第三話 成人式
――クリフォード様との婚約パーティーから八年の歳月が流れた。
「シルヴィ、立派なレディになったな」
「お褒めに預かり光栄です」
心身ともに成長した私。誰もが敬う美貌を兼ね備えている。そして、魔法の方も上達し、今では全属性を扱える魔法使いとしての素質も得ることができた。だが、ひとつ欠点がある。それは、愛想があまり良くないこと。こればかりは変わらない。
「そう言えば、最近クリフォード様の件で妙な噂が流れているそうだ。シルヴィは知っているかい?」
「存じ上げません。どういった噂なのですか?」
「私が知る限りでは、クリフォード様が他の女性とデートをしていたそうだ。相手は貴族のご令嬢と聞いている」
「婚約しているのにデート? どうして?」
「それは分からない。だが、ひとつだけ言える。相手の貴族令嬢がやり手だってことだ」
恋愛に関して鈍感な私よりやり手なのか。それは負けて当然だな。でも、クリフォード様がその女性と結婚すると婚約違反になる。損害賠償請求できるかな?
「まあ、婚約違反になってもこちらは得するだけだから別に良いけどね」
「そうですね。でも、少し嫌な気分になりました」
あまりお会いしていないから、好意は少ししか抱いていない。好きという感情は少な足らずだ。
だけど、浮気をされているとプライドが傷付く。なんとかしてやめさせたい。
「やはり、プライドが傷付くかい?」
「はい、少しだけ」
「でも、別れさせようとは思っていないのだろう? 私には分かるぞ。シルヴィの本当の願い」
一瞬、ギクッとなった。図星だったらどうしよう。
「私の本当の願い? ご存じなのですか?」
「本当は、辺境の地でゆったり暮らしたいのだろう」
「誰から聞いたのですか?」
「それはもちろん、シルヴィの専属メイドのサラからだ」
サラ、口を割ってしまったんだ。あれだけ黙っていてと言ったのに。まあ、お父様の命令なら逆らえないか。
「良いんじゃないか。夢があって」
「そうですか? 今すぐにでも行きたいのですが」
「それは駄目だよ。婚約しているんだから」
「やはり駄目ですか。残念です」
お父様が書斎机に置いてある手紙を私に差し出してきた。手紙には成人式の招待状もある。
「これは?」
「シルヴィ、君はもう立派な大人だ。気分転換に成人式に出るといい」
「明後日ですね。分かりました。出席します」
「そこで貴族のご子息やご令嬢に噂の真相を聞き出してもいいかもしれないぞ。まあ、シルヴィの好きにしてくれ」
「分かりました。そうさせていただきます」
お父様の顔を見つめ、頭を下げた。
「では、失礼致します」
「うん。また夕食の時間に会おう」
真相を聞き出すなら成人式か。お父様も頭が良い。
「私のプライドを無下にした罪を思い知らせてやる」
私を背筋を伸ばし、自室に向かって歩き出した。
*
成人式当日。
白色のドレスを身にまとった私は、式場の最前列に並んでいた。
「これより成人式を執り行う。全員、一礼」
一礼し、司会者に視線を向ける。緊張の瞬間だ。
「代表者、シルヴィア・グランヴェル。前へ」
司会者の前に立ち、お辞儀をした。
私の役目は、成人を象徴するティアラを頭にのせてもらうこと。それで成人になったと言えるそうだ。
日本の現代社会で執り行われる成人式と違うな。うん。
「ありがとう御座います。大人としての性分を忘れず、生きてまいります」
ティアラが頭にのせられた。私も立派な成人だ。
「シルヴィア様、おめでとう御座います!」
「おめでとう御座います! シルヴィア様!」
さて、この後は懇親会だな。噂の真相を調べるぞ。
「これにて成人式を終了致します。別会場にて懇親会を開きますので、是非そのまま会場にお越しください」
貴族のご令嬢やご子息が懇親会の会場に向かっている。私も行かないと。
「シルヴィア様!」
ん? 誰だろう。
「はい」
「初めまして、クレナント伯爵の娘、エレナで御座います」
「初めまして、シルヴィア・グランヴェルです。どうかされましたか?」
なんかニヤついているな。もしかして、噂の貴族令嬢か?
