第3話 水竜の祝福
ウンディーネは、深海のように静かな瞳でツバサをじっと見つめていた。
神殿を包むのは、時の流れすら止まったかのような張り詰めた静寂。ただ、遠くで水が揺れる音だけが、現実との境界を保っていた。
『……お前の言葉、確かに聞いた。ノームも、面倒なことを好むものだ』
ウンディーネは低く、静かな声でそう呟き、ゆっくりと首をもたげた。その声音には、長い眠りの余韻と、どこか諦めにも似た重みが滲んでいる。
彼女の言葉はツバサにしか届かない。シンとレイナは沈黙のまま、そのやり取りを見守っていた。
『この世界がどうなろうと、私には関係ない。しかし、お前のその純粋な心に免じて、力を貸そう』
そう言うと、ウンディーネは一瞬静かに目を閉じ、その瞳からこぼれ落ちる一筋の光が雫となって空中を舞い、ツバサの額に優しく吸い込まれていく。
その瞬間、光が湖全体に広がり、ツバサ、シン、そしてレイナをも包み込んだ。湖面が柔らかく揺れ、空気が澄み渡るような感覚が彼らを満たしていく。ツバサはその光の中で、温かさと共に何か大きな力が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。
「これが……」
彼女が声を漏らすと、ウンディーネは微かに微笑んだ。
『それが、私の祝福だ。ノームの力が“活性”にあるなら、私は“浄化”と“再生”に属する。毒も病も穢れも、我が癒しは無に還す。腕一本すらも、元通りとなろう』
「ええ!?そんなに万能な力……ありがとう、ウンディーネ!」
ツバサは胸が熱くなり、感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた。
『万能ではない。ノームの力も、私の力も死者を蘇らせることはできぬ。そして、使いこなすには鍛錬が必要だ。……だが幸い、お前には良い師がいるようだ。問題はなかろう』
ウンディーネはレイナに一瞥を送り、鼻息を短く吐いた。
「……へへ、そうだね。ねぇレイナ!」
「え?私?」
不意に名前を呼ばれたレイナは、思わず上ずった声を返し、驚きのままツバサに視線を向ける。
「ウンディーネがね、私が力を使いこなすには、レイナ師匠の特訓が必要だってさ!」
「あら、光栄だわ……でも、魔法の鍛錬と同じ要領でいいのかしら?」
レイナの言葉にウンディーネは同意するように、ゆっくりと一つ瞬く。
『要領は同じだ。魔法は大気中の
「えっと……マナを外から取り込むか、自分の中で生み出すか。それだけの違い、だって」
「そうなのね……。これは研究のし甲斐があるわ。任せて頂戴」
レイナは驚きながらも、肩の力を抜いて微笑み、軽く胸に手を当てウンディーネに挨拶をした。
こうして彼らはウンディーネの祝福を得て、新たな力を手に入れた。ツバサは自らの使命の重さを改めて感じ、心を引き締める。
そしてレイナもまた、旅の中で芽生えた感情に背を押されるように、次なる一歩を踏み出す覚悟を固めていた。
「さて、次はエルフの国ね?」
「えっ!? でも、レイナ……」
レイナの言葉に、ツバサは思わず振り返った。
驚きとともに、出会った日の彼女の瞳に浮かんでいた翳りが脳裏をよぎる。ツバサはそっと眉を下げ、心配そうにその顔を見つめた。
「ふふ、心配しないで。世界を守るためよ……ツバサのまっすぐな想いが、氷みたいに固まってた私の心も、溶かしちゃったのかもね?」
飄々とした口調ではあったが、その瞳に宿っていたのは、もはや翳りではなく、確かな決意の光だった。
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