第四話

「今日も魔法少女アンナのダンジョン攻略配信、始まるよー。みんなー、応援よろしくねー」

 

 人気ゲーム配信者の黒渦アンナはROSのダンジョン攻略をライブ配信していた。

 

 茶色のミディアムボブの髪型に青い瞳をしたハーフの女性で、すでに成人して何年も経っているが身長が低く子供に見えなくもない彼女は、可愛らしい見た目と魔法使いのコスチュームを愛用していることから、魔法少女アンナとしてファンから圧倒的な支持を得ている。

 

 セイバーに変身した彼女の特殊能力は超再生。身体に傷を受けてもすぐに回復することができる。


「今回アンナは高難易度ダンジョンと言われている夢幻迷宮に挑戦するよー。ダンジョンの最後にいるボスのアステリオスが、とっても強いみたいなんだけど、アンナ、がんばって倒すから、みんな見ててねー」


 ROSのARモードにはゲームプレイのライブ配信機能がある。ニューロリンクシステムを通して、プレイヤーが体感している知覚情報、聴覚情報がリアルタイムで動画として再現されて配信される。

 そのため、ライブ配信の視聴者はプレイヤーと臨場感を共有できるのだ。


 ニューロリンクシステムによって、アンナの周囲に夢幻迷宮と呼ばれるダンジョンが再現された。


「あ、ステラさんからダンジョンマップいただきました。ありがとうございます。これで迷わずにボスのところまでいけるよー」


 ライブ配信の視聴者は課金アイテムを贈ることで配信者を支援することができる。そのため、人気配信者ほどゲームを有利に進められるのだ。


 アンナは視聴者からプレゼントされたダンジョンマップを見ながら、夢幻迷宮をどんどん奥へと進んでいく。


 ダンジョンの最奥では、アステリオスという牛頭の怪物が待ち受けていた。


「さあ、ボスのところまでたどり着いたよー。こいつはアステリオス。別名のミノタウロスの方が有名だよね。それじゃあ、今からこの牛頭さんと戦うから、みんな、応援よろしくねー」


 しかし、アステリオスの予想外のタフさにアンナは苦戦する。


「うーん、結構硬いなあ。魔法で攻撃してるんだけど、全然効いてないみたい」


 アンナはアステリオスの斧の攻撃を回避しながら、炎の魔法を当てていく。

 しかし、アステリオスが不意に突進してきたため、アンナは攻撃を避けきれず、弾き飛ばされてしまう。


「きゃあああああ!」


 しかし、アンナはすぐに受け身を取って立ち上がる。


「うう、今のは痛かったぁ。斧の攻撃は大振りだから簡単にかわせるけど、突進攻撃は急にくるとかわせないよー。だから不用意に近づくとやられちゃうけど、こいつ硬いから遠くから攻撃しても倒せないんだよねー。あ、ナージャさんから魔力ブーストいただきました。ありがとうございます。これで魔法の威力あげて一気に畳み掛けるよー」


