そこには、奴らがいるはずだ』

「暗黒教団……あの人たちは、いったい何を望んでるの?」

『竜を従え、世界を好き勝手に作り替えようとしている。……まあ、滑稽な話だ』


「……あいつらか」

「……」


シンとソウマは、あの日交えた剣戟を思い出す。


「「ツバサ」」


声が重なり、二人は思わず顔を見合わせた。

互いに小さく頷くと、改めてシンが続ける。


「ツバサ、時間がないのはわかってる。けど、今のままじゃ……あいつらに勝てる力は足りない」


「悔しいけどな、相打ちが関の山ってとこだ」


二人の言葉にレイナも口を開く。


「そうね。私も、まだこのいしに眠る力を引き出しきれてないわ」


その言葉に、ツバサは決意を込めて一歩踏み出した。


「サラマンダー、お願い。もう少しここで、みんなの修練を見てくれない? 私も、“巫女の力”をもっと使いこなせるようになりたいの」


サラマンダーは一拍の沈黙のあと、満足げに鼻を鳴らす。


『――五日だ。五日あれば、仕上げてやろう』

「……ありがとう、サラマンダー!」


ツバサは胸の奥にこみ上げる想いを抱えながら、ほっとしたように微笑んだ。

そっと手を伸ばし、火竜の鼻先に触れる。

こうして、ツバサたちは火竜の神殿に残り、最終決戦へ向けた鍛錬を始めることとなった。

それぞれの“竜の力”を携えて――。

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