怪盗リーリエの華麗なる冒涜(ロング版)

ぽんコツ16番

第1話

 三十歳を迎えた今年、俺はようやく念願叶って二課に所属した。

「野々宮勇志(ののみやゆうじ)今日から二課に配属になりました よろしくお願い致します」

 親が警察関係者ということもあり、上司への受けも良かったのもあったが、けしてコネではないと言いたいのだが…

 上司の山本警部が俺の肩を叩いて「しっかりな」と声をかけてくれた。山本警部は父の知り合いで俺のことも幼い頃から知ってた。

 自己紹介をした後、深々と礼をした。俺が配属された部署は山本警部を始め係長と先輩刑事が二人いる。俺を含むと全員で五人の編成チームだ。とりあえず今抱えている事件の説明を受け、業務に徹した。

 昼食時間になり売店で弁当を買うため一階に降りた。

「二課配属おめでとう 念願叶ったね」

売店で弁当を選んでいる俺に声をかける。生活安全部の子供・女性安全対策課の松原尚美(まつばらなおみ)だった。尚美とは警察学校からの同期だ。

「ありがとう」

俺は少し照れながら返答した。

「今からお昼取るの?」

尚美が俺に問いかけた。

「うん そうだけど…」

「私も一緒にいい?」

尚美は俺に話があるのか?聞き返してくる。俺は首を縦にふって答えた。売店の多目的スペースの端で買った弁当をテーブルに置き椅子に腰を降ろした。

「勇志って松村(まつむら)に住んでたよね?」

俺はここ松高(まつだか)警察署から歩いて十分の松村(まつむら)という地名に住んでいた。俺は尚美の問いに不思議に思いながら返事する。

「最近ね その近辺で不審者が出没しているみたいで若い女性の被害届けが多いのよね」

尚美は自分の部署で起きている案件を小声で俺に告げる。尚美の話によると被害に合うのは、二十代の女性で、しかも直接的な接触は今の所ないようだが、後を付けられ待ち伏せをされるらしい。若い女性にとって、夜道でそんな見知らぬ人物との遭遇は、気味が悪いだろう。だからと言って事件性がある訳ではないので警察側としては動けない。

「…一応地域パトロールはやっているけれど…届出は減らないのよね」

割り箸を袋から出しながら呟く。

「…被害届けってどれくらい出ているの?」

俺が住んでいる地域でもあるし、気になって聞き返す。

「今の所三十件が報告されている」

「けっこうな数だな」

俺は件数の多さに少しびっくりした。

「俺も帰り 気にかけてみるよ」

尚美が俺の言葉に「ありがとう」と微笑んだ。

 弁当を食べ終わり売店を出ると、一人の女性が警察署に入って来た。

「…」

俺は固まった。

「どうしたの?」弁当の殻をゴミ箱に入れた後、売店から出て来た尚美が、立ち尽くし停止している俺に声をかけた後、俺が見ている目線に尚美がピントを合わせた。

「…ははん これは中々の可愛い子ちゃんですもんね~」

さっき入って来た女性が受付案内所で話をしている。その女性に見惚れて固まっている俺に、尚美が、からかいながらつっこんだ。

「えっいや そういうことでは ないよ…」

俺は懸命に否定したが、尚美の言う通り、本当は見惚れていた。今まで会ったことのない品のある女性だった。可愛いと尚美は表現したが、俺はすごい美人だと認識している。前下がりボブで顔が見え隠れするたびに、つい探ってしまう。その美しい表情を…。


「おっ尚美ちょっと来いっ」

受付の案内所にいた巡査部長が尚美を見つけると呼びつけた。「げっ 見つかった…」

尚美はこの巡査部長が苦手のようで渋い顔をし「はい」と、勢い良く返事を返した。呼ばれた方へ足を向ける。

「この女性の話を聞いてやれっ」

巡査部長が尚美に、さっきの女性の相談を頼んだ。

「はい」

尚美が姿勢を正し、その業務に機敏に動き返答した。

「こちらでお話聞きますね」

尚美がその女性を休憩スペースへと案内していた。女性を誘導する際、尚美が俺を目で誘いながら手招きをしている。俺は手を横に振りながら狼狽えた。

「いいからっ」

尚美がズカズカと俺の方へやって来て腕を鷲掴みし、ひっぱり上げた。彼女が座っている席へと摘み出す。そして俺を彼女と向かい合わせに座らせる。そして、尚美が俺の隣りに腰を降ろした。