 アンナは視聴者から贈ってもらった課金アイテムを使って何とか戦えている。しかし、次の瞬間、アステリオスの姿が自分の息子に変身した。


「え……なにこれ……」


 アンナは自分の目を疑った。彼女は目の前で起きた出来事を理解することができない。


「そんな……クロト……どうしてあなたがここに……」


 動画の視聴者たちはアンナが男の名前を口にしたことに騒然する。


『え……、今アンナちゃんクロトって言わなかった?』


『確かにクロトって……これ、男の名前だよな?』


『なんだよこいつ。男がいたのかよ』


『男がいるなんて最低。騙してたのね!』


『ふざけんな。俺がスパチャした金返せよ!』


「ち、違うのみんな。だって目の前に……私の息子のクロトが……」


『息子だってよ。こいつ、男がいるどころか、子持ちだったのかよ!』


『ロリっぽい見た目で売ってたのに、中身はBBAかよ』


『このおばさん、子持ちのくせに、魔法少女キャラで媚び売ってたの?』


『最低。もうアステリオスにやられて◯ねよ!』


 視聴者たちはアンナの言葉に激怒して、次々に攻撃的な言葉を書き込んでいく。現在二十八歳のアンナには、彼女が十五歳の時に産んだ十三歳の息子がいる。


「嘘だよね、クロト? 私、あなたとは戦えないよ……」


 アンナは錯乱して身体が動かなくなってしまう。彼女は自分の息子のクロトの姿をした魔物に攻撃されるが、反撃することができない。アンナが息子の攻撃で受けた傷は、彼女の超再生の特殊能力ですぐに治った。

 

 しかし、それを確認したクロトはアンナを押し倒した。


「クロト、お願いだからもうやめて……。許してよクロト。謝るから。いつもあなたをほったらかしにして、本当にごめんなさい。こんなダメなママでごめんなさい……」


 そのままアンナの上に馬乗りになったクロトはアンナの首を両手で締め上げていく。


「いやああああ、やめてよクロトおおおお!」

 

 アンナがクロトの攻撃で受けた傷は彼女の特殊能力によってすぐに再生するが、傷を受けた時のダメージの感覚まで消えるわけではない。

 そして、息子が力を込めた手でキリキリと首を締め上げる感覚が彼女の脳内に伝わってくる。絶望したアンナはすでに抵抗する気力を無くしかけていた。


「アンナさん、大丈夫ですか? 今助けます!」


 ライブ配信を見ていたレントがVRモードでアンナを助けに来た。

 レントはマーキングした任意の場所に転移できる魔法を使うことですぐにアンナのもとへと駆けつけることができた。彼は前回夢幻迷宮を訪れた時に、ダンジョンの最奥にすぐに移動できるようにマーキングをしておいたのだ。


 レントにはアンナに馬乗りになった牛頭の魔物が彼女の首を締め上げているように見える。レントはアステリオスの身体を彼の特殊能力である【拘束/バインド】を使って、一時的に動けなくする。彼の能力、バインドは対象を一定時間だけ動けなくするという強力なものだ。


「あの魔物は僕の特殊能力で動きを封じました。もう大丈夫です、アンナさん」


 アステリオスが動かなくなったことを確認したレントは、念のため、錯乱状態のアンナにもバインドをかける。そして、動かなくなったアンナを抱えて、夢幻迷宮のダンジョンから離脱した。レントはVRモードでプレイしているため、実際にはアンナは移動していないのだが、ゲーム上では安全な場所に移動したことになっていて、彼女の周囲に出現していた夢幻迷宮も消滅した。


 しばらくして、落ち着きを取り戻したアンナはレントに頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとう。でも……」


「気にしなくていいです。僕は桐生レント。あなたの大ファンで、ライブ配信を見ていました。そしたら、あの魔物にやられそうになっていたので、助けに来たんです」


「あなたも私のファンなら、幻滅したよね? 私がアラサーで子持ちなの黙って活動してたんですもの。本当にごめんなさい」


 アンナは涙目になりながらレントに頭を下げた。


「そんなことで、僕はあなたを嫌いになったりはしませんよ。僕はチャットで怒っていた連中とは違いますから。とりあえず、一度ゲームの外でお話しませんか?」


 レントは自分が装着しているニューロリンクシステムを指差しながらアンナに話しかける。


「これを着けていると、会話を外部に聞かれてしまう可能性があるので……。ここから先の話は誰にも聞かれたくない」


「……あなたは優しいね。あんな醜態を晒した私にも、紳士的に接してくれるなんて」


「チャットで文句を言っている奴らとは違って、僕はアンナさんがどんな秘密を隠していたとしても、全て受け入れるつもりです。それが本物のファンだと僕は思ってるので……」


