第5話 シエラが幸せな理由

レイチェルは人の名前をとにかく憶えない。

だとかなどと見た目で勝手放題に言うばかりなのだ。

しかも尚悪い事にそうして付けたあだ名のなんとネーミングセンスのない事か。

捻りもなければ響きまで悪いときている。

それでも付けられた方で大喜びとなるから一向に向上の兆しが見えないのだ。



「あの子うらやましいわ。私にも付けてくださらないかしら?」

「うらやましいぞ~~我が港町の真珠に呼び名を賜るとは!」

「虫けらのように罵ってほしいのよ~」

一部変なのもいるが概ねあだ名をつけられる事を望んでいる者ばかりで、中には栄誉とさえ考える者まであった。

もちろんこれは奇跡の5日間と呼ばれるあの爆破騒ぎの後の事なのだが、それ以前でも厭われるような事はなかった。



この令嬢はデカいか小さくて可愛いかが基準だ。

大きいものを見れば捕まえて肩車してもらったり、動物なら背中にまたがってロデオ少女さながらに大はしゃぎ。

小さくかわいいものを見れば呼び止めてやたらとかまい散らす。

それ以外は目に映らないも同然なのだ。


それはレイチェルが6の年齢の時だ。

冒険好きの彼女が屋敷の中をあてどなく漂っているとこれまで入り込んだことのない区画に迷い込んだ。

広大な伯爵家のお屋敷は何せ探検のし甲斐がある。

何やら薄暗く長い廊下を挟んでたくさんの部屋が等間隔に並んでいた。

後で知ったのだがここは伯爵家の所持品のうち普段ほとんど使わない物を種別に保管するエリアだったのだ。


レイチェルが迷い込んだ丁度その時、メイドの中でも身分の低い者達が集まって掃除をしていたのだ。

メイドにはがある。

仕える主家の方々と直接接する表働きが花形なら、直接接する機会を与えられずひっそりと働く彼女たちは裏方だ。


そうした者達が働く場所にこのお屋敷の主役とも言える令嬢がにわかに姿を現したのだ。だが、掃除に夢中になる彼女たちは直ぐには気づかなかった。

雑巾がけをする者、で天井や壁をはたく者などめいめいお勤めに精を出す。


レイチェルはその様子を物珍し気に眺めていた。普段見慣れぬ光景を楽しそうに見つめながら視線は一人の少女に釘付けだ。

まだ成人前のうら若い娘ばかりが集まっている中で一際小さくて可愛らしい。


はたきを持ってパタパタせわしなく動いているのものの、いかんせん背が低いため天井には届かない。ひょいっひょいっと飛び回っているのだ。


「えいっそれっ」

必死の跳躍も空を切る。それでも諦めずピョンピョン跳ね続ける姿がなんとも健気だ。


「あら、シエラは今日も役に立たないわね。ほら貸しなさい、はたきはこうして使うのよ」

横から口を挟んだ長身のメイドがシエラからはたきを奪うと得意げに天井の埃を払った。


「シエラあなたは皆の雑巾を集めて洗ってきなさいな。自分にできる事をしなさいっていつも言ってますのに、本当に仕方のない子」

忌々し気に吐き捨てるとその長身のメイドは仲間達と一緒にニヤニヤ嘲笑の笑みを浮かべていた。


せっかくチビカワ(小さくてかわいい)を愛でていたのに邪魔をされた気分になったレイチェルが一言文句でも言ってやろうとしていたところ



「レイチェル様こんな所で何をしておいでなのですか?姿が見えないので皆心配していたのですよ!」

メイド長のダリアが血相を変えて近寄ってきた。

「ダリア、探検をしていたのですわ。私がどこにいようと勝手なのですわ」

そういつもの調子ですげなく答えたものの、その後は大人しくダリアの言に従った。



だが、その日以来レイチェルはチビカワが気になって仕方が無くなった。

家妖精ブラウニーと思しき愛らしいそのメイドは確かシエラと呼ばれていた。

時間を見つけては保管エリアに足を運び様子を伺ったのだ。



初めてみた日にも感じた事だが、シエラはメイド達の中で浮いていた。

リーダー的存在の長身のメイドだけでなく全員から粗雑に扱われ、虐げられている。


理由は彼女が孤児であった事と関係していた。海神を奉る大神殿で引き取った孤児の幾人かをこれまでメイドとして受け入れてきた。

代々大神殿とのつながりの深い伯爵家としてはその奉仕活動に協力する意味もあったろう。


