第十九話:偽りの創造主、心臓の在り処
『わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。』
――ヨハネの黙示録 22章 13節
システィーナ礼拝堂は、神と偽神、創造と破壊、信仰と冒涜が激突する最終決戦の舞台と化していた。偽りの創造主デミウルゴス(セルジオ)の力は、まさに神域に迫るものだった。闇を凝縮した剣は空間を歪め、その動きは瞬きすら許さない。
「ハァ…ハァ…!」ヤマダは荒い息をつきながら、デミウルゴスの猛攻を必死に捌いていた。霊薬と地下の聖ペテロの加護があっても、その一撃は骨を砕き、気を削る。黄金のオーラも消耗し、明滅を繰り返している。
「ウホォォォ!」バラキエルもまた、その怪力と野生の勘でデミウルゴスに食らいつくが、決定打を与えるには至らない。デミウルゴスは、まるで戯れるかのようにバラキエルの攻撃を受け流し、時には強烈なエネルギー波でバラキエルを何度も壁に叩きつける!
『無駄ですよ、不完全な創造物ども』デミウルゴスは、絶対的な余裕を見せる。『あなた方の抵抗は、宇宙の法則に対する無意味な反抗に過ぎません。私の創り上げたこの世界は、私の手によって完成されるのです』
その時、後方から、力強い祈りの声が響き渡った!
「おお、父なる神よ! 我が罪深き魂を憐れみたまえ! 長きに渡り、偽りの光に目を眩まされ、あなたの御心に背き続けたこの私をお赦しください! ですが、この魂に、まだ一欠片でも真実の信仰が残されているならば! どうか、その力を、今、ここにいるあなたの忠実なる僕たちにお与えください! 悪しき者を打ち砕き、あなたの栄光を再びこの地に輝かせるために!」
アルドブランディーニ枢機卿だ! 彼は膝をつき、天を仰ぎ、心からの悔恨と、次期教皇にふさわしい高潔な魂から発せられる、純粋で強力な祈りを捧げていた!
その祈りは、黄金の光の柱となって天に昇り、天井画の中心で脈打つ『心臓』の幻影に触れた!
バチチチッ!!!
幻影が激しく明滅し、不安定に揺らぐ! それと同時に、デミウルゴスの身体からも力が僅かに抜けるのが見えた!
『この祈り…我が『器』と認めただけのことはあるな…。実に…鬱陶しい!』
デミウルゴスの動きが、ほんの一瞬、しかし明確に鈍った! アルドブランディーニの真の信仰が、偽りの神の力を僅かながらも弱体化させたのだ!
(今だ!)ヤマダとバラキエルは、その千載一遇の好機を見逃さない!
「聖・双龍撃(サンクトゥス・ソウリュウゲキ)!」ヤマダの左右の拳が、天と地の龍となりてデミウルゴスを襲う!
「ウホォォォ!」バラキエルも、渾身の力を込めたダブルアックスハンドルを叩き込む!
『…少しは楽しませるようだな、やがて死せる者どもが!』
デミウルゴスは、弱体化したとはいえ、依然として強大だった! 二人の同時攻撃を、闇の触手のようなエネルギーを放って受け止め、そして爆発的な力で二人を激しく弾き飛ばした!
「ぐはっ!」
「ウゴッ!」
ヤマダとバラキエルは、壁や瓦礫に叩きつけられ、深手を負い、一時的に動きを封じられる!
(ダメだ…アルドブランディーニ様の祈りでも、一瞬しか…! あの心臓…天井の心臓を直接破壊しないといけないのか…!?)
後方で戦況を見守っていたルカは、絶望的な状況に唇を噛みしめていた。彼は、聖槍『ランス・オブ・カシウス』を握りしめ、必死に活路を探る。
その時、ルカの握る聖槍が、再び微かに脈打った! そして、彼の脳裏に、カッシウス枢機卿の声が響いた!