「私のこと、そこまで思っていてくれるなんて。本当にうれしいよ。私のSNSのアカウントにダイレクトメッセージを送ってくれれば、私からレント君に返信するわ」


「わかりました。アンナさんのSNSは全てフォローしてあるので、とりあえずネックスでメッセージを送りますね」


 レントはアンナとSNSで連絡を取った。アンナはレントを彼女の自宅である公営住宅に案内した。


「ごめんなさい。わざわざ私の家まで来てもらって……」


「その方が僕も安心してお話できるのでいいです。これから話すことは、アンナさんたち以外には誰にも聞かれたくないので……」


 アンナの脇には、彼女の息子のクロトが座っている。


「レントさん、母さんを助けてくれて本当にありがとうございます」


 クロトが丁寧に頭を下げてきた。


「気にしなくていいよクロト君。僕は君のお母さんのファンだからね。当然のことをしたまでさ」


 レントはクロトの頭を撫でてあげた。


「アンナさん。クロト君の前でお話して構いませんね?」


「レント君がそれで問題無ければ、私は構いません」


「わかりました。あの時、アンナさんが見たクロト君の姿、あれはあなたの脳が作り出した幻覚です。これはニューロリンクシステムを使用中に稀に起こる現象です。開発元のアヴァロンデバイセズは公表していませんが、ニューロリンクシステムにはいくつかの不具合が存在するんです」


「なるほど、私が見たのは幻覚だったのね。でも、本当にリアルに感じたわ。本物のクロトと区別がつかなかった。それで錯乱してしまったの」


 アンナは魔物が息子に変わった瞬間を思い出していた。今から思えば状況として明らかにおかしいと気がつくが、その時は本物の息子とまったく同じように感じられた。自分のよく知る息子のクロトが、目の前にいたのだ。


「実は私、シングルマザーなの。恥ずかしい話だけど、この子の父親が誰かもわからないまま、クロトを産んだの。だから、ライブ配信でお金を稼がないと生活できないのに、ファンから見放されてしまった。私の人生はもう終わり。生きていけないわ」


 そこまで話したアンナは感情が抑えきれなくなって、大声で泣き出してしまった。レントはそんな彼女を抱き寄せて、背中をさすって落ち着かせる。


「落ち着いて聞いてください。このROSには、サニティポイントという隠しパラメータが存在します。この数値が一定値を下回ったプレイヤーは今回のアンナさんと同じように幻覚を見たり、ゲームと現実の区別がつかなくなって、危険な状態となってしまうんです。そのため、運営側はサニティポイントが規定値を下回ったプレイヤーのダメージリミッターを意図的にカットして秘密裏にプレイヤーを再起不能にしていました。ニューロリンクシステムが幻覚を引き起こすという不具合を隠すためです。つまり、アンナさんが魔物に首を締め上げられていた時は、本当に首を絞められていた時と同じ感覚を感じていたことになります」


「確かに、首を絞められていた時の感触は今でも思い出せるくらいリアルだったわ」


「僕は今、警視庁公安課の調査員として、このゲームをプレイしながら調査を進めています。さっき僕が話したことは、僕が実際にゲーム内で調査をして確認した事実です。アンナさんが良ければ、僕と一緒にこのゲームを調査してほしいんです。僕が上司にあなたを調査協力者として推薦します。調査協力者には、公安から少なくない額の謝礼金がでますから、これからの生活にも困らないはずです」


「それは魅力的な提案ね。でも、本当に私なんかでいいの?」


「さっきも言いましたけど、アンナさんはダメージリミッターが解除された状態でモンスターの攻撃に耐えることができました。これはすごいことなんです。普通の人なら攻撃を受けた時点で痛みに耐えきれずに再起不能になってしまいますから。そこを上司にアピールしてみます」


 レントの話したとおり、このゲームには、サニティポイントと呼ばれる隠しパラメータが存在する。この数値が一定値を下回ったプレイヤーはゲームと現実の区別がつかなくなり、現実世界で問題行動を起こす危険がある。そのため、運営側はサニティポイントが下回ったプレイヤーのダメージリミッターをカットして秘密裏に再起不能にしていた。


 これはレントがゲームプレイ中にニューロリンクシステムから送信されるデータを解析したことで判明したものだ。

 