「もしかしてですけど不審者被害ですか?」

尚美は彼女を二十代と踏んで相談される前に質問した。

「…っ! そうです」

尚美の質問に驚き少し間をおき返答した。その時だった彼女と目が合い見つめられてドキっとしてしまった。そんな中、彼女がおそるおそる口にする。

「…ここ一週間ずっとつけられています 怖くて…」

緊張からか彼女が手の指を組み合わせる。その手が震えていることに気づく。内容を尚美が相づちをしながら聞いている。話が途切れた時、尚美がはっとする。

「あっ…申し遅れました 私は生活安全部の子供・女性安全対策課の松原です」

出遅れながらも彼女に名乗っていた。俺はというと彼女の震える手が気になり尚美に肘でつつかれるまで気がつかず、尚美に耳元で「名前名乗ってっ!」と告げられ慌てて口にする。

「えっ…あっ…刑事部の捜査第二課の野々宮です…」

名乗ってから思ったけど、俺って担当部署ではないのだが…と考え込む。でもほおっておけないという気持ちも芽生えていた。

 彼女は俺の住んでいる地域近くに住んでいるようで、尚美が言っていた不審者の件で、警察を訪れたのだった。名前は尾形由紀(おがたゆき)さんで二十一歳だと言う。尚美がその件については、パトロールの強化を実施していると説明していた。俺は二人の会話を横で聞きながらも彼女を心配した。そして、話しが終わり尾形さんは、尚美と俺に深々と礼をして、その場を後にした。

「住所と電話番号ゲットだね」

尚美が彼女の身元書類を俺にちらつかせながら、ニヤニヤしている。

「…何言ってんだよ」

俺は尚美の行動に半分呆れながら溜息をついた。そりゃ喉から手が出るほどほしい…知りたいが、警察関係者として恥じるべきことだ。

 そんな尚美をよそに、部署に戻った俺は続きの業務に徹した。

 配属されてすぐということもあるせいなのか、流れに慣れさせるためか、部署では調べものと、書類作成等を任される日々を過ごしていた。午後六時頃業務を終了し警察署を出る。途中コンビニに寄り夕食の弁当とサラダを取り、雑誌コーナーで少し立ち読みをした後帰宅する。

 夕食を食べ、いつもの日課でランニングをするために外へ出る。時計は午後九時を表示していた。それに昼の不審者届の件も気がかりだった。一時間ぐらいだろうか近辺を走っていると女性の悲鳴が聞こえた気がして、急いで悲鳴がした辺りへ駆けつけてみた。

「どうしました?」

女性が電信柱の傍に座り込んでいる。

「追って下さいっ」

女性が俺に叫んだ。暗闇の方を指差した。足を引きずりながら、逃げる人の姿が微かに見えた。俺はその人物に追いつき声をかけた。

「何があったんですかっ」

俺の質問に相手がビクつき蹌踉めくと、その場に尻餅をついた。観念したのか?相手が無言のまま渦くまってしまった。俺的にはあまり状況が分からずじまいだったが、とりあえず署に電話をかける。五分ぐらいだろうか、管轄の警察官が到着した。

「お疲れまです 野々宮刑事」

管轄の警察官に挨拶に肯きながら、事情を知っていると思われる女性がいた場所へ案内するも、女性の姿はなかった。そして俺はとりあえず分かる範囲で状況を説明する。その後、警察官が俺に敬礼をしたのち容疑者と思われる人物をパトカーに乗せ去っていった。パトカーが見えなくなった後、俺も帰ろうと踏み込んだ時だった。

「…すいません…」

「!っ」

後ろから声をかけられる。俺はびっくりして振り返る、さっきの女性だった。

「…」

 さっきは辺りが暗かったうえ俯いていたので分からなかったが、その女性はつい先日不審者被害で署に来ていた女性、尾形由紀だった。俺は固まった。少し足を引きずりながら街灯の下に立っていた。

「…さっきはどこへ?」

俺は彼女を見つめながら問いかける。

「…襲われたことをお話するのが…怖くて…」

彼女は震えながら声にした。右のストッキングが電線して素足が見えている。俺はすぐに目を逸らした。非常識だが、すごく色っぽくてドキッとしてしまった。

「…送ります 歩けますか?」

「…ゆっくり歩けば大丈夫です」

彼女が俺の問いに戸惑いながら答える。家の方向を確認した後、歩き出すが中々ついて来れなくて、距離が出来てしまうため何度も後ろを振り返った。気になり足の状態を確認した所、けっこう腫れていたことに気づいた。彼女が無理をしていたことに、今頃気づき申し訳ない気持ちになり、その足で歩くのは辛いと思い、背負うつもりで腰を低くし意思表示したが…