だが、領主の家に上がるメイドのほとんどが地域の有力者の子女である事が多かったため、例え地位の低いメイド達であってもしかるべき家の出である事がほとんどだったのだ。


そんな中孤児であるシエラは後ろ盾もなくただ軽んじられるだけの存在であった。しかも真面目な彼女は周囲が嫌がるほどに一生懸命働いてしまうのが仇となった。

まるで自分達を貶めようとはりきっているかのように受け取られたのだ。


良くも悪くも出る杭は打たれるのだ。


だが、毎日のようにその姿を見ていたレイチェルにとっては愛着が増す事はあれ、悪しき感情を抱くなんて事は到底あり得なかったのだ。


彼女は馬鹿ではない。見たものを素直に感じる感性も持ち合わせていた。

だが思い込みが激しかった。

そして、伝え聞いた彼女の境遇を考えあわせ、一つの結論に達した。



「チビカワが可愛いすぎるから嫉妬されたのですわ!」

こうなると直情的な彼女が黙っているわけがない。

まして自らが愛でる所有物を邪険に扱われていると言う根拠のない被害者意識まで騒ぎ出す。


メイド長のダリアからは決してメイド達の仕事ぶりに口を出さないよう釘を刺されていたのだが、こうなればそんなのは気にしてはいられない。

ついに、


「あなたたちいい加減になさい。わざと苦手な仕事を押しつけたり、誰もがやりたがらない仕事を押し付けたり、見ていて不愉快ですわ。この中でチビカワが一番頑張っているのを私は知ってますのよ!今日からシエラは私の身の回りを見てもらう事に致しましたわ!」

そう宣言するとシエラの手を握りずんずん歩み去ってしまった。


その場にいたメイド達は当然呆然自失の状態に陥っている。

何が起きたのか?何故レイチェル様がお怒りになっていたのか?

自分達はどんな処分を受けるのか・・・。



だが彼女たちの心配は杞憂に終わった。

もとよりチビカワ以外の存在などレイチェルにとってはどうでも良かったのだから。

ただ一人シエラを独り占めしようと怒りを爆発させただけなのだから。



だが、周囲の反応は違った。


雲の上の存在であるレイチェルに突如引き立てられ、その日を境に状況が一変したシエラ。本人にとっては状況を受け入れるのにしばし時間がかかった。

ただわかっていたのが、この人が自分を見出してくれたというその一事のみ。

これに奮起しない彼女ではなかった。

これまで以上に身を粉にして働き、休む間も惜しんで令嬢に尽くしたのだ。


その姿は周囲を納得させ、大いに感心させるに十分だった。


暗闇の中であえいでいた自らを救いあげてくれた主人。

我がままで何でも欲しがるが本当は誰よりも温かい人。

無理難題を押し付けられても喜ぶ笑顔を見れば全てが報われる。


「シエラは幸せ者ね。だってレイチェルお嬢様にきちんと名前を呼んでいただけるのだもの。あだ名で呼ばれるだけでも十分気にかけられている証。なかでも特に大切にしている人にだけ名前で呼びかけるのよ。」

ある時メイド長ダリアにかけられた言葉が彼女の誇りとなった。

どんなに無茶なお願いでも精一杯叶えようと努力するうちいつしかチビカワからシエラに変わった。それがどれだけの意味を持つのかを知ったからだ。



ポルテアの聖女伝説の一節にこんなものがある。

「幼くして両親を失いし孤児はやがてフォルンコート伯爵家で下働きのメイドとなる。やがて聖女様に見出されしチビカワはいつしか伯爵家にその人ありと謳われるほどの賢者となった。決して表に姿を現さず、聖女様を陰で支えた知恵袋。人前に身を躍らせたのは主を凶行の刃から守りしただ一度きり。血にまみれた彼のメイドにしがみついた聖女様が上げた悲痛な叫びこそ主従の固き結びつきの表れだった。身を賭して主を守った忠勤の天使。その墓は聖女のたっての願いで伯爵家に連なる家柄の区画に立てられた。墓に刻まれた「シエラ、我が永遠の友」の文字が訪れる人の涙を誘う」



「ありがとうシエラ」

その一言を聞くために私はなんだってするのだから。

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