人気の裏側

 昼休み、僕と東雲はいつものように中庭のベンチに座ってパンをかじっていた。


「真、最近はアンパンばかり食べるわね。前はカレーパン一筋だったのに」


 東雲はサラリと言うが、僕は「アンパン派に変わったんだ」なんて宣言した記憶はない。


「不思議そうな顔してるけど、観察していれば分かるわよ。購買でお釣りを受け取る時、今までと小銭の枚数が違ったわ。つまり、買うものが変わったってこと」


「なるほど」


「それにしても、最近はアンパンが流行りなのかしら。今までカレーパンだった人、一斉に乗り換えてるわ」


「何事にもトレンドがあるからな。そういう東雲はカレーパンか」


「まあね。私は、こっちの方が合うわ」


 一週間ほど前から、「購買のアンパンがうまい」という噂が広まり始めた。それは美食家として有名な三年生、澤村が原因だ。彼の舌は確かで、ひと言「これはうまい」と言えば、購買の列は即座にその商品に傾く。


 その噂が流れて以降、昼休みと同時に廊下を駆け出すのが日常になっている。購買のパンには「人気商品は一人一個まで」というルールがあるため、出遅れれば何も買えないからだ。


「東雲にはアンパンの方が似合うと思うけどな。ほら、張り込み中の刑事がよく食べてるだろ?」


「かなりドラマに毒されてるわね。それに、私がなりたいのは探偵。警察官じゃないわ」


 そう言いながら、東雲はふと視線を遠くにやった。


「ねえ、噂の出所って澤村よね? でも彼、アンパンじゃなくて、カレーパンを二つ持ってる」


「え、マジか?」


 目をこらすと、確かに澤村の手にはカレーパンが二つ。噂の発信源が、まさかの非アンパン派とは。


 そのとき、購買の窓口からおばちゃんの声が響く。


「人気商品は一人一個までよー!」


「人気商品……ってことは、いま制限されてるのはアンパンか」


「そう。つまり、こういうことじゃない?」


 東雲がパンの袋を軽く振る。


「澤村は本当はカレーパンが好き。でも、友達の合田くんは体が弱くて、購買まで走れない。だから、彼の分も買ってあげたかった。でも、カレーパンが人気のままだと一人一個まででしょ? 二個買うには、カレーパンを人気商品じゃなくするしかなかった」


「だから、アンパンがうまいって噂を流したのか……!」


「みんながアンパンに走れば、カレーパンは制限対象から外れる。そうすれば、二個買える」


 東雲がニッと笑う。


「やられたな……僕も完全に踊らされてた」


「でも、悪い気はしないでしょ? 優しいトリックって、見破っても心が温かくなるものよ」


 東雲がそう言って、カレーパンを一口。


 僕はアンパンを見下ろす。たしかに、うまい。でも今日は少しだけ、カレーパンの方がうらやましかった。

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