「…えっ…いえ大丈夫です」

彼女は照れながら拒否した。俺は「遠慮はいらない」と説明しするも、

「あの…タイトスカートですから…」

彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。俺は自分の中でどうするべきだったのか考えながらもつくづく気が回らない男だと思いながら凹んだ。だんまりで俯いた俺に気を使ってなのか彼女が言葉にする。

「…うで…貸していただけますか?」

俺は彼女の言葉にゆっくりと肯いた。彼女が俺の左腕の手を伸ばし掴まった。彼女からいい匂いがして、俺の鼓動が徐々に早くなり緊張していく。彼女を隣に感じながら心の中で『落ち着け』と深呼吸を繰り返していた。

 やっと彼女のアパートに着き、ほっとついた後、深く息を吹き込む。

「…ほんとうにありがとうございました」

彼女が俺に深々と頭を下げてお礼を言った。俺は首を横に振りながら「いいえ当然のことをしただけです」と返しながらも、うわずった声になっている。

「戸締まり気をつけてください おやすみなさい」

「…」

俺の言葉に無言の彼女が気になったが、その場を去ろうとした時だ。彼女が俺のTシャツの裾を掴んでいるのに気づいた。その手はひどく震えていた。俺はそんな彼女を放っておけず連絡先を教え安心させるために「いつでも頼ってください」と告げた。

 彼女とはそんなやり取りのせいもあり、つき合い始める。今は俺のアパートで一緒に暮らしている。

 彼女を襲った人物は隣町に住む三十五歳の無職の男性だった。三十一件の被害届の不審者は、ほぼその男性ということが取り調べで分かった。彼女とは曲がり角でばったり鉢合わせになり、パニックになった彼女が声をあげたので慌てて口を押さえ込んだ際、暴れた彼女ともみ合いになり崩れ落ちた。その時に自分もバランスを崩し足を挫いたらしい。けっこう間抜けな犯人だ。まぁ何はともあれ大事にいたらなくて良かったと思っている。

 彼女と暮らし始めて一ヶ月が経った。その頃からだろうか、レッドダイヤの美術展示が噂されるようになったのは、世界で一つしか存在しないという赤色に輝く2カラットダイヤは億の値段がついたという。そのレッドダイヤを狙って怪盗リーリエと名乗る予告状が警察署に送られてきたのだった。

予告状の内容が

 レッドダイヤはボクのモノ

 必ず取りに参ります

       怪盗リーリエ

 俺はこの予告状に何故か違和感があってしょうがない。本来なら『レッドダイヤをいただきに参上する』とかではないのか?『ボクのモノ?取りに参ります?』

警察署では、ただの悪戯ではないかという話しも出ていた。

「怪盗リーって紳士なのかなぁ?」

交通課の婦人警官達が休憩室で楽しそうに話し込んでいる。

「おしゃれだよねリーリエってドイツ語でゆりでしょ?花言葉は純粋」

交通課の婦人警官達が怪盗リーリエを『怪盗リー』と略呼び名で盛り上がっていた。俺はそんな女性達の話しを耳にしながら『女ってこういう話題が好きだな』と思いながら、販売機からコーヒーを買ってその場で飲んでいた。

「盛り上がってますね~」

そんな俺に声をかけながら肩を叩いた。

「っ!いったっ」

俺は思わず声をあげた。

「おおげさ」

肩を叩いた相手が笑いながらつっこむ。生活安全対策課(略)の尚美だ。いやいや…筋肉バカは力加減しらんのか…

「私もコーヒーいただこうかなぁ」

コーヒーを飲んでいる俺を見ながら、自分も自動販売機で購入している。

「怪盗リーリエの話題すごいね 勇志の部署警備担当だっけ?」

尚美の問いに俺はコクリと肯く。

「高価な宝石には泥棒は付きものってことかなぁ」

尚美は買ったコーヒーを片手に口に含んだ。

「金持ちは自分を過大評価したいが為に見せびらかしたいのだろうな」

俺がぼそりと呟く。それよりも、なぜ警察に予告状を送りつけてきたのか?そっちの方が不思議だ。警察に挑戦状をたたきつけたいのだろうか…と考えていると、尚美がふと呟く。

「まぁ世界でたった一つのダイヤな訳だしね 購入した大富豪も企業と繋がっているようだし展示して金稼いだ方が自分たちにとっても利益になるってことなのかな」

尚美が残りのコーヒーを飲み干すと、その場を後にした。

 レッドダイヤを購入した黒古鯛大富豪(くろごだいだいふごう)は国をも動かすほどの資産家だという噂がある金持ちだ。いくらでも自分の都合で警察を動かせるか。黒古鯛大富豪の

