ラスボスと空想好きのユア 2 Precious Bonds

レセラン

第1章 新たな脅威

第1話「久しぶりの弁当屋」

前作のあらすじ

生まれつき空想世界へ行ける力を持つユアは、待ちに待った新作RPGゲーム「イマジネーション・ストーリーV(ファイブ)」(イマストV(ファイブ))の発売を迎えた。推しはラスボス・ディンフル。

彼と同作品のキャラ達とも出会い、様々な出来事を通じて絆を深めるのであった。




 初夏。ミラーレという名の世界にある弁当屋「ネクストドア」は、今日の売り上げも好調だった。

 看板娘のとびらと、テキパキした副店長のまりね、調理担当である店長のこうやに加え、近所の図書館からの助っ人・キイの四人で店を回していた。


 今日は弁当屋に、異世界からユアとディンフルが客として来ていた。この二人は今年一月、大火傷したこうやの代わりに助太刀として来てくれた。弁当屋と図書館の面々とは、その頃からの付き合いである。


 弁当屋にはイートインがあり、ユアとディンフルは買ったばかりの弁当を食べていた。


「う~ん……、やっぱり美味しい!」

「いつ食べても美味だ」


 二人が弁当の味に感動していると、とびらとキイが声を掛けて来た。


「でしょ?! うちの弁当、世界一なんだから! 他のどの異世界にも負けてないんだよ!」得意げなとびら。

「異世界のどこかに惣菜界そうざいかいという世界があるらしい。そこと勝負してみたらどうだ?」


 異世界を巡って来たディンフルが提案する。他の者は「惣菜界」という名前を初めて聞き、どんな世界なのかと頭を捻り出す。「惣菜」という言葉で、まりねはあることを思い出した。


「そうそう、ディンフルさん。この間、提案してくれたお惣菜、とっても良かったわ。一時間もしないうちに完売よ!」

「そんなにか……?」


 ディンフルが提案、調理した惣菜がすぐに売り切れた話を聞き、本人が驚きの声を上げた。聞いていたユアが弁当を食べていた手を止めた。


「この間?」

「お前達と別れた数日後にここへ来たのだ。そしたら、珍しくキイが落ち込んでいてな」

「うっ……!」


 名前を出されたキイ本人が肩を震わせた。


「どうしたの?!」ユアが心配で声を上げる。


「キイ君、砂糖と塩を間違えてお客さんに出しちゃったんだ。でも失敗を許してくれる人だったし、大丈夫だよ!」


 とびらが明るく説明した。


「大丈夫じゃない! あの人だから良かったものの、病気がある人だったら命に関わってたんだぞ!」

「そうよ! 中には塩分または糖分を控えなきゃいけないお客様だっているんだから!」


 キイに続いてまりねも声を荒げると「ごめんなさい……」と、とびらが失言を認めて謝った。


「それでディン様が手伝ってあげたの?」

「……優秀な者が落ち込んでいては、手を貸さずにおれぬだろう」


 ユアに聞かれ、ディンフルは渋々と答えた。


「相変わらずツンデレなのね」まりねが悪戯っぽく笑う。


「べ、別に心配などしていない! キイが凹めば、まりねが苦労するからだ! そうでなくとも、ドジな店員がいると言うのに!」


 ツンデレを発揮するディンフルへ、とびらが「ドジって私のこと……?」と気後れしながら尋ねた。ドジの自覚はあるようだ。


 店内に客が増えてきたので、ユアとディンフルは弁当屋の奥の食卓に移動した。店をとびらとキイに任せ、まりねが二人と話すことになった。


「ディンフルさんは相変わらず、魔物退治してるの?」

「ああ。毎日あちこちに出るが、強くはない。故にウォーミングアップにもならぬ」

「頑張ってるのね。ユアちゃんは何してるの?」

「施設を出て、今は女子寮で暮らしてる。勉強しながら近所の弁当屋で働いてるんだ。ここでの経験が活きてるよ!」


 入れてもらったコーヒーを飲んでいたディンフルが手を止め、ユアを見た。初耳らしく驚いた表情を浮かべていた。


「弁当屋……? 職員の補助はどうした?」

「辞めた。四月に新しい職員さんが来て、補助もその人がすることになったんだ。園長ら職員は温かく送り出してくれたよ。“困ったことがあったら、いつでも来ていい”って」

「そうか。円満で辞めたのなら良い」

「ディンフルさんから聞いたんだけどユアちゃん、リアリティアって世界で嫌な目に遭ってたんですって?」


 まりねの質問に、ユアの表情が少しだけ曇った。ユアはリアリティアで、リマネスという名の社長令嬢の同級生から支配されていた。そのために、幼い頃から使える能力を使ってディンフルたちがいる異世界へ逃げて来たのだ。


 後にディンフルのおかげで解決し、リマネスもいなくなったので、ユアはようやく自分の人生を歩み始めた。今はリアリティアが嫌な場所ではなかった。


「楽しく過ごせているようで良かったわ」

「はい! それもこれも、ディン様が助けてくれましたから!」

「俺がリアリティアに着いた時、真っ先に泣いていたのは誰だ? そんな顔を見せられると、助けずにおれぬだろう」


 ディンフルが当時を振り返ると、まりねは余計心配になった。


「ユアちゃん、そんなに辛かったの?!」

「な、泣いてませんから!」と言いながらも、半泣きで反論するユア。


                 ◇


 楽しい時はあっという間に過ぎ、ユアとディンフルが帰る時間になった。


「今日はわざわざありがとうね」二人へ礼を言うまりね。ユアも見送りに来たまりね、とびら、キイに感謝した。


「こちらこそ。また来てもいいかな?」

「もっちろん! ここはユアちゃんのお家なんだから!」

「またリアリティアで辛くなったら、いつでも来てよ! 部屋もそのままにしてるから!」


 まりねととびらは、いつでもユアを受け入れる気でいた。二人の気持ちにユアは心から感謝していると、ディンフルが苦言を呈した。


「出来れば、自分の世界で暮らした方が良いが?」

「な、何で?」

「ユアは長年、リアリティアで生きて来たのだ。あちらのルールもほとんど理解している。だが、こちら異世界はリアリティアとはるかに違う。ましてや、ユアのことだから覚え直しが大変である」

