啓 水風船
きゅうくつで、とても苦しい。
「せまい」
叫ぶ。実際にはブクブクっと水のあぶくがでただけで、声としての音はでていない。
『ここはどこだろう』
どこにいるのかまったく見当もつかない。とても息苦しい。酸素が欲しい。
『息ができない』
せまくてきゅうくつで、おまけに暗い。
『裸じゃないか。赤ん坊だ。なんでこんなとこにいるんだ』
寒くない。温かい。首にひもがグルグル巻きついている。
『なんてこと。どうりで苦しいはず』
はずそうとしたけれど、はずせない。
『苦しい。このままじゃまずい』
頭がしたになっている。逆(さか)だちだ。それなのに血が頭にさがってこない。
『水のなかだからか』
まっ暗ではない。けれど薄暗い。やわらかい袋にくるまれている。
『ここはどこだろ』
両腕で足を胸のまえにかかえこみ、体育ずわりをしている。
『この袋はなんだ』
出口はきつくしまっていて、閉じこめられている。
『水風船のなかにいるみたいだ』
苦しかった。
『楽になりたい。手足をのばして、思いっきりのびをしたい』
右足のかかとで思いっきりけりあげ、こぶしをつきあげた。
『苦しい』
楽になりたかった。だから両足でボコボコにあばれまくった。
くぐもった声がもれてきこえてくる。
「元気に動きまわってる。男の子だからよ、きっと」
不思議なことに、この声の主は喜んでいる。
『冗談じゃない。勘(かん)ちがいもはなはだしい』
ぼくは苦しいから暴(あば)れているだけなんだ。
それなのにこの人は喜んだりなんかしている。
それがどうやら、あまりにもはげしく暴れすぎたらしい。水風船の袋のどこか一か所が、ビキっとさけて、破れてしまった。もともと少なかった羊水(ようすい)がもれて、でている。
「どうしよう。破水(はすい)しちゃったみたい」
オロオロとりみだしあわてた声で誰かに電話している。老婆がいそいでかけつけてきた。
水風船のもち主は、出産セットをつかむと、夫にかかえられ、車に乗りこむ。
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