第38話 イルムガン強襲

 アシュタリア王国の戦艦竜「ヨルムンガンド」の艦橋ブリッジではどよめきが起こっていた。


 艦橋ブリッジの前方に浮かぶ中継魔法の球体。その中でショウゴとティアマトが「ある機体」と接触したからだ。


 ヲルス首長国代表、イルムガンの出現──紫色の竜機兵を見た瞬間、アンヘルが頭を押さえた。


「ううっ……頭が痛い……」


 呻き声を上げるアンヘル。彼女の相棒ハインズが彼女を支えると、中央の席へ着いていた王女アシュタルは周囲の兵士達へ指示を出した。


「アンヘルを医務室へ。ハインズは……悪いですがこの場に残って」


 頷くハインズ。彼は、兵士達へ連れられたアンヘルを見送ってからアシュタルの隣へ立った。


「ハインズ。イルムガンはあのような姿では無かったはず。あれは一体……古竜の姿になるなどと……」


 アシュタルが絶句する。彼女の記憶、4年前の竜闘の儀ではイルムガンは通常の人型であった。しかし、姿は変わっても、あの色、あのオーラ……見まごうはずもない。イルムガンは、アシュタルの親友であるハインズとアンヘルが苦しむきっかけを作った張本人なのだから。


「変形……か。そんなものは今まで見たこともない」


 ハインズが腕を組んで思案する。そして彼の脳裏にある情報が浮かぶ。各国へ送り込んでいたアシュタリアの間者スパイの情報。特別な研究をしていた者の話を。


「……そうか。イルムガンは強化を施したのかもしれない」


「強化?」


「装備を古竜鋼ドラグナイトで作るように、竜機兵の体そのものを古竜鋼ドラグナイトで作り替える……それを研究する者がいると聞いたことがある」


「なんですって? そのようなこと、下手をすればアンヘルのように……」


 ハインズはコクリと頷いた。


 竜闘の儀の規定では、竜機兵への変身時に装備していた武器は使用可能となっている。それを逆手に取れば機体そのものを強くして出場することは可能だろう。


 しかし、そのためには竜核に情報を刻まなければならない。それは大掛かりであればあるほど、肉体や精神に多大な負荷をかける。情報を入れ過ぎれば、精神に障害を負ってもおかしくない。


「だが、イルムガンは危険を犯してまでそれをやってのけた……その結果があの姿ということだろう」


 ハインズの言葉に、アシュタルが歯噛みする。まさか、こんなにも早く2人がイルムガンと対峙する事になるとは……と。


「ティアマト、ショウゴ……信じておりますよ」



 アシュタルが中継魔法の水球へと目を向ける。水球には、2機の竜機兵が闘う姿が映し出されていた──。




◇◇◇


 〜ショウゴ・ハガ〜


 イルムガンの両肘に装備された戦斧が前方へ展開される。


『オラオラオラァ!!!』


 連続で放たれる斧攻撃を実体剣で受け止める。とてつもなく重い連撃。それが放たれる度に刀身が軋み、ついにはビシリとヒビが入ってしまう。


『雑魚どもの戦意を奪うだぁ? スカした事しやがって!! ムカつくんだよテメェらよぉ!!』


『くぅ……!?』


 イルムガンが縦に回転して斧を叩き付ける。実体剣が完全に折れ、後方に吹き飛ばされてしまう。姿勢制御用スラスターを噴射して追撃を回避。ストームブレードを抜き、横薙ぎに一閃する。


『んな攻撃、甘いんだよなぁ!!』


 イルムガンが竜の姿へ変形して攻撃を回避。咆哮と共にブレス攻撃を放つ。突然の火球攻撃に反応する間も無く直撃してしまう。



『きゃあああああああ!!?』



 機体がさらに吹き飛ばされる。コクピットシートが激しく揺れ、警告音が鳴り響いた。


『ハハハハハハハハハ!!』


 イルムガンが火球を吐きながら突撃してくる。火球の回避を優先しなければならず、ヴァース・ショットの照準がブレてしまう。


『あぁ? 搭乗者様はど素人なのかぁ!? 狙いがバレバレなんだよ!!』


 銃撃を避けながらイルムガンが突撃する。速い。ヤツの動きを止めないとマズイな。


「ワイヤークローで……!」


『させるわきゃねぇだろ!!』


 尻尾を叩き付けるイルムガン。ワイヤークローの発射を潰され、体勢が崩れる。それを立て直す前に、イルムガンが人型へ再び変形して戦斧の追撃を放つ。


 俺達の反撃行動を潰すように攻撃を……チンピラみたいな態度のクセして相当な実力者だぞ、コイツ……!?



