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銀子はにやりとしながら呟いた。しかし、そんな銀子の横に蒼司は並ぶ。
「銀子さん、ちょっと待ってください」
隣に並んだ蒼司の顔を銀子は怪訝な顔で見詰めた。蒼司がなにを考えているのか、その表情からは読み取れない。
「なにをする気だい? あいつはもう正気じゃないよ」
「えぇ、分かっています……でも」
蒼司は男を真っ直ぐに見詰め、一歩踏み出した。銀子は警戒し、きなこも蒼司を庇うように寄り添う。
「おい、彌勒堂、大丈夫なのか⁉」
堀井と田中は蒼褪めたまま蒼司の背を見詰める。蒼司がなにをしようとしているのか理解出来ない。珠子ですら心配顔だ。しかし、蒼司は堀井の言葉に返事を返すことはない。縊鬼は明らかに蒼司に対し、敵意を向けているが、男からは敵意や怒りとはなにか違うものを感じる。
「君たちは一体なにをしたいの? どうして死にたいと思うの?」
「? なにを言ってんだ? そいつは縊鬼とやらに憑かれているんだろう? 死にたい訳ないだろう」
堀井は怪訝な顔をするが、蒼司は少しだけ堀井に振り向くと頷き、そしてまた男を見た。男を真っ直ぐに見詰めたまま蒼司は言葉を続ける。
「縊鬼に憑かれたきっかけはおそらくこの方の心の闇。なにかに悩んでいたのか、元々自殺願望があったのか。なんにせよ、そこに付け込まれたんですよ。いや、付け込まれたというか、縊鬼のほうが引き寄せられた? いや、違うかな……」
はて、といった顔で顎に手をやり、首を傾げる蒼司。堀井や田中は訳が分からないといった顔だ。
「なに呑気に考え込んでんだ!」
堀井が叫んだと同時に男が再び突進してくる。きなこが大きく跳躍し、一気に男の頭上まで飛んだ。大きさを感じさせずふわりと軽やかに飛んだきなこは一気に男を押し倒し、男の身体を抑え込む。男は声にならない叫び声を上げ、縊鬼は怒りのままに妖力を放出し、きなこに襲い掛かる。
『ジャマヲスルナ‼ ジャマヲスルナ‼』
きなこの首に纏わり付いた縊鬼は一気にきなこの首を絞め上げ、きなこは苦しさのあまり叫ぶような鳴き声を上げる。
「きなこさん‼」
蒼司が叫んだと同時に銀子も軽やかに跳躍し、きなこの首を絞め上げる縊鬼の身体ごと大きく斬り裂いた。腕を振り上げ、鋭い爪が伸びた手を振り下ろし、縊鬼の腕を斬り落とす。
『ギャァァァア‼』
叫び声を上げた縊鬼はきなこから離れ、その瞬間銀子は再び大きく腕を振り上げた。
「きなこ!」
銀子が腕を振り下ろす直前、きなこに目配せをして叫ぶと、きなこはすぐさま銀子の言いたいことを察したのか、縊鬼から飛び退き、それと同時に男の首根っこに齧り付き、引っ張り上げた。男を咥えたまま大きく跳躍したきなこはふわりと蒼司の傍に着地し、男を横たわらせる。
銀子は男が離れたと同時に腕を振り下ろし、縊鬼を斬り裂いた。再び悲鳴に似た叫び声を上げた縊鬼からは黒い影が霧散し、じゅうじゅうと音を上げ、蒸発していくように真っ黒の影が昇天していった。
男は意識を失い倒れ込み眠っている。その様子に蒼司は安心し、堀井と田中が男に駆け寄り介抱した。堀井も田中もなにが起こったのか理解不能といった顔で蒼司と銀子を見守る。縊鬼から霧散していく黒い影が次第に薄くなっていくと、その中心にはなにやらひと回りほど小さくなったなにかが
銀子に見守られながら蒼司は蹲る縊鬼の前まで来ると、しゃがみ込み膝を付いた。
「ねぇ、君はなにがしたかったの?」
蒼司は落ち着いた声でゆっくりと言葉にした。子供がまるでかくれんぼの鬼をしているかのように、蹲り頭を伏せ、必死に周りを見ないようにしているかのような縊鬼。蒼司の言葉にピクリと身体を震わせ、ゆっくりと頭を持ち上げた縊鬼のその姿は先程までの悍ましい鬼のような姿ではない。それはまだ少女と呼べそうなほどの幼さを残す女の姿だった。振り乱していた髪は長く綺麗な黒髪。泣き腫らしたかのような瞳は虚ろ気ではあったが、しかし、先程まで怒り狂っていた瞳はもうない。縊鬼は自身の目の前に膝を付く蒼司をぼんやりと見詰めた。そしてか細く消え入りそうな声で囁く。
『寂しいよ……怖いよ……ひとりは嫌だ……怖い……怖いよ……ごめんなさい……ごめんなさい……おかあさん……』
ぽつりぽつりと呟いた縊鬼の言葉は住人の男を介抱していた堀井の耳にも届いたようだ。悲痛な顔で縊鬼と蒼司を見詰める。蒼司はそっと縊鬼の頭に手を伸ばした。そしてふわりと撫でると微笑んだ。
「大丈夫だよ、もうひとりじゃないよ。怖かったね……ひとりで辛かったね。君はもうひとりで苦しまなくても良いんだよ。良かったらうちに来るかい? 君とお友達になってくれるあやかしがたくさんいるよ」
『お友達……?』
「うん、僕たちの住むところにはね、君のように過去に辛い想いをしたあやかしがたくさんいるんだよ。もうひとりじゃないよ」
縊鬼は蒼司の言葉を聞くと、ほんの少しだけ目を見開き驚いたような表情となるが、しかし、すぐさまふわりと微笑んだ。それは先程までの悍ましい鬼の顔でも、虚ろな瞳でもない。嬉しそうに優しく微笑んだ顔は、この少女の元来の姿なのだろう。瞳に灯りが灯るかのように蒼司の姿を映した目には薄っすらと涙が浮かぶ。
『ありがとう』
縊鬼はそう呟くと、嬉しそうな微笑みを浮かべながら淡く光り出し、身体は雪が解けるように小さな光の粒となって空へと消えて行った。
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