第14話 雪の国① 

燦燦と降り注ぐ白い粉、よく見るとそれは雪である。王都より北上し続けた飛行船はいつしか雪に覆われた大地の遥か上空を飛んでいる。北の果てに位置する雪国に向かう人間は殆どいない――王都を発った時点では所狭しと旅人や観光客、あるいは地方へ出稼ぎに向かう労働者でごった返していた飛行船は、今や辺りを駆け回れるほどに人の数を減らしている。多くはこの地に着く前に下船してしまうからだ。


『次はあ~~ノウルウェック。終点でえす。こっから先い、崖や山しかありやせんがあ、剣の国『ゼン』に向かう”命知らず”さんはあ、『誓約書』を書いてえ、キハラ山道をご利用くだせえ~』


――気抜けするような車掌のアナウンス。拡音石のスピーカーで飛行船中に聞こえる声は、飛行船の旅路ももうすぐ終わることを教えていた。


この地——ノウルウェックは、剣の修行地として名高い剣の国『ゼン』の最寄だ。ゼンは王国の最果て、ノウルウェックよりさらに北に位置する場所のため、ゼンに向かうにはゼンとノウルウェックの境にある『キハラ山』という山の山道を利用する必要がある。


だがこの山道、人食い鬼や魔界由来の魔獣が闊歩する王国屈指の危険地帯として有名である。毎年——というより、”毎日”必ず一人は魔獣に喰われて死ぬ人間が出るので、”死んでも文句言いません”という内容の『誓約書』を書かなければ山道を渡ることが出来ないのである。


さて――飛行船は高度を落とし、目的地のノウルウェック駅に到着する。


多くが剣を抱えた厳めしい男たちの群れの中、一人フードを被り足音を全く立てず降りゆく男たちの間をすり抜けていく人影——降りゆく男たちも相応の手練れであろうに、背後を取られたことにもその人影は気づかせていないようだった。


「よーこそーー!! ノウルウェックへ!!」


――そんな希釈した気配をものともしない存在感たっぷりの大声が響く。


下船したフードの男に向けてとっとっと駆け寄る女性——白く染まった街に白銀の髪が良く映える彼女はフン!と鼻息荒く男に駆け寄ると、薄く男の頭に積もった雪をパッパッと掃うと街を指さし言った。


「長旅お疲れっ! どう? 綺麗な街でしょ!!」


レンガ造りと雪雲に覆われた空のために昼間でも薄暗いノウルウェックは日中でも街灯が点いている。街灯の光としんしんと降り注ぐ雪がぼんやりとした幻想的な雰囲気を作りだしているのがいるのがノウルウェックの日常だ。


「⋯⋯うむ、嫌いではないな」


フード越しに聞こえるややくぐもった低音ボイス。


すると女性はむうと頬を膨らませ腰に手をあてる。


「嫌いではない~? なーんかあまり好きじゃないみたいっ!」


「フッ⋯⋯北の大地に来たのは初めてでな。これから街のことを知ればいずれ今以上に好きになれるだろう。それに――ノウルウェック領主自ら出迎えとは恐縮な限りだ。恩に着るぞ、クラリス・ベルン」


「えっへん!」と胸を――厚着の毛皮コート越しにも分かる巨乳の持ち主である彼女が胸を張ると強烈なインパクトだが――フードの男を寒空の下で出迎えていたのは、先日議会堂にも顔を見せていたノウルウェック領主のクラリス・ベルンだ。


フードを外す男——金髪に緑の瞳が現れる。

額の火傷の跡が厳つさを醸し出すも、どことなく高貴なオーラも感じさせる男。腰には金色の聖剣が光る男の名は――ハインツ・ピスタ。非公式ながら現国王の弟でもあり、現在は七公イルーガ・マクデスシュブルム卿の右腕でもある王国の要人だ。


