第5話 夢の中からこんばんは

 その日の夜――――。


 バルドは、憲兵の相手をするため、夜の街に繰り出していった――――。


 ちくしょう! うらやましい!


 フェロモーンなお姉様方と、キャッキャウフフアハハなハート飛びまくるめくるめく夜を堪能しに行くのだろう……。


 前世でも接待でキャバクラとかまぁ行ったけど……。


 しょせん接待だしな……。


 金のないリーマンなんて、社交辞令で搾り取られるだけ…………って!


 あぁ! もうしょっぱいなぁ! ちくしょう!


 サシで男同士の話し合いをした相手だが……憲兵共を黙らせる名目があるのも解ってるが…………。


 ちょっとムカつく💢 


 あ゙あぁ~ってっても2歳よオレ!


 ガタガタ……。


 机が揺れている。


 何だ? って、そうだった!

 机の引き出しにアイツを隠していたのだ!


 雑草!!


 オレ慌てて引き出しを開け、雑草を開放。


「酷いですよご主人様!!」


「あぁー。ごめんごめん……。」


「見つかるとクニ? のエライ奴に殺されるからとかって!! 丸一日引き出しの中って!! 孤独すぎて枯れるところでしたっ!!!」


「もう憲兵は帰ったから……多分大丈夫だぞ?」


「疑問形? なんで疑問形! またこんな目にあいたくないですぅ!!」


 雑草涙ながらの訴え。


 オレ、どうにか雑草をどうどうしながら落ち着かせ、やっと寝かしつけた。


 植物も夜寝るんだな……。


 まぁ、これでオレも寝られる―――。

 ベッドに潜って闇の中へ……。




 そして……。不意に意識が浮上する――。

 オレは真っ暗闇にポツンと一人浮いていた。


 なんだ……。夢か……。


 しかし……怖いな。闇の中に一人て。


 と思ったその時。


「わっ!!!!!!!!!」


 後ろからいきなり声が!


 飛び上がって振り返ると、逆さ吊りの緑髪が印象的な幼女が……。


 え、ナニ、怖い、幽霊?


「幽霊ではない。ん? しかし……実体ではないから、似たようなものか。」


「こんばんは。少年? 魂が古いな? でも器に魂が合っている。」


 は? ナニこの電波ちゃん。


「でんぱ? でんぱってナニ?」


 さっきから……


「オレの頭の中見えんの?」


 すると……。


「見えるよ。ここで生きてる生き物なら何でも見える。」


 と、幼女は真顔で答える。


 こころなしか、その真顔が怖い。

 澄んだ色の空色目も、なんだか底が知れなくて怖い。


 オレ、幼女からにじり距離をとる。


「フフ。その恐怖は正しい。でも、私は完全じゃないんだ。」


「完全じゃないって……。」


「母木様から継承が済んでいない。だから、私は不完全。」


「ハハギ様?」


「そう。お前達の言う常緑の貴婦人だよ。」


 ジョウリョクの貴婦人って……。

 常緑の貴婦人か!?


 たっ……た確か、世界樹のことだよな? 

 この国の建国神話に登場する。


 世界樹は、人間にも恩恵をもたらすため、次世代の若木を遣わしたって……。

 若木は当時はまだ小国だったこの国の姫と絆を結び、その姫の子孫に力を与えてきたとかなんとか……。


「美しい神話なことだ……。神話の話ではずいぶん“姫”とやらを持ち上げるじゃないか……。」


「実際は違ったのか……。」


 オレの頭では様々な憶測が飛び交った。その中で、一つ確信めいたことがある。目の前にいる幼女イヤ、このヒトの正体は……。


「言っておくが、”新緑姫“等と……。間違えても呼ぶなよ?」


 と、幼女は冷ややかに言った。


 新緑姫――――。

 彼女は神話に出てくる、姫と絆を結んだ世界樹の若木!!


「じゃぁどうお呼びすれば?」


「そうかしこまるな……。そうだな。苗木様。若木様が妥当だろ。」


「…………。聞いてもいいですか?」


「フフン。今さら警戒しているのか? いいだろう。聞こう。」


「貴女は、人間に好意的ではない……ですよね? それなのに、オレにどんな用が?」


「……。そうだな。嫌いな人間がいる。どっちかと言うと嫌い。ではある。が……。

 そうではない人間もいた。一応今でも生きているから、過去形ではないな……。

 しかし……。

 私のせいで、苦しめてしっまった。

 私はただその隣で、穏やかに見守りたかっただけだったのに……。」


 不意に新緑姫、イヤ若木様に距離を詰められ、ふわっと頭を撫でられた。


 不思議なことに、とても心地良い。


 緊張する相手のはずなのに……。

 安らぎを感じる。


 でもその目は、オレを見ながら他の誰かを見ている遠い目で、なんだかとても切ない。


「あ……。」


 気づいたら涙を流していた。


 若木様は小さくため息をつき、言った。


「……たいして老いておらぬに、知らぬ間に臆病になったようだ。しかし……。そうも言ってられない。」


 覚悟を決めたように、若木様はオレを真っすぐ見つめると、いきなり鼻をつまんで、無理やりオレの口を開けさせ、何かを口いっぱいに詰め込んだ。


 グッ! ゲホゲホっ!!


「窒息するとこだったぞ!!?」


 ひとしきりむせた後、オレは若木様を睨んだ。


「クククククッ。

 そう睨むな。いいものだぞ? その時がくれば発現するだろう。」



「ではな。少年。

私の願い……お前に託したからな!」


 は? 


 ね願いだって!? 世界樹の願いなんて叶えられるわけないだろ!?


 無茶振りもいいところだっ!!


 ま……待てっ! ちょっと!!


 とんでもない爆弾発言を残して、若木様は行っていしまった――――。

 そして、オレは目がさめた。


「…………。夢だよな。」


 イヤむしろ夢であってほしい。


 窓を見れば空が白見始めた頃だったが、オレは完全に目が覚めてしまった。


 水飲みに食堂へ行くと、


 バルドがマントを羽織り出発準備をしていた。


「バルド……。行くんだな。」


「あぁ。」


 しかし……。首筋についたキスマークでオレ、ちょっとイラ。


「良かったな。昨夜は楽しかったみたいで……。」


「あぁん? ませガキが!! 女遊び覚えるにゃ20年は早ぇわっ!!」


 オレバルドに頭引っ掴まれワシワシされた。


「グッ……! オレだってあと15年はしたら、アンタより強くなってるんだからな!!! そしたら…………。」


 昨日のバルドの言った言葉が、頭の中で再生された。


『なぁ! お前はまだガキだ!! 

 粋がんじゃねぇ!! 


 ちゃんと守られてろっ!!


 いいか? 生き急ぐんじゃねぇ!! 早死にもだめだっ!!


 神官長泣かすなっ!!』


 そして、息を吸込み、オレは、


「いつまでも! 守られるだけのガキじゃないんだからなっ!! 神官長も笑ってるし! 皆のことも守れる!! 

 男に……なってるんだからなっ!!!」


 大声で言ってやった。


 バルドはニヤッと笑って、


「大きく出たじゃねぇか。くそガキ!!

 まぁ、期待しないで、待っててやるさ!!」


 そう言って頭をくしゃくしゃ撫でた。


「痛いんだよ! この馬鹿力!!」


「このくらいで音ぇあげてんじゃねぇ!!」


 笑ってバルドは旅立って行った。


 オレはその頼もしい背中を見送った。


 いつか絶対追いついてみせると誓いながら。

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