第2章 旅立ち

第1話 村を襲う病

ツバサが禁じられた森でノームと出会い、巫女として目覚めてから、数日が経っていた。世界を救う力を託されたことも、両親の死の真実も――ツバサの胸には、確かに刻まれている。

旅立つ覚悟は決まっていた。

けれど、知らない世界へ一人で踏み出すことへの不安は、心の隅にまだ小さく残っていた。


「ちゃんと旅支度を整えてから……」


自分にそう言い聞かせるように、ツバサは旅の準備を進めるふりをして静かに日々を過ごしていた。

──そんな、ある日だった。


***

「大変だ! アンナがラメント病に――!」


男の叫びが広場に響いた瞬間、空気が凍りついた。


「なに……?」

「あの病が……?」

「村ひとつ消えたって、あれだろ……」


息を呑む音が連鎖する。

忘れかけていた悪夢が、その名とともに現実へと蘇った。


ラメント病――それは数年前、隣村を壊滅させた恐ろしい伝染病だった。手足がまるで氷のように冷たくなり、次第に全身が石のように固まり……やがて死に至る。

治療法はなく、ただ隔離し、祈るしかなかった――。


ツバサの胸が、冷たい手で鷲掴みにされたように締め付けられる。


「アンナ……」


誰よりも気を許せる、ツバサの大切な幼馴染。

彼女だけは、ありのままの自分を受け入れてくれる特別な存在だった。


次の瞬間、ツバサは考えるよりも先に走り出していた。



「……お願い、力を……!」


胸の奥で、ノームの祝福――竜の涙が静かに脈を打つ。

額に刻まれた文様が淡く熱を帯び、応えるように疼いた。


***

アンナの家の周囲には、急ごしらえの杭が打たれ、立ち入り禁止のロープが張られていた。


「このままじゃ、俺たちにもうつるかもしれんぞ!」

「……心苦しいが、隔離するほかないだろう」


村人たちはアンナの家族を、村外れの森の近くにある小屋へ隔離しようと相談を始めていた。


「どいてっ!! 私が……アンナを助けるんだから!」


ツバサは叫ぶように言い放ち、男たちの制止も振り切って――そのままアンナの家の扉を勢いよく開け放った。

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