第10話「ゾディアック」


 突如豹変した教官が呼び出した多数の蛇たちで、ほとんどの生徒たちは縛り上げられる。


 かいくぐったのはわずか数名だった。


「渡辺先生! どうしてこのようなことを!」


 うち一人、洞院咲希が大きな声で問い質す。


「ちっ、さすがにまだ洞院咲希クラスを拘束できる段階じゃないか」


 渡辺と呼ばれた教官は、答えずに舌打ちする。

 洞院咲希の周囲に三年の女子が三人ほど集まって、背中を預け合う。


「わたしもいるわよ!」


 伸びて来る蛇を剣で弾きながら、叫んだのは甘露寺葵だ。


「甘露寺さん」


 洞院咲希は心配そうに声をかける。


「意外とやるな。気位の高さが足を引っ張っているだけで、能力は侮れないという評価は適切だったのか」


 渡辺と呼ばれた男は目をみはる。


「あなた、さては本物の渡辺先生じゃないわね?」


 甘露寺葵は男を睨みながら言い放つ。


「まあ、わかるよな。意外と洞院咲希がにぶいだけで」


 渡辺の姿をした男はニヤリと笑う。


「本物の渡辺先生はどうしたの!?」


 洞院咲希が叫ぶ。


「奴か? 奴は今ごろを受けているはずだ。我ら栄えあるゾディアックへの助力を、愚かにも拒んだのだから」


 と言って渡辺の姿をした男は肩をすくめる。


「ゾディアック?」


 甘露寺が首をかしげた。


「最近、話題に上がっている犯罪クランね」


 洞院咲希が顔をしかめて言う。


「さすが洞院家のご令嬢。知っていたか」


 渡辺の姿をした男は余裕の表情で拍手をして、


「ところで会話で時間稼ぎをしようとしても無駄だぞ? 俺の仲間が一階を封鎖しているからな」


 と言って勝ち誇る。


「くう」


 洞院咲希は顔をしかめた。


「会長! こいつらを倒すしかありません!」


 甘露寺が主張する。


「威勢がいいな、甘露寺家の娘」


 渡辺の姿をした男が嘲笑い、


「しかし、こうして残ったのがまさか全員女とは。男はだらしがないな」


 と吐き捨てた。


「べつにいいじゃないか、トウゴウ。見た目のいい女たちが残ってくれたほうが、楽しめる」


 今まで黙っていた黒い影が渡辺の姿をした男に話しかける。


「それはたしかにな」


 トウゴウはまずは洞院咲希、次に甘露寺葵、それから洞院咲希の周囲を固める三人の女子たちを舐め回すような視線で見た。


「ゲスね」


「気持ち悪い」

 

 甘露寺葵、洞院咲希はほとんど同時に声を出す。


 年頃の乙女たちにとって、男の欲望を全開にした目つきと顔つきは、生理的に受け入れられない。


「言ってろ。お前らとこうしてやりとりをしているのは、お前らを完全に屈服させてやるためだ。時間的余裕はあるしな」

 

 とトウゴウはせせら笑う。

 要するに少女たちを精神的に痛めつけるのも、目的のひとつなのだ。


「というわけで無駄な抵抗をするがいい。その衣服は邪魔だしな」


 とトウゴウが言う。

 少女たちは言葉の意味を考えてしまい、恐怖と嫌悪で顔がゆがむ。


「返り討ちにします!」


 と洞院咲希が言えば、残りの少女たちも剣を握る手に力をこめる。


「どこまで抵抗できるかな?」


 トウゴウは愉悦の笑みを浮かべた。

 少女たち五人に対してゾディアックは九人いる。


 剣には剣をもって応戦され、洞院咲希と甘露寺葵以外の三人の体操服の袖が斬られてしまう。


「くう」


「こいつら、強い……」


 三人の女子の顔に苦痛が走る。


「ほう。洞院咲希と甘露寺葵の剣の腕はさすがだ。使い潰すのはもったいないか?」


 トウゴウが目をみはり、初めて余裕が消えた。


「残り三人は顔も体も悪くない。楽しんで捨てようぜ」


 と戦いに参加していない黒い影が提案する。


「それはかまわんだろう。惜しくない程度だしな」


 トウゴウが答えると、


「ひゅー。さすがトウゴウ隊長は話が分かるー」


「げへへえ」


 剣を抜いている黒い影たちがいっせいに喜ぶ。

 表情が露骨にドスケベに変わる。


「ゲス!」


「クズね」


 少女たちの反発はすごいが、男たちは意に介さない。


「いいねえ。そういう気の強い女の心をへし折るのが俺は好きなんだ」


「強がる女も最終的には泣き叫ぶ。


 男たちの口ぶりから、洞院咲希と甘露寺葵はあることに察する。


「こんな外道がのさばっていたなんて」


「この国の恥ね」


 洞院咲希は嘆き、甘露寺葵は怒りをあらわにした。


「強ければ許される。存在できる。それが世の真理だよ、お嬢さん」


 トウゴウは余裕たっぷりに言う。

 

「あんたら名家だって、強いから存続していた。それだけだ!」


 トウゴウの叫びに呼応するように、黒い影たちの攻めが激しくなる。

 

「くう」


「きゃあ!」


 一人、また一人と剣をはじき飛ばされ、蛇に拘束されてしまう。

 