『ははははは!! 姫様も搭乗者も全っ然弱いじゃねぇか!! テメェらそれでもハインズの後釜かぁ? 可哀想だよなぁ〜? こんな雑魚が代わりに闘うなんてよぉ!』



 イルムガンの一言で、ハインズとアンヘルさんの姿が浮かんだ。



「……今なんて言った?」



 アンヘルさんが苦しむ姿。ハインズが彼女を想い、支える姿。それを俺達は見てきた。イルムガンの言い様に、胸の奥が沸騰したように熱くなる。


「ハインズはなぁ……お前に負けた後、お前の反則の件を訴えたかったんだよ……!! けど、アンヘルさんが戦った事を無駄にしない為に耐えたんだ!!」


『うるせぇ!! 敗者は全てを失う! それがこの儀式の掟だ!! 同情するいわれはねぇ!!』


 プツリと俺の中で何かがキレる音がした。手が振るえる。自分の呼吸が早くなっていくのを感じる。


 あの2人は俺達の師匠だから、分かる。2人と出会って、どんな想いで生きているか見てきたから。




 それを苦しめる原因を作ったお前が……!!



 お前が!!



 そんな事を言うのかよ……!!!



 ツィルニトラのように相手を讃える戦士ならまだ、純粋に戦おうと思えたかもしれない。だけど、お前は違う。お前は根本的に俺達とは違う……!!


 瞬間、俺の全身が燃えるような衝動に包まれる。それは精神リンクを通して伝わったティアマトの感情だと気付いた。彼女の怒りが俺に共鳴・・していることに。


『やりましょうショウゴ……これほどまで……怒りを覚えたのは生まれて初めてです……!』


 ティアマトの声も震えている。その怒りも、悲しみも、俺と同じだ。許せない。許しちゃいけない。イルムガンだけは……!



 俺達はアイツを……倒す!



「AI! 共鳴接続バーストリンクを使う!』



〈精神接続率120%。機体、及び搭乗者に共鳴接続バーストリンクの意思を感知。接続を開始します〉



 コクピットの上部から魔法陣が降りてくる。それに飲み込まれながら、ティアマトの精神と一体化する感覚に包まれる。


『……アナタのせいでみんな、みんな不幸になりました……!! アンヘルさんは今も自分の大切な人が分からないのですよ!!』



 力を温存とか関係ねぇ。コイツは今ここで……。



『倒さなければなりません!!!』



 ティアマトが俺の思った言葉を叫ぶ。叩き付けられる斧。それを受け止めるたストームブレードを構える。


『鳥頭かよ!? 実体剣で受け止められなかったのを忘れたのかよ馬鹿が!!』


『……馬鹿はアナタです』


 攻撃を剣先で受け止める瞬間、姿勢制御スラスターを噴射。肘、肩、脚のスラスターを順番に使い、ヤツの一撃を受け止める。共鳴接続だからこそできる繊細な動き。それによって無理矢理イルムガンに隙を生み出し、その顔面へ左拳を叩き込む。


『がっ!?』


「うおおおおおおおお!!!!」


 続けてストームブレードでイルムガンへ斬撃を放つ。両手の戦斧で受け止めるイルムガン。そのままスラスターを全開にする。共鳴接続バースト・リンクの勢いに押された斬撃がイルムガンの両手を弾き飛ばす。無防備になった所へ再びヤツの顔面に拳を叩き込む。


『ぐあぁっ!?』


「ヴァース・ショット!!」

『撃ちます!!』


 左腕からゼロ距離で放たれるマナ粒子の弾丸。それがイルムガンの顔面に直撃し、その体が大きくのけ反る。しかし、イルムガンは僅かに顔を逸らした事で頭部の完全破壊を回避していた。この状況でそこまで判断効くのかよコイツ……!?


 ヤツの頭部は半分が大きく抉れていたが、まだ半分は残っている。残ったヤツの3つの眼がギラリと光る。


『クソがああああ!!!』


 イルムガンが回転して尻尾を叩き付ける。後方に飛んで攻撃を回避。イルムガンが、行動を見透かしていたかのように両手のひらを向けた。


『ヴァース・ショットだ!! 反応遅ぇぞ!!」


 反応が遅い? アイツ……搭乗者との接続が浅いのか? ダメだ、今は攻撃の対処に集中しろ。油断すれば一気に押し切られる。


 イルムガンの両掌からマナ粒子の弾丸が発射される。共鳴接続バーストリンク力で分身を発生させ右へ飛ぶ。弾丸を回避してストームブレードを構えた。


『その首……剣で断ち切ります!!』


 スラスターを全開にし、ストームブレードの追撃を放つ。その一撃を、イルムガンは竜への変形で回避した。


『お前らふざけやがって……!?』


『変形など……させません!』


 イルムガンの関節へワイヤークローを撃ち込む。ヤツの関節にワイヤーが絡み付き、変形途中のイルムガンが、鈍い音を立てて動きを止める。


『何!?』


「知らねぇのか!? 可変機は繊細なんだよ! そのワイヤーが絡みついたまま変形はできねぇ!」


 半分ハッタリだが、焦ったイルムガンは俺の言葉を反射的に信じてしまったようだ。ヤツがワイヤーを引きちぎろうとする。


『はぁ!!』


 姿勢制御用スラスターの威力を利用して蹴りを放ち、イルムガンを吹き飛ばす。両腕のヴァース・ショットを発射しながら加速。イルムガンを追う。変形途中のイルムガンに再びマナ粒子の弾丸が直撃した。


『ぐああああああああっ!?』


 体勢を立て直そうとするイルムガンへさらにヴァース・ショットの弾丸を浴びせて妨害する。イルムガンは、竜への変形を諦め、人型へと戻った。


『舐めんじゃねぇぞ!!!』


 両斧の一閃。恐ろしく速い一撃。だが、共鳴接続している俺達なら反応できる。ヤツの斧を紙一重で躱し、再びヴァース・ショットで頭部を狙う。


『ぐぅううう!?』


 流石にこれ以上頭部への攻撃を受けられないと思ったのか、イルムガンが後ろへ飛び退く。攻撃も変形も防いだ無防備な回避行動。完全に悪手。今なら……!


「これで終わりだ!!!」

『バースト斬りです!!』


 ヤツの首を切断するようにストームブレードを叩き付ける。マナ粒子を帯びて光り輝く風の一撃が、ヤツの首に直撃する刹那──。


『がああああああああ!!?』


 イルムガンがワイヤーを引きちぎりながら無理矢理変形する。不完全な変形。半身だけ竜の姿へ。しかし、ヤツが変形した事で、首をはね飛ばすはずだった一撃はヤツの左腕へと狙いがズレた。


 ストームブレードがマナ粒子を帯び、イルムガンの左腕を跳ね飛ばす。


『ぐうっ!?』


「コイツ……左腕を犠牲に……?」



『ふざけやがってええええ!!!』



 イルムガンが回転して尻尾を叩き付ける。分身を使って叩き付けを回避。ヤツの胴体へワイヤークローを撃ち込む。


『何度も同じ手を食うかよ馬鹿が!!」


 ヤツは竜の顎でワイヤークローへ食らいつき、その口から炎を放った。ワイヤーをヤツの炎が走る。俺達へ向かうように。


「こんな手も使うのかよ……!」


 直撃を回避するためにワイヤーをストームブレードで断ち切る。拘束から解かれたイルムガンが人型へ戻り、両腕の斧を構える。


共鳴接続バーストリンクができる事は褒めてやる……だがなぁ!! そんなもんアタシにだって使えるんだよ!!!』



 イルムガンからドス黒いオーラが溢れ出す。共鳴接続の前兆。ストームブレードを構えて攻撃に備える。



『こっちも見せてやるよ。イルムガン様の共鳴接続バーストリンクをよ!!』



 アイツ……分かっちゃいたけどイルムガンもバーストリンクまで使うのかよ。……これはいよいよ後先考えた戦い出来ねぇな。



 しかし。



 膨張していたイルムガンのオーラが急激に萎んでいく。そのオーラはやがて消えて無くなり、ヤツは舌打ちした。


『ちっ。部品・・が使えなくなったか』


 言いながらイルムガンが腹部へ視線を向ける。共鳴接続によってティアマトの怒りが伝わる。燃えるような怒りの衝動。小刻みに震える手で、ティアマトはストーム・ブレードの切先をイルムガンへ向けた。


『部品……ですって……? アナタは……自らの搭乗者を愚弄するのですか!?』


 ティアマトが声を荒げる。ティアマト……めちゃくちゃ怒ってる。こんなに怒っている彼女は初めてかもしれない。


『アタシが決める事だろうが。口出しすんじゃねぇ!!」


『搭乗者は私達竜機兵の半身です! 命より大切な存在です! それを大切にできぬ者に私が負けるはずがありません!!』


『んだとテメェ……!!」



 イルムガンが武器を構える。しかし、彼女が動こうとした瞬間、切断された左腕からバチリと火花が散った。



『……ちっ。今回は見逃してやるよお前ら。次に会った時はぶち殺す』


 言うと同時にイルムガンが歪な竜へ変形。連続で火球を発射する。ストーム・ブレードでその攻撃を叩き切った頃には、イルムガンは遥か彼方へ飛び去っていた。


『待ちなさいっ!!』


 イルムガンを追いかけようとした瞬間、俺達も共鳴接続バーストリンクが消え、ティアマトとの意識の統合が解消されてしまう。


〈マナ粒子量低下。これ以上の共鳴接続は不可能です〉


 ……活動限界か。イルムガンが引かなかったら俺達が危なかったかもな。


『なんで解除されるの……!? 許しません……イルムガン……!!』



 ティアマトの怒りは、しばらく消えることは無かった。




────────


〜ティアマト〜


うぅ〜!!こんなに腹が立つのは生まれて初めてです〜!!


あ、いけません……!? 怒っているなんて私らしくないですよね? 次回予告にいきましょう。


次回、私を気遣って休ませてくれるショウゴ。私が休息を取っている間に、ショウゴとAIは上位ランクの竜機兵達の情報を振り返ります。


次回 上位ランカー達


次回も絶対見て下さいね……?

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