そんな彼が北の果て、ノウルウェックを訪れたのは――


「⋯⋯ところで雪娘よ、あれからマーレッドを目撃した者はいないのか?」


「なによう、雪娘って! 私のことは名前でクラリスって呼んでよっ!」


「肌が真白なお前を見てると雪のようでな――年も十八だろう? 子はいないが、私の年齢では娘も同然だ。そんなことはさておき――マーレッドは?」


脱線しかけた話を戻すハインツ――彼がこの地を訪れたのはマーレッドを探すためであった。マーレッド探しの任はイルーガ直々の命令でもある。当然、失敗は許されない任務であったが、ハインツ自身は『見つかればいいな』くらいの認識であった。


元よりイブキにはさして興味のないハインツ。主がイブキを助けるのに入れ込んでいるのも「また人助けしてるのか」くらいの認識である。かつて自分に対してそうだったように――イルーガは人を助けるのに執着すら感じるほど熱心だからだ。一方ハインツはそれほどでもない――無論、イルーガの命令とあらば誰を助けるのだとしてもやってみせてしまうのだが。


「まあまあ、その話は私のお家でしようよ。出来立てのジンポットティーでも飲みながらさっ」


寒空で立ち話もそこそこに二人は場所を移す――やって来たのはノウルウェック領事館だ。北部最果ての地方都市であるノウルウェックは北部に関する情報と、最寄りの『ゼン』に関する情報が多く入ってくる。ノウルウェックを越えると雪原が延々と広がる第十二辺境地『ペリュー』があるが、ペリューを越えた先は『魔界』であるため、魔王軍の動向もたびたび耳にする場でもある。


領事館は二階建ての横に広いレンガ建ての建物であり、中に入ると暖炉の温もりとほんのりと甘い薬草のような匂いが満ちている。「そこ座って」とクラリスに椅子を促されると、暫くしてクラリス自ら茶色の粘度の高い液体がティーカップに入ったものを持ってきた。


「ほう⋯⋯これがノウルウェック名物と名高いジンポットティーか。さて、頂くとする――うむ、控えめな甘さに独特な香りがいいアクセントだ。体も温まる」


「キハラ山の麓に生えてるジンポットっていう薬草を煎って香りを出したものを、ゆっくりお湯で淹れて砂糖を溶かしたのがジンポットティーなの。王都では滅多に飲めない高級茶だけどこの地域ではよく飲まれてるよ」


「ジンポットは日持ちしない薬草だからな――王都に持ち込むのは難しい。いやはや初めて飲んだが中々の逸品だ。これはお前が淹れたのか?」


「うん!」と嬉しそうに頷くクラリス。

聞くところによるとクラリスのジンポットティーはそれ目当てに王都から客人がくるほどの名物らしい。「見事だ」と賛辞を贈るハインツに頬をほのかに赤くして嬉しそうなクラリス。引き続きハインツはカップを口に運ぶ。


しばしの間茶を楽しむ時間が続き――カップも空になった。


するとハインツはカップをコトンと置く。


「さて、温まったところで流浪の大英傑の居場所に見当をつけるとするか――マーレッドの行方は分かっているのか?」


対しクラリスは「よっこらせ」とハインツに向かい合う椅子に座る。


「マーレッドの弟子——あ、前に言ったエルフの血を引く子ね?」


「エルフの血を引いているのは初耳だ」


「そっか言ってなかった――て、それはいいや。その子は、五年くらい『マーレッドっぽい人』の指導を受けてたらしいんだけど、つい最近「もうお前に教えることはない」て言って師匠は消えちゃったんだって」


