第23話 姉妹 3
「おや、お客さんかい? それにしても、ノックもせず部屋に飛び込んでくるとは……ずいぶんお行儀のいいお嬢さんだね。君がダイアナの妹、レイチェル嬢かな?」
「まぁ! わたくしをご存知でいらっしゃるの!? そうですわ、お姉さまの妹、レイチェルですの! ノックをしなかったのは……こ、声が聞こえたからですわ! お姉さまのお部屋からどなたかとお話している声が……それで! 一刻も早く事態を確認するために、致し方なく――なのですわ!」
「そうかい。そりゃあお騒がせしてしまったね……。でもおかしいな? この屋敷は作りがしっかりしているから、少々声をあげても外に漏れるはずがない。扉でも開け放っていなければな」
「ギクッ!」
「アハハハハ! 君は面白いねぇ。驚いた擬態音がここまで明瞭に聞こえるなんて! やはり逸材だ。……まあ、細かいことは言いっこなしにしよう」
リラは面白い玩具を見つけた子供のように、いたずらっぽい笑みを浮かべてレイチェルを見やった。そして小さな珍客の登場に気を良くした様子で、軽やかに名乗りをあげる。
「失礼、まだ名乗っていなかったね。私は風来のリラ。生憎と、お貴族様みたいな立派な家名はない。リラと呼んでくれればいいさ。どうぞお見知りおきを」
彼女は右手を頭上から大きく振り下ろし、芝居がかったお辞儀を披露した。華やかで美しい容姿に加え、男性的な口ぶり――その姿は同性であっても惚れ惚れするほどの凛々しさだ。
「まぁ……素敵ですわ! リラ様は男性でいらっしゃるの? でも声は……透き通るように美しい女声で……」
「ほら見ろ、やっぱりそういうところだ! 君は話し方で損をしてるんだ。あれほどの美貌を持ちながら……実に惜しい!」
「おやおや、トーマスはそんなに不満なのかい? 僕は見た目で人を測るような輩には興味がない。今のままで全く問題ないんだがね。……それとも、“トーマス様に気に入られるように、これからは女性らしく振る舞いますわ♡”とでも言えば満足かな?」
「すぐにそうやって茶化す! 困ったじゃじゃ馬娘だよ、君は!」
「フフン♪ それでも僕を放っておけないんだろう? ――勇者様♡」
「ば、馬鹿! 人前でそんなことを言うな! ったく……」
「えっ……ま、まさか!? あなたは……勇者トーマス様!? 人々を苦しめた邪神を討ち果たした、あの!! そして共に戦った壮麗な女戦士といえば――」
「ふ、風来のリラ様……!? なんて……なんて素晴らしいのでしょう! お姉さまのお部屋で、勇者トーマス様とリラ様にお目にかかれるなんて!!!」
レイチェルは感激のあまり、その場でクルクルとスカートをひるがえして舞い踊った。
リラはおかしそうに肩を揺らし、トーマスは頭を抱える。
だが、調子に乗りすぎたレイチェルは忘れていた。
――朝、必ず履かねばならないものを、今朝も履き忘れていたことを。
その結果。
スカートがふわりと膨らんだ瞬間、彼女の見えてはいけない部分が見えてしまったのだ。
「お、お嬢様ぁっ! なんてはしたない!」
「だ、だめですレイチェル様! 今朝も履き忘れておられます~~!」
二人のメイドの悲鳴が部屋に木霊した。
幸運にも、リラは腹を抱えて笑い、トーマスは頭を抱えたまま目を閉じていたため、大惨事にはならなかった(乙女の大事部分は晒されずにすんだ)。
結局、メイドたちがレイチェルを取り押さえ、これ以上はしゃいで“中身”が見えないよう、困った主を押さえつける羽目になった。
「……ねえ、トーマス。僕、この子けっこう気に入ったよ」
「リラ……また君の悪い病気が始まったな。どうして君は、いつも変わった人種ばかり好きになるんだか……」
「もう! さっきから私のことを忘れて~! リラもトーマスも、何もなかったみたいに会話を続けるってどうなのよ!」
とうとう見ていられなくなったダイアナが口を出した。
――そりゃそうだ。
これまで秘密にしていた二人の存在を、よりによって妹に知られてしまったのだ。
慌てふためくうちに、どんどん自分を置き去りにして話が進んでいくのは、たまらなかった。
「お姉さまずるいですわ! こんな素敵なお友達を独り占めするなんて、姉の風上にもおけませんわ! わたくしもお二人とお友達になりますの!」
「嫌よ、そんなの。二人は私の……その、実在するようで実在しないというか……。とにかく、この部屋の、この空間だけが私の心のオアシスなの! だから土足で踏み込むような真似はやめて!」
「嫌ですわ! もう決めましたの。わたくしもお二人のお友達になりますの!」
「だから……こうなったら仕方ないわね。実はこの二人は、私のスキルが生み出した虚像なのよ。だから――」
「まぁぁっ! なんて素晴らしいのでしょう! お姉さまのスキルで物語からお呼びになったのですね!? 本当に、なんと素敵で……素敵なんでしょう!」
きっぱりと断るつもりだったダイアナだが、レイチェルの割り込みは止まらない。
賞賛と懇願の嵐に、言葉を遮られ続けるばかりだった。
一度言い出したら聞かない妹に押し切られそうになりながらも、必死で踏みとどまる。
ここを譲れば、もう自室に引きこもることなどできなくなる――。
頭を抱えるダイアナであった。
「お願いだから、自分の主張ばかりしないでちょうだい。私は静かに毎日を過ごしたいの。だから、この部屋に出入りされては困るのよ」
「では! ダイニングでみんなでお茶をいたしましょう! そうですわ、ハチミツをお姉さまに持ってまいりましたの。さあ、ハチミツたっぷりの紅茶を飲むのですわ! ささ、リラ様もトーマス様も参りましょう!」
「だから~~! 私は部屋から出るつもりはないの! さあ、早く出て行って!」
ダイアナの剣幕に、さすがのレイチェルも今日のところは引き下がらざるを得なかった。
だが、最後にくるりと振り返り、きらきらとした瞳で叫ぶ。
「お姉さま、わたくし諦めませんわ! 明日も、明後日も、その次の日も! 毎日お姉さまのお部屋にやってまいりますの!」
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