第12話 鬼の少女。メフィストの怒り
少女――いや、少女?は激怒していた。
いや、現在進行形で、激怒している。
遠くて赤く何かが燃えている。
ゴツゴツの岩場の中に、その場に合わないデスクがある。サラリーマンが座っているようなデスクだ。
そこに座り、俺を怒鳴る少女。
ピンク色のショートヘア。血のように真っ赤な角。
瞳も角と同じ色をしている。
フォーマルな黒いスーツに、白いシャツ。ネクタイはなし。首元のボタンが外れて、白い肌が覗いている。
その肌も顔立ちも、びっくりするくらい整っていた。
角があることを除けば――いや、なくても――
綺麗な子だなって、思わず見とれてしまったくらいだ。
「ねえ、聞いてるの?」
少女が怒ったように声をあげる。
けれどその声が、アニメキャラみたいに可愛らしくて。
本気で怒ってるのか、ちょっと疑ってしまう。
それでも、俺には聞き覚えがあった。
ヒントをくれたり、回路を切り替えてくれたりしていた、あの声だ。
「ごめんなさい。聞いてませんでした」
「……本当に勘弁してよね。仕事を減らそうって思ってたのに、余計な仕事増やさないでよ!」
少女がぷりぷり怒る。
とりあえず俺は、素直に謝った。
自分の体を見ようとしたけれど、何もなかった。
魂だけの状態なのだろう。
それに、少女が怒っている理由も、何となく察せた。
「なんで私が怒ってるか、分かってる?」
少女は、机の上の書類をめくりながら、上司みたいな口調で言う。
「すみません。分かりません」
そう答えると、「少しは考えなさいよ!」と、さらに怒られた。
「あなたが、絶好のチャンスを無駄にしたからよ!せっかく閻魔の隙を見つけて、人間になれるように回路を切り替えてあげたのに……!あんなしょうもないことで死んじゃって……!こっちのことも、少しは考えなさいよ!」
パシッと、書類が机に叩きつけられる。
「……そんなこと言われても。いまいち分かってなくて」
「もういいわ。閻魔も最近仕事でてんやわんやだし、ルールも形だけみたいなもんだから。話してあげる。それで成果を見せなさい」
「わかりました」
俺は、とにかくこの少女の機嫌を損ねないように、慎重に答えた。
「まず、私はメフィスト。メフィストさんって呼びなさい。閻魔の秘書をやってるけど、劣悪な魂が増えすぎて現場に駆り出されてるの」
たぶん、俺、今ボケーっとした顔してる。
顔ないけど。
それを感じ取ったのか、メフィストはじろりと俺を睨んだ。
「分からないことは、最後にまとめて聞いて。……現世で罪を犯した魂は、天国に行けない。代わりに、輪廻の回路に放り込まれて、己の罪に気付くまで延々と転生を繰り返す。あなたみたいに」
「…………」
「昔はそんな魂も少なかった。けど最近は、病んだり、事件を起こしたりした魂が爆増してるの。あなたみたいに」
メフィストは最後の一言だけ、ぐっと強く言った。
「転生を繰り返すうちに記憶がこんがらがって、永遠に回路から出られなくなる魂もいれば、自分の罪に気づいて、償って、抜け出す魂もいる。……でもね? 抜け出す魂より、入ってくる魂の方が圧倒的に多いわけ」
メフィストの苛立ちは止まらない。
「だから! 効率よく助けて回路から出してあげれば、私たちの仕事も減るのに! 閻魔のバカったら、“魂の救出に関与するな”って一点張りなのよ! そのくせ忙しいから手伝えって……馬鹿じゃないのって話!」
閻魔……。
やっぱり、ここ、地獄的な何かだよな。
そんな上司の愚痴を聞かされるなんて思ってもみなかった。
吹き出してしまった。
……口はないけど。
「つまり、罪を負った魂が回路から早く出られるように、こっそりサポートしてるってことか。俺を助けたのもそのため。前例を作りたかったんだな?」
「そうよ。私は楽したいから秘書になったのに……! あなたがそれを台無しにしてくれたの!」
メフィストはわなわなと震えている。
「一つだけ聞かせてほしい。……罪を犯した魂は、輪廻から出なきゃいけないの? 俺、転生してる間に、悪くない人生もあった気がする。……そのままでも、別に悪くはないと思う」
「……どうでもいい」
メフィストは冷たく言い放った。
「私たちが求めてるのは、“ちゃんと浄化された魂”なの。いいかどうかなんて、魂の気分は関係ない。……本当に“そのままでいい”って思ってるなら、海の底の、誰にも気づかれない場所で、永遠に死ねない石ころにでも転生させてあげるわ。超低級輪廻回路にぶち込んでやる」
「……」
「あなたは最初の魂の時に、自殺を選んだ。どこまで記憶があるか知らないけど、その死に方が問題なの。それがあなたの罪。思い出しなさい。……それだけは、自分の力でないと意味がないの』
少女――メフィストさんは指を鳴らした。
次の瞬間、世界がただの真っ暗になり、少女の姿も消えた。
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