「ほう、たったの五年でブリザードラゴンを一人で倒せるようになるのは凄まじい才能だ。マーレッドに勝るとも劣らぬ」


するとハインツの言葉にクラリスは「えっとね――」と天井を見ながら視線を彷徨わせる――まるで心に隠し事でもあるかのように。


「——何かやましいことでもあるのか?」


「ぜ、ぜぜ、全然!?  そ、そ、そんなことないし!!?」


コイツは嘘をつけないタイプか―—と内心呟くハインツ。

議会堂ではイルーガは「たった一人でブリザードラゴンを倒した」と証言したという。まさか、まさかとは思うが――


「——おい雪娘。まさか『本当は一人じゃないが、話を盛って報告した』なんてことではないだろうな⋯⋯!!」


ヒューヒュー♪とへったクソな口笛が聞こえる――


「雪娘エ!!! 貴様ア!!!」


「ごめんなさいいいいいいいい!!!」


荒ぶるドラゴンに尻を焼かれるウサギの如くハインツの怒声に「ヒイー!」と涙目で丸くなるクラリスだがハインツには知ったことではない。議会堂での虚偽申告は牢屋行きの重罪だ――ましてそれを主であるイルーガに言わせたとなれば、最早イルーガを貶めたも同然である。


「だってえ!! リュカ君に話を聞いた時はそう言ってたんだもん!! けど、ノウルウェックこっちに戻ってきたら「嘘をついた。ホントは殆ど師匠がやって、止めだけ自分が刺した」ってえ⋯⋯」


「リュカとやらが嘘をついていたとして――マーレッドの功績に『ブリザードラゴンを一人で倒す』レベルの人間を育成したと報告した以上、やっぱり嘘でしたが通用すると思ってるわけではなかろう!!」


ハア!!と数年ぶりに大きくため息をつくとドカッと座るハインツ。うえーん!と大泣きしだしたクラリスに「泣くな! 私の方が泣きたいのだぞ!」と一喝するが、いずれにせよ面倒なことになった。このままではイルーガが偽証罪で牢屋行き――それを回避するには『意地でもブリザードラゴンを単騎撃破出来るレベルまで』、リュカという青年に成長してもらうか、その辺に英傑級の素材が落ちているのを期待するしかない。そして後者は限りなく可能性はゼロだ。


「⋯⋯唯一の救いは”止めは”自分で刺せていることか。ブリザードラゴンほどの上級種族魔獣となると刃を突き立てるだけでも相応の力量がいる。かすり傷も負わせられん雑魚であればどうしたものかと思ったが――」


全く⋯⋯と呟くと、懐からゴソゴソと一枚のくたびれた羊皮紙——見るとボサボサの黒髪をトゲトゲに固めたパンクな髪型の、やや目つきの悪い男の顔が描かれている紙を取り出し、机に広げるハインツ。


「——マーレッド探しのついでに”こっち”の仕事もしようと思っていたが、それどころではなくなってしまったな」


「なあにこれ?」と涙目でも興味津々に顔を覗かせるクラリス――が、すぐに「あっ!」と驚き眼で叫ぶと羊皮紙を指さす。


「この人!! さっき領事館にも王都から通知が来たの!」


駆け足で走り去るとすぐにクラリスはハインツが持っていた羊皮紙のそれを全く同じものを持って来る彼女。その紙には赤字で『要注意!! 王都より王国全土に指名手配!! 見つけ次第、近隣の領事館へ連絡せよ!!』と書かれていた。


「先日ノウルウェックで目撃情報があって! 私も警戒してたとこ!」


「やはりか――我が主より課された『任務』はもう一つあってな。この男を捕まえよと言われている。マーレッドと違い、こちらは『生死を問わず』だ」


「この人――あの”革命派”の⋯⋯?」


生死を問わず。

即ち――『捕まえる過程で死んでも構わない』ということ。


羊皮紙を胸に仕舞うと、ハインツはクラリスに告げる。


「この男の名はブランゴ・アドゥルエミ。魔界とも繋がりを持つ――闇に堕ちし元勇者と元魔女の集団、”黒騎士”と”黒魔女”が集まり結成された『ブランゴ革命戦線』のリーダー。武力による王国転覆を企てる第一級指名手配犯だ」

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