第6話 事故

8月に入り、妹から日程が送られてきた。

『引越しの件なんだけどさ。8月×日に来てくれない?』

そう妹からメッセージが送られてきていた。

8月に入り、妹から日程が送られてきた。

大架はスマホを手に取り、自身のスケジュールを確認する。

休日で、その前後には大きな仕事は入っていない。

おそらく問題ないはずだ。

『わかった。その日なら行けるよ』

そう返信すると、すぐに既読がついた。

『ありがとう』

そう短く返ってきていた。


新しい環境での生活に向けて、少しでも手伝えればと思うが、それ以上に、久しぶりに直接会うのが少し気がかりだった。

なんせ会うのは高校以来だ。

できれば、両親に会うことも控えたい。


最近、妹とはLINEのやりとりこそあるものの、実際に会うのはずいぶん久しぶりだ。

何か変わったことはないか、元気にしているのだろうか。

そんなことを考えながら、大架はカレンダーにその日程を記し、ため息をついた。

「……大丈夫かな」

久々に会う妹の顔を思い浮かべながら、大架はスマホを置いた。



大架は休日になり、地元である大阪に向かうことにした。

相変わらずの暑さだ。

夏も本番といったところだろうか。

東京駅から大阪行きの新幹線に乗る。

車内は思ったより混んでいたが、指定席を取っていたため問題なく座れた。

缶コーヒーを開け、一口飲む。

スマホを取り出し、妹から送られてきた住所を確認する。

新大阪駅から電車を乗り継ぎ、さらに徒歩で数十分の場所にある。

あの忌まわしき実家。

「……遠いな」

小さくつぶやき、スマホをポケットにしまう。

新幹線は揺れることなく、なめらかに西へと進んでいった。


数時間後、無事に新大阪駅へと着いた。

一旦、妹とはここで待ち合わせる約束をしている。

駅構内から出て、あたりを見渡すがそれらしき人影はいない。

「ぐう〜」

大架の腹の虫が鳴る。

「…まずは飯かな」

立ち食いそば、カレー、たこ焼き――大阪らしい店も多い。

「……久々に、うどんでも食うか」

ふと目に入った店に入り、冷たいぶっかけうどんを注文する。

暑さで火照った体に、つるっとした喉越しが心地よかった。


食べ終え、店を出ると、スマホに通知が来ていた。

妹からのメッセージだった。

『着いたよ。どこにいる?』

「……さて、行くか」

軽く伸びをして、大架は妹との待ち合わせ場所へと向かった。

改札の近くで待っていると、人混みの中から妹の姿が見えた。

久々に見る顔は、記憶よりも少し大人びている。

「おう、久しぶり」

「うん、久しぶり」

ぎこちない挨拶を交わし、並んで歩き出す。

妹はキャリーケースを引いていた。

「荷物、それだけ?」

「ううん、まだ家にある。でも、そんなに多くはないよ」

会話はそれだけで途切れた。

互いに何を話せばいいのか、少し探り合っているようだった。

駅を出て、電車を乗り継ぐ。


「今日、いないのか?」

大架がそう聞く。

理由は言わずもがな、父親の話だ。


桃未家は少し特殊で、紗倉以外は既に家を出ている。

実家には紗倉と父親が住んでる。

母親は16年前に他界しており、それの影響で父親はおかしくなってしまった。

酒と女に溺れ、嫌なことから目を背けて過ごしてたことを記憶している。

それでいて自分が全て正しいと思っている。

『お前のためを思って』

これがクソ父親の口癖だった。

おそらく、それは今も変わっていないだろう。

だからこそ、父親の顔を見たくもない。


「うん。だから今日にした」

妹は目を合わせずにそう言う。

「ならいい」

大架は短く返す。


やがて電車は実家の最寄りへと着き、

そうして二人は実家へ向かう道を歩いていた。

駅から家までは徒歩十数分。

この道を歩くのは何年ぶりだろうか。

アスファルトから立ち上る熱気が肌を焼くようだった。

「そういえばさ」

妹がふと口を開く。

「ん?」

「お兄ちゃんって、東京でちゃんと生活できてるの?」

紗倉が唐突にそう聞く。

「は?」

「だって、あんまりそういう話しないし。ご飯とか、ちゃんと食べてる?」

「……余計なお世話だ」

大架はぶっきらぼうにそう反応する。

「ふふっ、相変わらずだね」

妹は微笑んだ。


――そのときだった。

「えっ?」

妹の足元がふらついた。

キャリーケースの車輪が小さな溝に引っかかり、バランスを崩す。

「おい、気をつけ――」

「きゃっ!」

妹が足を踏み外し、倒れかけたその瞬間。

「!!」

横から猛スピードで車が突っ込んできた。

「紗倉!!!」

「ドン!」

鈍い衝撃音が響く。

妹の体が弾かれ、路上に倒れ込む。

それに巻き込めまれ、大架も共に倒れ込む。

痛みが腕から身体中に駆け巡る。

「っ!!」

幸い、紗倉は大架の上に乗っていた。

大架は咄嗟に妹を退けて、状態を見る。

「紗倉!! おい、大丈夫か!?」

「いた……っ」

足を見た瞬間、大架は息をのんだ。

右足が明らかにおかしな方向に曲がっていた。

「くそっ……!!」

自分の体も見ると、二の腕から血が出ていた。

辺りにいた通行人が悲鳴を上げ、誰かが慌ててスマホを取り出し救急車を呼ぶ。

加害者の車は数メートル先で停まり、中から運転手が青ざめた顔で飛び出してくる。

「す、すみません!! 俺、よそ見してて……!!」

大架はそちらを一瞥したが、今はどうでもよかった。

「紗倉、大丈夫だからな。もうすぐ救急車が来るから……」

妹は苦痛に顔を歪めながら、小さく頷いた。

引っ越しどころではなくなった。

大架は奥歯を噛みしめながら、妹の手をしっかりと握り締めた。

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