ある日の会話(乙女の決意は揺るがない──)

「マリっぺ、おはよー! 今日はいつもより早いじゃん」

「おはよー、ゆかチョン。だって今日は、ほら、あの日だからさ」


「おおっと、わかってるよ。分かってる。幼馴染で小さい頃から一緒の行動をしてきた『マリッペの双子の片割れゆかチョン』て言われてるのは伊達じゃないのを知らないのかい」

「そんなに胸を反らなくても、オッパイ大きくないのは分かってるから大丈夫だよ。それよりも、そんなに大声で叫ばないでよ、まだ朝早くだからって朝練で来てる子達もいるんだから、恥ずかしいじゃない」


「もぎゅ、もぎゅ。ぷふぁー、苦しいじゃん。何もいきなり私の口を塞がなくても良いでしょ! 人差し指さえ立ててくれれば、阿吽の呼吸で口のボリューム下げるのにぃ」

「えへへ、ごめんよ、ごめんねゆかチョン。だってさ、今日は待ちに待ったあの日だから、ちょっとテンション高いの」



「うんうん分かるよその気持ち。横で見ててもマリっぺの本気度がマックスだって、編み込んだ三つ編みの完成度が半端じゃないのが如実に物語ってるわ」

「ふふふ、いつもよりも一時間早く起きて編み込んだからね。さすが我が親友良いところに気がつくわね」


「それに、ほらアレでしょ? リップクリームも、いつもの百均のじゃなくて駅ビルに入ってる高級化粧品店の何とかいうブランドのでしょ! だってツヤが違うもん。もう眩しくてマリっぺの唇を直視出来ないよ」

「ううう。何でそこまで分かるの! だってもしも、もしもよ。ことが進んで唇奪われちゃったらさ、ファーストキッスはいい思い出にしたいじゃん」


「きゃ! なになに、そこまで進んじゃうの? マリっぺ、実はむっつりポメポメってヤツかしら。もう顔まで真っ赤にしちゃって、ダメだよ今さら両手で顔隠しても」

「だだ、だってさ。少女マンガとかライトノベルとか読むと、高校生の男子はブレーキ効かないみたいだから。一応準備だけはしておかないと……」


「ふーん。そうかぁ、そう来るかぁ。ねぇねぇ、もしかしたらだけど、黙ってるから私にだけは教えて。もしかしたら下着も、今日は勝負下着はいてきてたり、するの?」

「あわわわ。なななんで、分かっちゃうの。だって図書館の裏手に誘われた時に、いつもはいてる洗いざらしのブラとパンツじゃ失礼でしょ!」


「なに青ざめた顔してそんなこと言うのよ。もうー、顔を赤くしたり青くしたり忙しいんだから。大丈夫だよ、マリっぺの選ぶような男子は羊の皮を被ったオオカミじゃないから。たぶん図書館の裏はないよ」

「だだって、どんな小説読んでも、オトコはオオカミだ、って書いてあるよ!」


「あんた、ちょっと読んでる作品偏りすぎじゃない? もっと幅広く読み込んでみなよ。好きな子に意思表示するものできない、告白されただけで舞い上がっちゃうウブな男子もいるんだよ!」

「え、まじ! 今どきそんな男の子がいるの? どこの作品よ、そんな男子が出てくるのって。カドクラ出版のでんげき文庫とか富士山書房のファンタジー文庫とか?」


「うーん。とにかく、あるから。自分で探してごらんよ。好きって言われて、ドキドキが止まらない男子が出てくる作品!」

「わ、分かったよ。ゆかチョンにそこまで言われちゃね。あ、でも今日はもうこのまま最後まで行ける用意しちゃったから。たとえ大親友のアドバイスがあっても、乙女の決意は揺らがないからね──」


「はいはい、まあ何でも用意周到なのはマリっぺのいつものくせみたいなものだから、わたしゃぁ無理に止めたりしないわよ。どうせ勝負下着が空振りに終わるだけだしね」

「ううう、いいもん。その時はまた新しく買うから……」


「はいはい。マリっぺのそんなに落ち込んだ姿を見たら、愛おしくて、思わず綺麗にまとめた三つ編み、なでなでしたくなっちゃうじゃん。はあはあ」

「ありがとね。とりあえずゆかチョンと会話してたら、なんか落ち着いてきたよ。そろそろ田中くんも登校してくる時間だから、私行くね。応援しててね」


「え! マリっぺの思いびとってあの田中くんだったの? おとなしくて優しい鈴木くんじゃあ……」

「うん、あの田中くんだよ。送りオオカミって呼ばれてる田中くん。だから、告白なんかしちゃったら、放課後に図書館の裏手に呼び出されちゃうかも、ね」


(了)

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