推しバンド
―土曜日の朝-
──都心のマンションの一室でLIVEに行く準備をするR。
あれからKさんのDMが素っ気ない気がするんだけれど、気のせいかな。とりあえず今日はLIVEを楽しもう。由貴にメッセージ送って、駅で待ち合わせっと。
──よく晴れた東京の空。駅は相変わらず人でごった返してるいる。
「おまたせー!」
由貴が小走りでRに近付いてくる。
Rより小柄で小動物のような可愛らしさのある女性で、マスクをしているせいか愛らしい瞳がより目立ち輝いて見える。
「今日もRは巨乳ちゃんね!」
「もう、それやめてよー」
「あはは、ごめんごめん。ねぇ、私、ビードロンズに詳しくないけどいいのかな?」
「いいの、いいの、一緒に楽しみたいし、きっと由貴も気に入ってくれると思うの」
──由貴はRの職場ではなく美容関連の職場で働くRの大学時代の友人だ。
「ねぇねぇ、Rの職場ってクリエイティブな事やってるでしょ?」
「うん、そうよ」
「だから、バンドやってる人がいたり何だか楽しそうよね」
「そうね、仕事はすっごく楽しいんだけれど、実は今日行くLIVEのバンドの1人にしつこく言い寄られて最近、疲れてるの」
「え?じゃあ何で今日行くの?意味わかんないよ」
「それが、私、ビードロンズの大ファンじゃない?そのコピーバンドとかすっごく興味があるし、非売品のDVDの存在は知ってたけれど、手に入れられなくて、どうしても1回だけでも観てみたいの」
「そっか、でも気をつけてね。誘いに乗って部屋まで行ったら相手は勘違いして益々、言い寄って来ると思うよ?」
「そうよね、だから今回で最後にしようと思って」
──そんな話をしながらライブハウスに着いた二人。もう数十人の客が列を作っている。皆んなマスクをしていて、立つ場所の間隔が空けられている。
── LIVEが始まると河田はギターボーカルで同僚の川崎はベースだと分かった。
"キャー"
女性の歓声が鳴り響く。
Rは夢中になり聞き入った。
(確かに声も演奏も悪くないし格好よくすら見える。)
由貴も夢中になりRに話しかける――
「え?あんな格好いい人にアプローチされてるの?断る理由がわからないよ」
「私はイケメンと良い思い出がないのよ。ほぼほぼ、性格に難があってやっぱり今回もそうだし」
── LIVEが終わり、Rのスマートフォンに河田から通知が来た——
「楽屋に来てよ。それから車で4人で俺のマンションに行こう」
──河田が運転する車中でRと並んで後部座席に座っている由貴は舞い上がっていた。
「すっごく、すっごく良かったです。マスクを外したら2人共さらにイケメンだし歌ったり演奏する河田さんも川崎さんも素敵でした」
河田は得意げに話し出す——
「ありがとう。子猫ちゃん達の為なら何だってやるよ」
由貴とRは同じ事を思っていた。
(やっぱ難あるわ……)
川崎がその空気を察して話し出す——
「ま、まぁ、楽しめて貰えたならか良かったよ」
──河田の住むマンションは家賃の高そうな外観をしている。
由貴はまた舞い上がって話し出す——
「すっごい、流石、大企業の部長さん」
河田は由貴の言葉に被せるように——
「あはは、これでも前よりグレード落としたんだよ」
Rは呪文のように心の中で唱えていた。
(難あり、難あり、難あり、難あり)
──その頃、松山で、夕食の食材を買いにKはスーパーに来ていた。
割と安い食材が揃っている庶民的な所だ。
今頃、メルヘンと!Rさんは……
あああああ。
── Kは河田とRが仲良く話しているイメージが浮かんで消えない。
LIVEでメロメロになって、メルヘン宅で、あああああ。
Rさん、君は自由に羽ばたく鳥のようだね……
Rさん、俺に君はやっぱり遠くて掴めない存在だよ……
── KはRと河田が仲良くしている妄想で頭の中が一杯になっていたが、ふとある事を思った。
そういえば俺、Rさんの年齢聞いていないよな。声の感じは20代っぽいけれど。女性の年齢って聞きづらくて聞くタイミングを逃していたけれど次に思い切って聞いてみるか。まぁ、Rさんの内面に惹かれ過ぎてもはや年齢は関係なくなっているけれど。
いやいや、今はそれどころじゃない。メルヘン宅で!あああああ。 悔しいいいいい。
──その頃、R達は河田の部屋に入ろうしていた。
また河田がいつもの感じで3人に言う——
「ようこそ、プリンスルームへ!あ、あと消毒ね。換気も万全だから安心して」
Rと由貴は同じ事を思っていた……