「みんな!」


 洞院咲希は仲間三人の近くに駆けつけて蛇を斬りつけるが、剣が弾かれてしまった。


「硬い!?」


 手ごたえに洞院咲希は驚く。


「そりゃそうだ。俺の【心装クレスト】にそんな斬撃は通じないさ」


 とトウゴウはせせら笑う。


「【心装クレスト】を使えるかどうかで、戦力が天地ほど開くと聞いたことあったけど」


 洞院咲希と甘露寺葵は悔しそうにうなる。


「剣さばきやマテリアルによる身体強化は見事だが、それだけだな」


 黒い影のひとりが洞院咲希をそう評価する。


「そりゃしょせんいいとこのお嬢様たちだ。お行儀よく、手さぐりで強くなったんだろうよ」


 トウゴウは初めて嫌悪と憎悪をにじませた。


「まあ落ち着けよ。もう詰んだんだからさ」


 と仲間がトウゴウをなだめる。


「そうだな」


 トウゴウはハッと我に返った。


「それにしても……」


 トウゴウは冷静になって洞院咲希と甘露寺葵の二人を見る。


「効かない奴にはとことん効かないものなんだな」

 

 とつぶやく。


「ガスを撒いた意味、あったのか?」

 

「あったろ。ザコはマテリアルを使える奴が100人いても、あっさり無力化できると確認できた」


「これからマテリアルを使うザコが増えるかもだしな」


 黒い影は会話の応酬をおこなう。

 まだ二人残っているのに、聞かれても平気ということは……。


 甘露寺葵の脳内に不吉な考えがよぎる。

 

「まだよ! わたしが殿になる! 甘露寺さんだけでも逃げてください!」


 弱気になりかけた彼女を、洞院咲希が励ました。

 

「かっこつけないでください! どう考えても二人がかりで挑むべき局面です!」


 自分の弱さを恥じ、すこし咲希を見直す気持ちがわき起こりながらも、葵は素直になれずに言い返す。


「いいね。アオハルってやつだね」


 とトウゴウが揶揄する。


「ええ!」


 二人が力を合わせようとしたとき、床を突き破って蛇たちが彼女の太ももに絡みついた。


「!?」


「しまった!?」


 自分たちのうかつさに二人の少女が気づいたが、もう遅い。

 強烈な締めあげで二人の機動力を封じ、次に腰や腕に巻きつく。


 胸の果実が強調されるような締め方はわざとだろう。

 

「悪いが、楽しむ時間は残しておきたいんでね」

 

 トウゴウがいやらしい笑みを浮かべながら言い放つ。

 何を楽しむつもりなのか、少女たちは乙女の本能で理解してしまった。


「この!」


「いやあ!」


 二人の表情は嫌悪と屈辱に染まるが、まだ諦めの色はない。


「たまらんなあ」


「実にそそる」


 にやにやしながら男たちは、ゆっくりと距離を詰める。

 だが、その余裕はすぐに消えた。


「な、何だ、お前は!? どこから現れた!?」


 彼らの前に白い鬼の仮面をかぶった黒装束が現れたからである。


「気配がないだと? 下の奴らは何をしていた?」


 トウドウは驚き困惑したが、ほどなく心を立て直す。

 

「お前は誰だ? あべし!」


 一番近くにいた黒い影が殴り飛ばされる。

 その拍子に黒いフードがとれて素顔があらわになった。


「え!? 用務員の小谷さん!?」


 洞院咲希は見覚えのある顔に悲鳴を上げる。


「まさか、高校の関係者が犯罪クランの内通者だったの!?」

 

 甘露寺も驚愕の叫びを上げた。


「ちっ、厄介なことを」


 トウゴウは舌打ちして、蛇たちを操作して白い仮面を襲われる。


「くだらない」


 白い仮面はそう言うと、マテリアルをまとった剣で蛇を切断した。


「なんだと!?」


「バカな!?」


 これにはトウゴウたちが驚愕し、動揺する。


「嘘でしょ?」


「【心装クレスト】を剣で斬った!?」


 洞院咲希と甘露寺葵も目をみはった。

 

「フェイク」


 首をかしげたあと、白い鬼の仮面は短く言う。


「!?」


 それを聞いたトウゴウは顔色を変える。


「なぜわかった!」


 そして動ける蛇たちをいっせいにけしかけた。

 白い鬼の仮面の体が消え、


「ぶへえええ」


 次の瞬間、トウゴウの体が後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 白い鬼の仮面が殴り飛ばしたのだ、と咲希と葵が理解するまで数秒必要だった。


「よわ……」


 白い鬼の仮面から思わずという一言が漏れたのを、咲希と葵は聞いた。

 トウゴウが気絶したせいか、生徒たちを縛り上げていた蛇が消滅する。

 

「何なんだこいつ!?」


「撤退だ! 撤退するぞ!」


 残りのゾディアックは、倒れた仲間を抱えてあわただしく逃げ出す。


「くっ、待ちなさい」


 と咲希と葵は言ったが、声に力はない。

 立とうにも足に力が入らなかった。


 本人たちが知覚できない範囲で、じわじわと力を吸い上げていたらしい。

 白い鬼の仮面は二人を見たあと、どこかに行ってしまった。


「ま、待って」


「あいつは何者なの?」


 呼びかけた咲希と、不審がる葵に別れた。


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