『…若者よ…惑わされるな…真の心臓は…あそこにはない…』
「え…?」
『…見よ…苦難を受け入れ、全てを赦し給うた、彼の御許(みもと)にこそ…!』
ルカは、カッシウスの声に導かれるように、振り返った! …磔刑像だ!システィーナ礼拝堂の正面にある、恐らくは中世に作られたであろう、等身大に近い、木彫りのキリスト磔刑像! そこに、微かに、しかし確かに、禍々しいエネルギーが渦巻いているのを感じた!
(まさか…! あんな場所に…! 聖なる像の中に、邪悪な心臓を隠していたというのか!? なんという冒涜!)
ルカは葛藤する。(だが、聖像を破壊するなど…!)しかし、カッシウスの導きと、仲間たちの危機が、彼に決断を迫る!
「…主よ、お許しください…! あなたの御名を汚すつもりはありません! ですが、この悪を滅するために! 我らに、力を!」
ルカは十字を切り、聖槍『ランス・オブ・カシウス』を逆手に構え、祭壇へと疾走した! 彼は、祭壇を踏み台にして高く跳躍! その姿は、まるでルーベンスが描いた『キリスト昇架』の兵士のように、あるいは、キリストの脇腹を突いたとされる百人隊長ロンギヌスそのもののように、悲壮な決意を漲らせていた!
そして、彼は空中で体勢を整え、落下しながら、自らの手で聖槍を、磔刑像の左脇腹めがけて、力強く突き立てた!
ガッ!!!
槍の穂先が、木彫りの像を貫き、その内部に隠されていた『何か』を捉える、生々しい感触!
次の瞬間、磔刑像の内部から、激しい赤黒い閃光と共に、脈打つ巨大な『アルファ・エト・オメガの心臓』の実体が、現実世界に引きずり出されるように姿を現した! それは、おぞましい数の血管のようなものが絡み合い、不気味な鼓動を繰り返す、まさに混沌の塊!
同時に、天井で脈打っていた心臓の幻影が、ガラスのように砕け散った!
『な…にぃぃぃ!? 我が力の源(みなもと)が…! よくも…よくも我が聖域(サンクトゥム)をぉぉぉぉっ!!!』
デミウルゴスが、これまでにない激しい怒りと苦痛に満ちた咆哮を上げる! 心臓と繋がっていたエネルギー供給が断たれ、あるいは暴走し始め、彼の力が急速に不安定になっていく! その身体からは、制御しきれない黒いエネルギーが奔流のように溢れ出す!
「やった! ルカ!」ヤマダが叫ぶ!
だが、デミウルゴスはまだ倒れない! むしろ、心臓の破壊によって完全に箍(たが)が外れたのか、その怒りと憎悪が、暴走するエネルギーと結びつき、彼の存在そのものを、さらに禍々しく、破壊的な形態へと変貌させていく!
『…許さん…許さんぞ、人間どもぉぉぉ!!! 我が創造したこの世界ごと、貴様らを塵芥へと還してくれるわぁぁぁ!!!』
もはやセルジオの姿は微塵もなく、そこには黒い炎と闇、そして無数の苦悶の顔が浮かび上がる、巨大な混沌の巨人が立っていた! その力は、心臓があった時よりも、ある意味で純粋な破壊力においては上回っているかもしれない! まさに、怒れる偽神の最終形態!
混沌の巨人が、その巨大な腕を振り上げ、ヤマダ、ルカ、バラキエル、そしてアルドブランディーニをまとめて消し去らんと、絶望的な破壊のエネルギーを凝縮させ始めた!
神聖なる試練は、最後の希望すら打ち砕かれようとしていた。老いたる求道者、聖槍を握る若者、忠実なる賢き獣、そして贖罪を誓う枢機卿。彼らの灯した信仰の光は、怒れる偽神の最終形態を前に、あまりにも無力なのか? 全能の父なる神は、沈黙を守ったまま、この結末をただ見守るのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます