06 謎の少年

 アシュレイ・キングスウェインの名は、魔導学校において一部の信者たちによって熱狂的に語り継がれている、らしい。


 本人としては目立たない学生のつもりではあったのだが、対魔獣契約の分野において「唯一抜きんでて並ぶものなし」といったところだった、とか。


 在学中は一日のほとんどを魔獣を閉じ込めた学内の禁域で過ごし、魔獣の習性と行動を地道に観察し続けていた、だとか。


 どんなに凶暴な魔獣であっても、アシュレイなら服従させることができると評判で、そのスキルには教授陣も舌を巻くほどだったという(その代わり、他の分野においては平均点といったところで突出したことがなかったが)。


 挙句の果てに、このユニークな才能を求め、魔獣の研究に力を入れている王立魔法院は必死でスカウトを試みたがのらりくらりと躱され、卒業式の日に王都から忽然と姿を消してしまったのだ。


 もしや魔獣に喰われたのでは、と疑う者もいたくらいだ。

 いわばアシュレイ・キングスウェインという人物は、伝説級の変人なのである。



 というのが、ルカが熱っぽく語った内容である。

 きゅい? と長い首を傾げたヨールを撫でながらアシュレイはルカの話に耳を傾けていた。言いたいことがないでもなかったが、この少年がこんなにも興奮して喋っているところに水を差すのは憚られたのだった。


「奇人変人の宝庫とされる魔導学校でも超級の稀覯種……他所を出し抜いて抱え込むべくさんざん探したというのに、こんなド田舎に潜んでいるとは」

「む……? 私は別に逃げ隠れしていたつもりはないんだが」


 そんなことより、とアシュレイはルカの藍玉色の眸を覗き込んで言った。


「なにやら君――私について詳しいんだな」


 眸に宿した熱をアシュレイに見せないように、ルカはぱっと顔を背けた。


「……詳しいとか。そういうわけじゃない。そんなような話をどこかで聞いたことがあるだけだ」

「光栄だ、と受け取っておこう。私もそれなりに名が知れているということだろうし」


 ルカは唇をぎゅっと噛みしめ、余計なことをもう言うまいとしているように見受けられた。


「ところで君はどこから来たんだ? ……あの沈んだ船に乗っていたんだろう?」


 ルカは中指に嵌められた指輪をくる、と回して弄ぶ。長い睫がぱちと惑うように揺れ動いた。


「さあ――わからない」

「わからない、か。言いたくない、ではなくて?」

「……覚えていないということだ」


 断固とした口調でアシュレイの問いにルカは応えた。


「ということは、記憶喪失だとでも?」

「……そうだな、俺はほとんど記憶がない――なんだその目は」

「いや、水を飲んだだけではなく頭も打ったのかと思って。痛みはない?」


 無意識に伸ばした手は触れる直前で叩き落とされた。


「やめろ!」

「ああ、ごめん。不躾だったかな……つまり、君は『ルカ』という名前と、私のこと以外はあまり覚えてはいないと。たとえば誰とこのフリルドマーニュに来たか、ということも?」

「……そうだ」


 堂々と断言されて、アシュレイはどうしたものかと腕組みした。


 嘘だ。そう決めつけるのもよくはないが、どうにも腑に落ちない――アシュレイのことをやけに知っているようだったし。ルカの頑なな態度からすると、いま強引に聞き出すことは難しいだろう。この警戒心の強さは、魔獣を手懐けるときを思い起こさせる。

 素性の知れない男がひとり――そうはいってもルカは子供だ。

 たったひとりで放り出すわけにもいかないし、彼のことを探している者がいるならば引き合わせてやりたい、などと考えていたときだった。


「アシュレイ・キングスウェイン――貴女に頼みがある」


 ルカが子供らしからぬ、生真面目な顔で切り出してきたので、思考がふつりと中断された。


「何かな。私にできることなら協力は惜しまないが」

 

 きゅう、とアシュレイに同意するかのようにヨールが甲高く鳴いた。海竜は水魔の中でもかしこいので、人語を解すると言われている。ルカはまだヨールに慣れていないので鳴き声を聞いてびくっとしていた。

 ルカはこほんと咳払いをしてからアシュレイに向き直る。


「俺を、貴女のところに置いてくれないか」

「……なんだって?」


 思わず聞き返してしまう。それほどにルカの「頼み」とやらはアシュレイにとって予想外のものだった。


「俺には……記憶がない。家族のもとにも帰れない」

「そう、かもしれないが」


 儚げな憂い顔を見せたルカに、アシュレイは「断る」と言おうとしていた口をあわてて噤んだ。乗っていた船は難破し、家族とも離れ離れ――同じ船に乗船していたのだとしたら存命なのかどうかも定かではない。気の毒なのは確かであった。


 だが、身内でもない、他人の子供を家に預かるというのは自分にはいささか荷が重い。ただフリルドマーニュにおいてアシュレイとおなじ十九歳ともなれば、自分の子供を育てている女性も少なくはなかった。さすがにルカぐらいの年齢の子供がいるようなことはないだろうけれど。


「とりあえず、君を探している者がいないか調べてみよう。話はそれからでも構わないだろう?」


 アシュレイの提案に、ルカは黙ってこくりと頷いたのだった。

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