36歳フリーター、村人から始めるド根性ハーレム道~異世界転生なのに特典ゼロってマジ?~

ROM

プロローグ

 宝竜院天馬ほうりゅういんてんま――それが俺の名前だ。


 名前だけを聞けば、どこの御曹司かと思うだろう。だが残念、ごく普通の家庭で生まれ育った三十六歳フリーターだ。


 これでも、子どもの頃はそれなりに優秀だったと思う。小中では上の方の成績だったし、高校はそこそこの進学校に通って、国立大学にも合格した。


 けれど就職に失敗し、やっとの思いで入れた会社は上司とそりが合わずに、わずか一年で退職。


 それからも仕事が長続きせず、今ではアルバイトでギリギリ食いつなぐ日々だ。


 狭い安アパートで暮らしながら、毎日ネット小説を読み漁るのが唯一の楽しみという人生を送っている。


「ふぅ……行くか」


 アルバイトの時間が迫ってきたので、スマホをポケットへとしまいアパートを出る。


 時間は夜の十時半過ぎ。辺りは真っ暗で人通りもほとんどない。


 こんな夜遅くに働く理由は単純明快、時給が高いからだ。同じ長さで働くのなら、時給が高い方が良い。


「さぶっ」


 もういくつ寝るとクリスマス。着古したダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら歩いていると、向こうから若い男女がくっつきながら歩いてくるのが見えた。


 二人は俺が見えていないかのように――実際、見えていなかったのかもしれない――イチャつきながらすれ違って行く。思わずため息を一つ。


 この歳になっても恋人はおろか、仲の良い女友達すらできたことがない。男同士でワイワイするのは楽しかったが、いま思えば学生時代に恋愛をしておくべきだった。


「……虚しいな」


 このまま何も成しえず、孤独に歳を取って死んでいくのか。それは嫌だと思う自分と、もう手遅れだと諦めてる自分がいる。の人生でしかないのならば――


「――、――!」

「――――!」

「……ん?」


 その時、誰かの声が聞こえてきた。それだけなら気にすることではないが、何となく穏やかではない雰囲気を感じる。


 スマホを取り出して時間を見ると、バイトの時間まではまだ余裕がある。とはいえ、のんびり寄り道できるほどではないが。


「……確認だけ」


 ただの口喧嘩とかならそれでいいし、もしヤバそうなら通報の一つでもすればいい。そう考えて、俺は声のする方へと向かったのだが……。


「いや! 放して!」

「何でそんなこと言うんだ? 君だって僕に気があったんだろう!」


 想像以上にヤバイ現場に遭遇したかもしれない。二十歳くらいの綺麗な女性が、目が血走った男に手首を掴まれてる。


「そ、そんなこと一言も言ってません!」

「言わなくたってわかるさ……いつも笑顔で挨拶をしてくれて、目が合うたびに気持ちが伝わってきたよ」


 二人の関係性は知らないが、男の一方的な好意だということはわかった。完全なる勘違いストーカー野郎だ。


 これはさすがに放置してはおけない。警察に通報しようとスマホを取り出した時、それは起こった。


「――いや!」

「あぐっ!?」


 女性が振り回したハンドバッグが男の顔に直撃した。金具部分が当たったのか、男の頬に大きな切り傷ができている。


「あ……」

「……何でだ」


 その声は、まるで地の底から響いたように低かった。男が頬を触ると、少なくない量の血が手についている。


 男がおもむろにポケットから何かを取り出す。それが何なのか頭が完全に理解する前に、俺は男に向かって走り出していた。


「僕がこんなに想っているのに! なぜ君はこんなことをするんだぁ!」

「ヒッ……!」


 女性は恐怖のあまり身体が固まってしまっている。その視線の先には、男の手に握られた鈍く光るバタフライナイフ。


 妙にスローに流れる時間の中、俺は運動不足で鈍りきった身体を懸命に前に動かす。デタラメに叫び声をあげると、男がこちらに気付いた。


 無我夢中でタックルする。だが、勢い余って男と一緒になって地面を転がった。あーくそ、一度家に帰ってシャワーを浴びなきゃ。


「あ、痛たた……っ、あいつは!?」


 何度か地面を転がって、ようやく止まることができた。しかし、すぐにナイフを持った男のことを思い出し立ち上がる。


「あ……あ……」

「っ」


 だが何故か、男は呆然としている。女性が息を呑むのがわかった。二人の視線は俺の顔ではなく、もっと下を向いていて――


「あ――」


 そこには俺の腹に深々と刺さった男のナイフ。じわじわと、その周りに赤色が広がっているのが見て取れる。脚の力が抜け、仰向けに倒れ込んだ。


「ぼ、僕のせいじゃない……こいつが勝手に……うわああぁぁ!」


 男の声が遠ざかっていく。恐らく走って逃げたのだろう。


「……ぁ、だ、大丈夫ですか!? きゅ、救急車を呼びます!」

「――――ぁ」


 顔を真っ青にした女性が慌ててスマホを取り出す。「ありがとう」と言おうとして、声が出せなくなっていることに気付いた。


「通報はこの辺りからだ」

「見ろ! 誰か倒れているぞ!」

「あ……お、お願いします、この方を助けてください! 私を助けようとして――」


 すでに誰かが通報していたのか、警察官が到着したようだ。もう少し早く来てくれてたら良かったのになぁ。


 だってもう――こんなにも眠い。


 徐々に薄れていく意識の中……最期にたった一つ、何かを成しえることができた充足感で笑みを浮かべた。

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