「シルヴィア様とお近付きになりたくてお声掛けさせていただきました」
「そうですか。では、次の会場でお話を」
「分かりました。では、参りましょう」
笑顔が
「エレナさんも成人されたのですね」
「はい、お陰様で。もう立派なレディです」
成人式に出席しているのだから当たり前か。それより、嫌気が差しているのは何故だろう。この子、嫌だ。
「シルヴィア様はご婚約されているのですよね? お相手は確か、クリフォード様! 羨ましいです」
「そう? あまりお相手されていませんけど」
「そうなのですか? シルヴィア様ほど美人な御方はそういないのに何故でしょうね」
それはこっちが聞きたい。だけど、この子を責めても何にもならない。私の至らぬ点が原因だ。もし、仮にもこの子が浮気相手だとしても責めはしない。
だって、自分の夢が掛かっているのだから。
「エレナさんは何かご存じなのですか?」
エレナが立ち止まった。
早く本性を表せ。こっちは嫌気が差しているのを我慢して相手しているんだ。
「シルヴィア様は本当にクリフォード様をお慕いしているのですか? まるで他人事のようです」
「今までお誘いしてきましたよ。お買い物とか」
「クリフォード様が可哀想。何でもっと積極的にお誘いしないのですか?」
「それは……」
そうか。その理由を告げないから、こっちが浮気していると思われているのか。それは盲点だ。
「何か言えない理由がおありのようですね」
「確かに人に言えない秘密があります。ですが、クリフォード様をお慕いしていない理由にはならないでしょう」
女の闘いらしくなってきた。さあ、本性を表せ。
「きっと後悔しますよ」
「そうなるかもしれませんね。ですが、後悔は致しません」
エレナが顔を真っ赤にしてこの場から立ち去った。
予想通り、エレナがクリフォード様の愛人に間違いないだろう。きっと、婚約破棄の話が来るに違いない。もしそうなったら、私は心を癒すために辺境の地に旅立つんだ。
「はあ……、やっと引いてくれた」
本性を表さず、可愛い子ぶって男に媚を売る女は死ぬほど見てきた。そういう子に限って浮気をそそのかす。
どっちが悪いのか誰でも見当が付く。だが、クリフォード様は気付いていない様子。これは終わりが見えてきた。
「懇親会で気分転換でもしよう」
懇親会の会場に入った。中には、成人式に出席していた貴族のご子息、ご令嬢が立食しながら談笑している。
私もお腹が空いたから何かつまむとしよう。
「このクラッカー、なかなか美味しいわね」
この世界にもクラッカーがあったか。クラッカーにはチーズや木の実がのせられている。お酒のつまみにいいな。
「必要な情報は手に入ったし、気分転換が済んだら帰ろう」
ひとりで黙々とクラッカーを頬張る。もうやめられない止まらない。
「あの、シルヴィア様」
ヤバい。変な顔見られた?
「はい」
「初めまして、兄がいつもお世話になっております」
兄? 誰?
「お兄様? どなたですか?」
「クリフォード・ヴァリアントです。僕は弟のロイ・ヴァリアントと申します」
「クリフォード様の弟君でしたか。こちらこそ、いつもお世話になっております」
「堅苦しい挨拶はこれくらいにして、一緒に食事でもいかがですか?」
「良いですよ」
まさか、弟君も成人式に出席されていたとは。油断した。
「シルヴィア様、兄とは上手くいっていますか?」
「問題は今のところないのですが、妙な噂が」
「妙な噂ですか? もしかして、貴族令嬢とデートをしていたという噂ですか?」
この人が知っているとなると、噂は確かということか。終わったな。
「そうです。事実なのですか?」
「シルヴィア様、少しお耳を」
私の耳に口を近付けてきた。なんて大胆な。
「兄が他の女性とデートしていたのは事実です。他に何か情報が入ったら教えます」
「なるほど、分かりました」
警告しに来てくれたのか。弟君は良い人だな。
「では、お腹がいっぱいになるまでお相手を」
「ありがとう御座います」
確かな情報を得ることができた。プライドを無下にした罪を思い知らせるつもりだったけど、状況が変わった。
婚約破棄される覚悟だけはしておこう。
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