豪邸は大都市の中心に建っている。大都市には大きな美術館がないためにここ松高市(まつだかし)の美術館での展示が決まったのだ。黒古鯛大富豪とパイプが太いホワイトフォート(Whitefort)企業が管理している美術館だからという噂もあったが…。


「毎日お疲れ様です」

俺の彼女、由紀が帰宅した俺に微笑んで声にした。今日は珍しく二人揃って夕食をいただいている。由紀とは付き合って一ヶ月経つがほとんど別々の生活に近かった。俺は前の彼女とは、その行き違いの生活がもとで別れている。だから今回も長続きしないのではないかと思っていたが、由紀は年の割に落ちついている女性だった。そんな行き違いの生活なのに文句一つ言わず、こうしてタイミング合って一緒に食事できた時は必ず「毎日お疲れ様です」と微笑んでくれた。

「こっちらこそ…お疲れさ…ま…」

俺は由紀の顔を見ながら照れながら言葉を返した。

「来週ですね レッドダイヤの美術展示」

由紀が箸を持ちながらにっこりした。俺はその笑顔に見惚れた。

「…?どうしましたか?」

じっと見つめられて不思議に思った由紀が俺に問いかける。俺は慌てて首を横に振った。そして由紀がさっきの話題に戻って語り始める。

「楽しみなんですよね 私も見にいこうかなぁって思ってます」

「…宝石に興味あるの?」

俺は無意識に由紀に聞いた。

「ありますよ 女性ならほとんどの人が興味があるんじゃないんですか?」

俺の問いに由紀が答えた。

「それに怪盗リーですか」

由紀がその名を口にして俺はビクッとした。

「なっ!…なんでその名を知っているっ」

俺は由紀に声を荒げて問いかけた。

「ネットで話題になってますけど」

由紀がスマホを持って来てネット情報を俺に見せた。俺は由紀のスマホを手に取り記事を読んだ。マスコミが取り上げたのか?そこには怪盗リーリエが松高警察署に送った予告状の内容からいつ盗みに入るのかなどの予想情報や警察との対決決戦などが面白可笑しく掲載されていた。俺はその記事を読みながら手を振るわせた。『ゲーム感覚かっ』

「…大丈夫…ですか?」

心配した由紀が俺に声をかけた。俺はその声にはっと我に返った。

「あぁ大丈夫…」

見ていたスマホを由紀に返し、無言で食事をいただいた。せっかく久しぶりに一緒に食卓を囲めたのに、俺の中で苛立ちが立ち込めてしまった。


 今日から俺は展示会場の警備に着く。レッドダイヤの展示が開催された。ネットでも騒いでいたこともあり他県からも訪れる人が多く開場数が半端なかった。期間は一週間の展示だった。今の所、怪盗リーリエの陰らしきものはなく、いたずらなのではないかと噂し始める。そして、その最終日を迎えた。無事終わってくれることを祈った。

 

「あれっ?俺いつの間に寝たんだ…」

「大丈夫ですか?」

「いつ?帰ったっけ…」

「帰宅して居間ですぐ寝てしまって 起こしたのですけど よっぽど疲れたみたいですね もう少しゆっくりした方がいいですよ」

「あぁ…うん…」

俺は帰宅してそうそう寝てしまったようだ。たしかにあのすごい人で大変だった。結局…怪盗リーリエは現れなかったなぁ…由紀が帰宅していて良かった。もう少し寝よう…


ピピピピ…ピピピピ

「うっ…ん」

 目覚まし時計の音で目が冷めた。時計の時刻を見て由紀はもう家を出たんだな…とぼぉっとしながら、俺はゆっくり起きて冷蔵庫から野菜ジュースを出しコップに注ぐ。テレビのリモコンに手を伸ばし電源を入れた。テレビのニュースではレッドダイヤが偽物だったと報道されていた。

「っ!偽物」

俺はテレビに釘付けになった。来場した人達が「どこがレッドダイヤなんだ」という疑問を抱きながら帰っていく姿を思い出す。ダイヤはレッドダイヤというが実物の色は透明なのだ。その疑問がヒートして広がったのか?俺は急いで職場に向かった。

「おはようご…ざ…」

警察署の中が慌ただしく緊迫した空気が流れていた。俺はテレビで報道されていた件で対応に追われているのだろうと考え込んでいると

「こんなとこで突っ立てると邪魔にされるよっ」

尚美が入り口付近でぼぉっとしていた俺に声をかけた。

「レッドダイヤが偽物だったから こんな騒ぎなのか?」

俺が尚美に小声で問いかけた。

「…私は現場にいた訳ではないから知らないけど…開場にいた誰かが「あれはレッドダイヤじゃない偽物だっ」って叫んだ時に開場がパニックになって その時にダイヤが消えてしまったって あなたから聞いたけど」

