金木犀の香りが忘れられない

夢乃間

一章 めぐり逢い

第1話 出会い ミチル視点

 自分で言うのもなんだが、僕の人生はつまらない。全てが上手くいって、問題といったものに苦しんだ事が無い。みんながそれぞれ足を止めて悩んでいる間に、僕は彼ら彼女らを追い越していった。




 ある日、学校の屋上から告白の一部始終が見えた。結果は失恋で終わったが、そんな結果などどうでもいい。僕が興味を持ったのはその後の二人だ。失恋で終わったはずなのに、二人は笑い合い、共に校舎へと帰っていった。追いかけるように二人のクラスに行くと、二人は何事も無かったかのように、それぞれのグループで日常を送っていた。




 僕は生まれて初めて難題に直面した。彼と彼女はどうして普通でいられるのか、と。その後も二人の様子を目にしたり、誰かに聞いたりしてみたが、二人は以前から変わらず友達のままだった。




 自分なりに考え、書物をも参考にし、結局答えが見つからずに眠る。そんな繰り返しの日々を送っていた。




 そして、とうとう僕は諦めた。自分では分からないと諦め、二人に直接聞いてみた。他人の領域に入り込むデリカシーの無さに恥を覚えつつ。拒絶される事は重々承知の上だった。




 しかし、二人は僕に笑ってみせた。まるで冗談を言うかのように、まるで風で飛ぶ落ち葉のように、二人は軽く言ってみせた。




「断るのを分かってた」




「断られるのは分かってた」




 難問の答えは、更なる難問を積み重ねてきた。無理だと分かっていながら、どうしてあんな真似をしたのだろう。僕が疑問に思った事を口に出すよりも先に、彼はその答えを言ってくれた。




「俺達の距離感を正す為だ」




 始業のチャイムが鳴った。気付けば、二人は目の前から消えていた。教室に戻ろうとしたが、どうしてかそういう気分にならず、僕は学校から抜け出した。




 街中を彷徨いながら、行き着いた先は古びた店。通りにある流行に敏感な店とは違い、その店は古臭く、時代に取り残されていた。その時の僕がどういう気持ちだったかは憶えていないが、僕はその店に入った。




 店の中は年季の入った壁に囲まれ、床に固定された数席のカウンター席だけがある喫茶店だった。




「……珍しい。お客さんだ」 




 古臭い店とは正反対の、およそ二十代後半の女性がそう言った。スラッとした所謂モデル体型で、長い後ろ髪を肩に掛け、まだ夏になったばかりだというのに黒のタートルネックニットを着ていた。


  


「店員さん?」




「そう見えるの?」




 今思い出しても、おかしな返答だった。店の中、しかもカウンター側に立っているというのに、女性はワザと疑問を覚えさせてきた。


   


「そっち側にいるって事は、店員さんじゃないんですか?」




「ここに立ってたら店員なら、誰だって店員になれる。君もこっちに来たら、君も店員って事になる」




「どうして話を拗らせるんですか?」




「ここをお店として入ってきたのが珍しいからよ。どう見たって廃墟な外観だったでしょ? 普通は通り過ぎて行くよ」




「僕だって何で入ったのかは分かりません。ただ……自然と入ってた。もしお店じゃなく、ここがアナタの家なら帰ります。勝手に入って、すみませんでした」




 女性に頭を下げ、僕は店から出ようとした。




 すると、後ろから笑い声が聞こえてきた。必死に抑え込もうとするが、隙間から漏れてしまったような笑い声。




 振り向くと、女性は袖を口に当てながら、僕を見て笑っていた。




「どうして笑ってるんですか?」




「だ、だって……君さ……フフ……アハハハ! 君って、変な子だね!」




「変?」




「そうだよ。だって君、私と会話してるのに、全部自分の内で解決しようとしたじゃない。他人と喋った事無いの?」




「人並みには、経験してると思います」




「アハハハ! その言葉選びも変!」




 物静かな雰囲気とは裏腹に、彼女は豪快に笑っていた。思えば、そんな彼女を見てから、僕に変化が訪れたんだと思う。 




「ごめんね、さっきから笑ってばっかで。でも、やっぱり君は変な子だよ」




「そうでしょうか?」




「ほら、また。普通は怒るんだよ? 他人に変だと言われて笑われるのは。そんな気持ちにならない?」




「ええ。よく笑う方だな、としか」




「……君、名前は?」




「羽柴、ミチル」




「お姉さんはね、沙耶。このカフェの代理人。本当の店長は、私のお爺ちゃん。今お爺ちゃんは病院にいて、戻ってくるまでの代理」




「そうですか……どうして、そこまで教えてくれるんですか?」




 沙耶さんはカウンターから出てくると、僕のすぐ目の前で止まって、人差し指で僕の左胸を突いた。




「明日から君もここで働いて」




「……え?」




 恋を理解出来ない僕は、彷徨い行き着いた先で沙耶さんと出会った。




 綺麗で、不思議で、夢のような彼女との日々。

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