「“ユアのことだから”って何?!」

「だから、なるべくリアリティアで生きた方が良い」


 ディンフルが本人の反応を無視して結論を言うが、ユアは納得するしかなかった。確かに彼の言うとおり、リアリティアと異世界は文化が違う。逆に、異世界育ちのディンフルがリアリティアで騒動を起こしたのもそのせいだ。彼はすぐに学び、馴染むのも早かったが、対して不器用なユアは時間が掛かりそうだった。ディンフルはそれを心配して言ったのだ。


「でも、ミラーレはリアリティアと似てるとこあるんでしょ? だったら大丈夫! 何なら私が教えるし!」


 ドヤ顔をしながら言うとびらを、キイが睨んだ。彼女はミラーレに長年住んでいるが、ユア同様ドジが多いことを知っていたからだ。


 ここで、ディンフルが話題を変えた。


「“リアリティアに似てる”と言えば、ミラーレにラーメンとやらはあるか?」

「ラーメン?」


 彼の質問に全員が目を丸くした。


「あるが、どうかしたのか……?」

「あるのか?! 何故、教えてくれなかった?!」


 突然、声を荒げるディンフル。彼はリアリティアでラーメンを食べて以来、虜になってしまったのだ。前回ミラーレに滞在していたのは約一週間。時間があれば、食べに行けそうだった。


「今回は無理だが、次こそは……!」


 ラーメンを食べることに命を懸ける勢いの彼を、ユアは心の中で呆れた。


(どんだけハマってるのさ……?)


 怒りを表すディンフルの顔を、キイがまじまじと見つめていた。


「何だ? 何かついているか?」

「ディンフルって、そんなに表情豊かだったか?」

「は……?」


 キイの言葉を聞いて、他の者もディンフルを覗き込む。思えば、弁当屋で働いていた時の彼は人間嫌いの魔王だった。もちろん笑みを見せることは無く、怒ることが多かった。それでも言葉を荒げるだけで、表情はほとんど変わらなかった。


「私は元からこんな顔だ!」

「そうかしら? さっきも、ちらっと笑ってたわね? きっと、色々あって顔の筋肉が柔らかくなったのね。あーあ、写真に撮ってシオリンに見せたら喜んだだろうな~」


「シオリン」とはキイの母で、近所にあるキーワード図書館の副館長・シオリのことだ。まりねとは学生の頃からの付き合いで、お互いに「まりねん」「シオリン」と呼び合うほどの仲だった。そして、シオリンことシオリは結婚しているにもかかわらず恋愛体質で惚れっぽい。イケメンのディンフルにも一目惚れしてしまった。


「わ、笑ってなどいない! あれは、ほくそ笑んだだけだ!」

「本当にツンデレだな……」キイは呆然としながら言った。


                 ◇


 弁当屋に別れを告げると、ユアとディンフルは二人が出会った公園に来た。ここで別れる予定にしていた。


「私とディン様が出会った場所~!」


 ユアは、出会った時にディンフルが眠っていたベンチに飛びついた。


「今日はありがとう。勉強も頑張るのだぞ」

「こっちこそ、ありがとう。ミラーレに挨拶に行かなきゃって思ってたから、ディン様も一緒で心強かったよ」

「それは良かった」

「次はいつ会えそう?」


 ユアはキラキラした目で尋ねた。イマストファイブが出てもうすぐ半年。彼女のディンフル推しはまだまだ健在で、出来るだけたくさん会いたいのだ。


「わからぬ」


 ディンフルはユアから目を逸らしながら、たった一言で答えた。素っ気ない感じを受けたので、ユアは彼を疲れさせていないか心配になった。


「やっぱり、頻繁に会うと疲れちゃう……?」

「そうではない。このところ、フィーヴェに“邪龍”という名の魔物が蔓延はびこっているのだ。それも大量にな」

「邪龍って……?」


 ユアは思い出していた。三月頃に彼女を含めた一行は「超龍」という、フィーヴェ最大にして最強の魔物と戦った。その超龍は、邪龍という狂暴な魔物が魔法で合体して作られた姿なのだと、戦いが終わった後で判明した。


 超龍を倒し、フィーヴェも平和になったはずだが、今度は大量の邪龍が人々を脅かしていた。もし、それらがまた魔法で合体し、再び超龍が現れようものなら……。


「実は今日も依頼が入っていた。前からお前と約束していたので断ったがな」

「そ、そうだったんだ。ごめんね、忙しかったのに」

「こちらも言っていなかったから気にするな。そういう理由でしばらくは会えぬ。お前も、極力フィーヴェには来ない方がいい」

「わかった……」


 しばらくディンフルとは会えないが、ユアは仕方がないことだと受け入れた。二人で別れの言葉を交わすとディンフルはフィーヴェへ、ユアはリアリティアへ帰って行った。

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