「…えっ…」

何?何言ってんだ。俺はそんなこと言った覚えはない…尚美が言ったことを思い返して考え込んだ。そんな俺を尚美がバンバンと背中を叩いた。俺は凄い力、圧でゲホゲホと咽込んだ。

「しっかりしろっ 今 対策本部立ち上げたみたいだから忙しくなるぞっ!」

尚美が俺にカツを入れて去っていった。

 部署に足を運ぶと昨日の状況をボートに先輩の薪野(まきの)刑事が書き込んでいた。

「おはようございます」

俺は深々と礼をして挨拶をした。薪野刑事がこっちを向かずに挨拶を返した。俺は昨日のことを書き込んだボードをじっと見るが、記憶にない。何故だろう?

「あの…俺って昨日現場にいましたか?」

俺は薪野刑事に問いかけてみる。

「はぁ?おいっしっかりしろ まだ寝ぼけているのか?」

俺の質問に呆れてつっこまれてしまった。

「…すいません…」

何かが附に落ちない。記憶が若干消失している。でも昨日家を出たよな…さっきの話しからすると尚美も昨日、俺と会っている…一人考え込んでいると、山本警部が入ってきた。全員が挨拶を交わす。

「昨日の状況を説明しろ」

山本警部が薪野刑事に昨日の現状をあらいなおすよう指示した。

 美術館は入り口に四人、受付に従業員二人と警察関係者を二人、そして中の展示室は十人を散らわせてレッドダイヤの傍には四方八方に一人ずつついていた。1時間経ったあたりから人が混み始める。そして静かだった展示場にカラスの鳴き声が響いた。会場の人たちがざわつき、そんな中「このレッドダイヤは偽物だっ!」と言う罵倒が飛んだ。その言葉にいっきにお客さんが騒ぎだし展示場の中がうるさくなった。そのうるささに警察員が対応している間にダイヤは消えた。

 警備の配備等は変わっていないようだ。だが『カラスの鳴き声?』最終日の状況を聞いても思い出せなかった。

「どこで入手したのか?分かりませんが暗証番号を知っていたようですね」

薪野刑事が山本警部に放つ。警察関係者は誰も暗証番号を知らない。管理者しか知らないことを、リーはどこで入手したんだろうか。

「とりあえず逃走ルートを探る」

山本警部が俺達に指示を出した。俺と薪野刑事が聞き込みに行くため外へと出た。俺は霧に包まれたような感覚の中、薪野刑事の後について歩いた。

 レッドダイヤの行方を追って一ヶ月、未だに分からずじまいだ。日だけが過ぎていった。そして、この事件は打ち切りとなる。何でも黒子鯛大富豪が、味噌糞ついたダイヤなどいらんというのが理由だったようだ。子供の言い分のような内容だ。今まで何のために捜査してきたのだろうか…この時いかに黒子鯛大富豪が権力を持っているのかと実感した。

「怪盗リーも実際いたのかなぁ?」

俺が休憩所で項垂れていた所に尚美がコーヒーを飲みながら俺に声をかけた。

「…」

俺は無言で尚美に目を向けた。たしかに、もしかして偽物と分かっていて展示して盗まれたことを警察のせいにした?…黒子鯛大富豪とホワイトフォート(Whitefort)企業が仕組んだことなのでは?それならいきなりの捜査打ち切りもあり得る線…だが、それよりも俺の記憶の靄はなんだろう?どっちにしろ、しっくりこないことは確かだ。思い詰めながら考え込んでいると「まぁ…警察も権力者の犬だしね」

尚美がぼそりと呟く。飲みほしたコーヒーの紙コップをゴミ箱に入れると、その場を去っていった。

 今日は仕事がひと段落付いたのでと言っても、全く解決していないが、早めに帰宅することが出来た。由紀も仕事が忙しいのか。この頃、全く姿を見かけない。俺も忙しかったせいで私物のスマホを確認するのを忘れていた。スマホを開いてみると、着信が由紀の名前で埋まっていた。俺は急いで掛け直そうとした…が…メッセージに、

《忙しいところ ごめんなさい 本当は直接お話すべきだったのに急のことだったのでこんな形になってしまいました 実家の母が倒れてしまい戻ることになりました これ以上迷惑をかけられません 今まで有り難うございました》

という内容だった。

「…」

どういうこと?俺の心臓がバクバクと音をたて不安を駆り立てる。震える手で由紀に電話をかけるが『この番号は現在使われておりません』と音声が流れるだけだった。

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