 他にも、特定の行動によってプレイヤーの能力に補正をかけていることがわかった。この能力補正は必ずしもプラスの補正ではなく、むしろマイナスの補正となることの方が多い。一番分かりやすい補正は、連続で敵を攻撃し続けると、命中率が下がり相手に攻撃を回避されやすくなるというものである。しかし、レントが現在使っている改造版のニューロリンクシステムでは、こういったマイナス補正を無効化できるように改良されている。


「ねえ、クロト、飲み物が無いの。お金渡すからコンビニまで行って買ってきてくれるかな?」


「……わかったよ」


 アンナがクロトにおつかいを頼むと、彼は空気を読んでそそくさと玄関から出て行った。クロトが外へ出て行ったことを確認すると、アンナはレントの手を取ってそのまま立ち上がらせた。


「あの時助けに来てくれたレント君。とてもかっこよかった。あなたに抱き抱えられた時、ヴァーチャルなはずなのに、あなたの肌の温もりを感じられたの」


 アンナはレントを正面から抱きしめる。


「でも、今のレント君の方が、ずっとずっとかっこいい。それに、今感じているレント君の体温の方が、あの時よりもずっとずっと温かく感じるの」


 アンナの柔らかい肌から彼女の体温がレントにも伝わってくる。


「私はこんなカタチでしか、あなたに感謝の気持ちを伝えられないの。ごめんなさいね」


 アンナはレントの唇に優しくキスをした。


「謝らないでください。僕はライブ配信している時のアンナさんが大好きなんです。魔法少女になりきって、おちゃらけているような話し方をしているけど、ダンジョン攻略中のアンナさんは、いつも真剣な表情をしていました。ダンジョンの攻略には一切の妥協を許さない。そんなアンナさんのひたむきな姿が僕はたまらなく好きなんです。推しに抱きしめられて、キスまでしてもらえる。ファンとして、こんなにうれしいことはありません」


 レントはアンナのことを抱きしめ返してから、アンナの唇にお返しのキスをした。


 ◇◇◇


「アキラさん、この間僕が助けた女性の件なんですが――」

 

 レントはアンナのことをアキラに報告する。ダメージリミッターが外れても正気を保った彼女を高く評価していたレントは、約束通り、彼女を公安協力者としてアキラに推薦した。


「レント君、君はよくがんばってくれているが、やはり一人での調査は大変だろう? 私が彼女を公安調査員として採用するように上層部に話しておくよ。君が推薦してくれた女性なら間違いはないだろうからな」


「ありがとうございます」


 アキラがアンナを公安の協力者ではなく、正式に公安調査員として採用することを提案したことに、レントは少しだけ驚いた。

 公安調査員は会計年度任用職員として採用されるため、正規の職員と同じように給与やボーナスが支給されるからだ。アキラによれば、公安調査員は正規職員からの推薦があれば、よほどの問題が無い限り、確実に採用されるとのことだ。


「アキラさんを見ていると、本当に人間らしくて、AIだってことが信じられなくなります」


「そうか。俺は生前のアキラの行動を再現しているだけなんだがな……」


 アキラは恥ずかしそうに髪の毛を掻き上げる。これもAIが生前のアキラの行動を再現しているのだろう。


「こうして話していると、死んだ親父と話しているようで、なんていうか、気分が落ち着くんです」


 レントは話しながら、アキラの顔を見つめていた。アキラの表情や何気ない仕草も、本物の人間と遜色ないように見える。


「それはどうも。俺も、レント君と話していると楽しいよ。AIだから、感情はよくわからないが、君と話しているとおそらくこれが楽しい感情なんだなっていうのがよくわかるんだ」


「そう言ってもらえるとうれしいです。それじゃあ早速、アンナさんを連れてきますね」


 こうしてアンナは警視庁から正式に公安調査員として採用された。

 そして、レントが使っている改造ニューロリンクシステムと同じものが、アンナにも支給された。

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