教会へ行こう

 日曜日の午後、俺はリビングのソファで缶コーヒーを片手にぼんやり天井を見上げていた。


 ふと、なんとなく頭をよぎる。


「……教会とか、行ったほうがいいんだろうか」


 最近の生活を振り返れば、確かに色々と助けられている。

 天使や、その“主”とやらのおかげで――俺の魂は、今のところちゃんと守られている。


 しかも智天使には掃除など、まるで雑用みたいなことでわざわざ降臨してもらっていた。

 ……やっぱり、申し訳なさでいっぱいだ。


 だからこそ思う。


 ――ちゃんと、形としての感謝を示したほうがいいんじゃないかって。


「祈ったりとか、ちゃんとしたほうがいいのか?」


 ぽつりとそう呟くと、隣でふよふよしていた天使が、くるりと回転しながら言った。


「ん~っ☆ 強制じゃないけどぉ~? してくれたら、嬉しいよぉ~っ♪」


「……やっぱり、何かしら効果とかあるのか?」


 そんな俺の疑問に、天使は翼をばたばたさせながら言った。


「キラキラした魂を持ってる人が祈りを捧げるとねぇ~♪ その“祈りを受けた相手”に、ほんのちょっとだけど、しばらくのあいだ“バフ”がかかるの~っ☆」


「……バフ?」


「うんうんっ☆ ちょこっと強くなったり、守りが固くなったりするの~っ♪」


「マジかよ……」


 思わずつぶやいたあと、ふと気になって問い返す。


「それって……人間相手でも効くのか?」


「ん~……それはさすがにムリかも~っ☆」


 天使は環を回転させながら、申し訳なさそうに(たぶん)身振りで否定する。


「あくまでねぇ~? わたしたち天使とか、主さまとか、そっち側の存在にしか届かない感じなのぉ~っ♪」


「……なるほど。やっぱそっち限定か」


 とはいえ、祈りパワーが実際に作用するのは驚きだ。

 ファンタジーを超えて、日常の裏にしれっと“お祈りシステム”があることに、軽く眩暈がした。


「……でも、それってどこで祈っても効果あるのか?」


 もし場所を選ばずに祈れるなら、俺――どこでも天使にバフを与えられる“バッファー”になれそう……とか一瞬思ったけど、まあ流石にそんな甘くはないだろう。


「教会とか、ちゃんとした場所じゃないとダメだよぉ~っ☆ おうちでやっても、効果ゼロに近いの~っ♪」


 なるほど。

 やっぱり“公式会場”みたいなものがいるのか。


「……まあ、特にやることもないし……行ってみるか、教会」


 とは言っても、俺はこれまでの人生で教会なんて全然行ったことがない。


 それに──


「……そもそもどこの教会に行けばいいんだ? 色々あるだろ……?」


 俺がスマホを手にしてマップを開きながらそう呟くと、天使がにっこり(たぶん)しながら答えた。


「おすすめはねぇ~っ☆ キリスト教の教会っ♪ “主さま”への祈りはそっちがいちばん届きやすいのぉ~っ☆」


「なるほど……」


 実際に“主”って呼んでるし、まあそうなんだろうな。


 試しにマップアプリで“教会”と検索してみると――思ったより多い。


「……結構あるな」


 数件程度かと思っていたのに、意外なほど候補が出てきた。

 流石に日本でもキリスト教系の教会は、ちゃんと根を張ってるらしい。


 しかも今日は日曜日。

 日曜礼拝があるだろうから、祈るには丁度いいかもしれない。


「……よし、じゃあ行ってみるか」


 スマホをポケットにしまって、俺は玄関へと向かった。


「わぁ~っ☆ ごしゅじんさまが祈ってくれるなんて、うれしすぎるぅ~っ♪」


 天使がふよふよと浮かびながら、いつもより高速で環の身体をくるくると回す。

 その無数の目が一斉にこっちを見てくるのは、毎度のことながらゾワッとするが……まあ、喜んでるのは伝わった。



─────



 少し歩いたあと、バスに乗って最寄りの教会がある地区まで移動する。


 地図上で見ていたときはピンと来なかったが、実際に目の前にすると――


「……ザ・教会って感じだな」


 白く塗られた壁は、日差しを受けて淡く輝いている。

 天を指すように伸びた尖塔の屋根、その先に掲げられた十字架は、静かな威厳を漂わせていた。

 重厚な木製の扉は、見る者の背筋を自然と正すような雰囲気がある。


 まるで映画のワンシーンにでも出てきそうな建物だ。


 入口の看板に目をやると、具体的な名前はさておき、どうやらカトリック系の教会らしい。

 神父とか、ミサとか、そういうのがあるやつだ。


 ただ、なんというか――気のせいかもしれないが。


「……うん? ちょっと……光ってる?」


 建物全体が、どこかほんのりと光を纏っているように見える。

 柔らかい、乳白色のような光。

 日差しの加減かと思ったが、明らかにそれとは違う“何か”がある。


「ここの神父さんがねぇ~っ☆ きっとすごく敬虔なんだと思うよぉ~♪」


 天使が横から、ふよふよと浮かびながら補足してくる。


「敬虔な人がいるとねぇ~っ、教会の建物そのものも影響を受けて“神聖度”が増すのぉ~っ☆」


「マジかよ……」


 また一つ、知らなくてもよかった豆知識が更新された。


 教会を眺めながら、ふと気になって天使に尋ねる。


「……なあ、これって他の人にも見えてるのか? この光」


 すると天使は、くるくると回りながら答えた。


「たぶんねぇ~っ、ごしゅじんさまほど“その光”がちゃんと見える人は、ほとんどいないと思うよぉ~っ♪」


 天使がさらりと言う。


「え、そうなのか?」


「うんうんっ☆ ふつうの人には、なんとな~く“雰囲気いいなぁ~”くらいしかわかんないの~っ☆ でもごしゅじんさまは“聖人の魂”持ってるからねぇ~っ♪」


「聖人の魂、やっぱ凄いな……」


 小さくそうつぶやきながら、俺は改めて教会の扉を見つめる。


「……よし。行くか」


 少しだけ深呼吸をして、俺は一歩、扉の前へ踏み出した。


「ごーごーっ☆」


 隣で、天使が身体の環をくるくる回しながら元気よくついてくる。


 ──まさか、ここの神父さんも思わないだろうな。


 本当に“天使”を連れてるやつが、のこのこと教会にやって来るなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る