☾.‎˖٭

 

 午後の授業が終わると、約束通り、稀月くんが速攻で私のことを迎えにきた。


「じゃあ、あたし部活あるから。また明日ね、瑠璃」

「うん、また明日ね」


 沙耶ちゃんは、教室前で待っている稀月くんのことを意味ありげにちらっと見ると、手を振って歩いて行った。


「あの人と仲良くなったんですか?」


 稀月くんが警戒するような目で沙耶ちゃんの背中を見送る。


「うん。香坂沙耶ちゃん」

「香坂……? 彼女の顔を見たとき誰かに似てるとは思ったんですけど、もしかして……」

「やっぱり、稀月くんも似てると思ったよね。沙耶ちゃんは千穂ちゃんと従姉妹同士なんだって」


 そう言った瞬間、沙耶ちゃんの背中を見つめる稀月くんの表情が険しくなった。


「そうですか……瑠璃が前の学校で香坂千穂と親しかったことは……?」

「それはさすがに話してないよ。千穂ちゃんのファンだったってことで話は留めてる」

「それならよかった……」


 稀月くんがほっとしたようにつぶやく。それを聞いたら、沙耶ちゃんと連絡先を交換したいと言いづらくなってしまった。


 でも、これから新しいクラスでやっていくにあたって、クラスメートの連絡先くらい聞いておきたい。


「あのね、稀月くん……沙耶ちゃんに連絡先を教えちゃダメかな」


 思いきって訊ねると、稀月くんが無言で顔をしかめた。


「もちろん、千穂ちゃんと友達だったことは絶対秘密にするよ。稀月くんのことも、迂闊に変なことを言わないように気をつける。沙耶ちゃんと千穂ちゃんは、年に一度会うかどうかってくらいであまり交流もないみたいだから、私のことが伝わる可能性は低いと思う。だから――」


 両手を握り合わせてしつこく懇願すると、やがて稀月くんが諦めたようにため息を吐いた。


「……わかりました。そのかわり、絶対に香坂千穂との繋がりは絶対言わないようにしてください」

「約束する!」


 強く頷くと、稀月くんが「それから……」と少しもったいつける。


「戸黒が捕まるまでは、香坂沙耶さんとのやりとりを俺に共有してください」

「え……? 沙耶ちゃんになにかあやしいところがあったの?」

「いえ。香坂沙耶は俺が見る限り魔女とも使い魔とも関係はないと思います。でも、戸黒がどんなふうに接触をはかってくるかわからないので」

「わかった。気をつける。戸黒さんのことが解決するまでは、沙耶ちゃんからのメッセージも共有する」


 約束の意味を込めて右手の小指を差し出すと、稀月くんがゆるく指を絡める。


 稀月くんとはお嬢様とボディーガードの関係ではなくなってしまったけれど、それでも充分に過保護だ。


「じ、じゃあ、ちょっと沙耶ちゃんに連絡先聞いてくるね」


 ドキドキしながら稀月くんと絡めた小指をほどくと、まだ数メートル先に見えている沙耶ちゃんの背中を追いかける。


「沙耶ちゃん……!」


 追いついてスマホを出すと、沙耶ちゃんはこっちを見守っている稀月くんをニヤニヤ見ながら連絡先を交換してくれた。


「じゃあ、行きましょう」


 沙耶ちゃんと連絡先を交換してから戻ると、廊下で待ち構えていた稀月くんがパッと私の手をつかまえた。


 驚いて視線を左右に揺らすと、稀月くんがふっと笑う。


「ところで……今日は俺と放課後デートしませんか?」

「放課後、デート?」


 聞きなれない言葉にぽかんとなる。そんな私の手を、稀月くんがグイッと引っ張った。


「駅前まで行けば、いろいろ店があるんです。これからしばらくここで暮らすことになるだろうし、散策しましょう」

「でも……、烏丸さんが迎えにくるんじゃ……」

「大丈夫。一時間ほど散策したら、駅前に迎えにきてもらうように連絡してあります」

 稀月くんが、そう言ってスマホを取り出す。

「ほんとに?」

「もちろん。蓮花さんが使い魔避けの香水をくれたのも、瑠璃に今までより自由な時間を過ごしてもらえるようにするためです。椎堂家にいた頃の放課後のスケジュールは、戸黒に管理されてて自由がなかったでしょ。どこ行きますか? ファーストフードでポテト食べたり、アイス食ったりします?」


 稀月くんの提案に、胸がドキドキした。


 前の学校にいたとき、千穂ちゃんから何度か「放課後遊ぼう」と誘われた。


 アイスを食べて帰ろうとか、ファーストフードでおしゃべりしようとか。そんな誘いだったけど、私が学校帰りに寄り道することは許されなかった。


 習い事も塾も茉莉のお見舞いも、戸黒さんに徹底的にスケジュール管理されていたからだ。


 今思えば、戸黒さんは私を監視するために毎日きちきちのスケジュールを詰め込んでいたのかもしれない。


 何も知らなかった私は、決められたスケジュールに従うしかなかった。


 ニセモノのお嬢様だという引け目があったし、椎堂家のルールに従わなければあの家にいられないのではないかという不安があったから。


 だけど稀月くんは、私がたまには自由な時間を過ごしたいと思っていることに気づいていたのかもしれない。


 それほどまでに、稀月くんが私を見てくれていたのだと思うと嬉しくてくすぐったい気持ちになる。


 稀月くんが、生まれて初めての寄り道に付き合ってくれることも嬉しい。


「いいよ。楽しみ」


 ふふっと笑うと、振り向いた稀月くんが私を愛おしそうに見つめてきた。


 そっか。今からするのは、ただの寄り道じゃなくてデートなんだ。


 稀月くんのまなざしが、それを意識させて。私の鼓動がドクドクと速くなった。

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