(ぷ、プリンスルーム……やっぱ難ありだわ……だけど、感染対策はキチンとしているのね)
それを聞いた川崎が話し出す——
「あははは、相変わらず面白いな、河田は」
Rは思っていた……
(同じ笑いのツボなんだ……だから友達か。いや、笑いというかプリンスと自分の事を本気で思ってそうなのが苦手なのよね)
──河田は宅配ピザを頼み、4人は河田の高価そうな黒い皮のソファーに座ってDVDを見始めた。
皆マスクを外し、河田は話し出す——
「しっかし、Rちゃんにマスクは勿体ないよ。可愛すぎるからー」
Rはため息混じりに——
「は、はあ...」
──そんなたわいない話をしていると映像が映ってビードロンズのメンバーがライブハウスに出て来たのを見てRが興奮を抑えられなくなっていた。
「キャー、さわ太さん若い!!」
河田が川崎の耳元で囁く——
「Rちゃん、凄い熱烈なファンだよね。じゃないと家に来ないか」
──実際そうだった。Rが中学2年生の時にビードロンズを知り、その楽曲の「Funny Sun Funny」の一節の——
"君の夢の道中で君が泣いていてもそれは未来の君を照らす優しい太陽"
に感銘を受けて、ビードロンズにハマり、多くを作詞作曲している、わさ太の作る世界で果敢な時期を乗り越えてきて、もはや、さわ太はRにとって教祖のような存在だからだ。
"ピンポン"
──河田が立ち上がる。
「お、ピザが来たか、皆んなそのまま観てて」
──そしてピザを食べて缶チューハイや缶ビールなどを呑みながら4人はDVDを終わりまで観た。
「あはははは」
由貴は笑い上戸だった。
「部長ー!!今日かっこよかったっす。川崎んも、かっけー」
Rは酔いすぎている由貴が心配になった。
「ゆ、由貴、呑みすぎよ」
川崎と河田は笑いながら——
「あはは、由貴ちゃん最高ー!」
──その時、由貴は棚の上に飾ってある写真に気付いた。
「あれ~、可愛い女の子!何かRちゃんみたい!横の眼鏡の人は、まさか河田さん?今と大分違う感じだけれど。
──河田は慌てた感じで話し出す——
「あ、ああ、あれは妹なんだ。横にいるのは親戚かなー……」
川崎は何か言いたげだったが黙っている。
Rは確かに写真に写っている少女が自分の若い頃と似ている気がした。そして何故かその横に写っている眼鏡の男に見覚えがある気がした。
Rは自分も酔いが回ってきた事もあり、由貴と時間が気になって、河田に話し出した——
「そろそろ、帰りますね。今日はありがとうございました」
「あ、送ってくよ!俺、その為に呑んでないから。その代わりRちゃん、助手席で!由貴ちゃん、この状態で電車は無理だし、タクシーは高過ぎるからそうしよ?」
(こいつ、呑んでなかったんだ…計算済みだな……)
── Rは渋々、河田の車の助手席に乗って、後部座席には川崎と由貴が乗った。
河田はテンション高めで話し出す——
「Goto〜heaven!チェケラッチョ!」
── Rはお酒でなる頭の痛さとは違う頭
の痛さを感じていた。
少し車で走っていると、河田が、わざとRの手に触れてきた。
「ちょ!やめてください!……」
Rはすごく嫌な感覚を感じた。わざと触られることよりもさらに嫌な感覚だった。
「ご、ごめん!当たっちゃった」
(しらじらしい……)
それを後部座席で聞いていた川崎が話に入り込んで来た——
「それくらいいいじゃん、河田はRさんの事、凄い好きなんだから」
その言葉を聞き、Rは今までの河田に対して溜まっていた不満が爆発した。
「好きなら何してもいいの?そんなのありえないでしょ?駅で下ろしてください」
その言葉を聞き、川崎も河田も大人しくなり、Rと由貴を最寄り駅まで送った。
河田が車から降りるRに言う——
「本当にごめん。触ったのは反省する。ただ、Rちゃんと仲良くなりたかっただけなんだよ」
それに川崎が続ける——
「俺もごめん。余りにも未熟な発言だったよ」
── Rは不信感が拭いきれず無言のまま、寝ていた由貴を起こして車から降りて、駅からタクシーで由貴をマンションまで送り届けて自分のマンションまで帰った——
── Rはマンションに着き、手洗いとうがいをした後、お気に入りのベージュ色の皮のソファーに腰掛けた。
ほんっとうに最低!もう、絶対に行かない!
──河田から何件もメッセージが来ていたが無視していた。
あ、KさんからDM来てる。しかも2通?
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