第50話


「う、討て! 父の仇だ!」

 その指示は、本当に最悪のタイミングで行われた。


 組織において最も不必要なのは無能な働き者だという。

 指示を出した上忍は、その瞬間、間違いなく無能な働き者だった。

 無能な働き者の何が怖いかといえば、まともな思考能力を持っていればやらぬ事を、思いもよらないタイミングで行うところだ。


 そう、まともな思考能力を持っていたら、その行動は予想するのが難しい、味方からの不意打ち。

 だから止める事ができずに、現場に混乱を齎してしまう。


 頭領は一当てして即座に逃げると命じていたのに、その後から討てと命じた上忍の言葉は、忍び達を混乱させた。

 普通に考えると頭領の命が何よりも優先なので、後から発せられた上忍の言葉には何の意味もない。

 しかし戦いの緊張状態で不意に発せられた上忍の言葉は、忍び達の思考のノイズとなって、その動きを鈍らせる。


 ただ、そんな無能な上忍に一つだけでも褒めるところがあるとするなら、彼は他人に命じるだけでなく、自らも言葉通りの行動を取った事だ。

 忍び刀を抜いて襲い掛かり、他の動きを鈍らせた忍び達は単に蹴散らされたが、恐らく彼は迷いなく行動したから、誰よりもその攻撃は鋭かったのだろう。


「おっと、急に切り掛かってくるから、勢い余って殺してしまったよ。まぁまぁの腕だったけれど、殺す程でもなかったのにねぇ……っ!?」

 サンドラの右腕が、上忍の左胸を貫いている。

 けれども、その死は無駄じゃない。

 彼の言葉は場に混乱を齎すだけの最悪の一言だったが、その行動は、命と引き換えにはなったけれどサンドラの片腕の動きを封じた。


 急速に迫る僕に対して、サンドラが残る左腕の一撃を放つが、残念ながらそれは虚像だ。

 虚像を生み出す幻術に僕の姿を映させて、実際の僕と敵を挟み込むようにして攻撃を加える、忍術と斬撃の組み合わせ。


「忍法、水鏡斬り」

 僕の忍び刀が翻り、サンドラの首が宙を舞う。

 だがその宙を舞った彼女の首の目と、僕の目が確かに合った。

 相変わらず、敵じゃなかったら思わず見惚れてしまいそうな、魅力的な顔立ちをしてる。

 即座に体勢を地に伏せるように低くすれば、その頭上を首を失ったサンドラの身体が放った蹴りが掠めていく。


 そのまま後ろに転がって、苦無を一本投摘し、彼女が軸にしていた足を貫いた。

 これは、再びサンドラと遭遇した時に備えて用意しておいた、銀製の苦無だ。

 本当は心臓に打ち込んで止めを刺す為に用意したんだけれど、今は足止めに使う。

 銀の武器で傷付けば、その傷も即座に回復とはいかないだろうし、時間を稼ぐ事くらいはできる筈。

 このまま殺し切れるのでは、って欲が疼くけれど、そんなに甘い相手じゃないというのは、流石にもうわかってる。

 準備不足のままに踏み込めば、追い詰める事はできたとしても、最終的に敗れるのはこちらだ。


 折角の銀の武器を使い捨ててしまったし、次に会う時は銀の武器を警戒されるだろうけれど、問題はない。

 今の稼ぎなら銀の武器はまた買えるし、サンドラに対する切り札は、また別に持っていた。

 彼女を仕留める時は、その切り札に頼るだろう。


「全員、撤退だ! アカツキ、来い!」

 頭領の言葉にそちらに跳べば、僕の身体を捉えたのは駆け蜘蛛が出した粘着性の糸。

 そして僕は引き寄せられて駆け蜘蛛の背中に固定されて、頭領が駆け蜘蛛を走らせた。

 サンドラが狙う相手を立場や実力で決めてるなら、あの中で狙われるのは僕と頭領である。

 その二人が最も素早い移動手段で逃げてしまえば、他の忍び達が狙われる可能性は低い。


 彼女との遭遇はこれで二度目で、舶来衆の幹部との遭遇を全て数えるなら三度目か。

 全部どうにかこうにか逃げてるだけだが、それも彼らの油断があるからだ。

 今回は月齢が微妙な事も助けになったが、そろそろこうはいかなくなってくる。

 だから次こそは、こうしてどうにか逃げるんじゃなくて、何としても決着を付けなきゃいけなかった。


 遥か後方から狼の遠吠えのような声が聞こえたが、サンドラが追ってくる気配はない。

 恐らく足の傷が残ったままでは、全力で追い掛けるのは不可能だって判断したんだろう。


「……アカツキ、アレが先代を殺した舶来衆の幹部か。首を刎ねても死なぬとは、凄まじいな」

 遠吠えを背に、駆け蜘蛛に行先を指示する頭領が、僕にそう話しかけてきた。

 その声に怯えの色はなかったが、頭領は寧ろ、人の姿をしながらも首を刎ねられて死なぬサンドラに、呆れを感じている様子。


「そうですね。ですが、今日のサンドラは力をあまり発揮できていないようでした。恐らく彼女は、月が満ちる程に強くなる妖怪かと」

 ただ今日のサンドラは、前回の遭遇で体感したよりも、幾らか動きが鈍かったように思う。

 前回、僕がサンドラと出会ったのは、彼女が苦手とする銀に囲まれた、しかも月の光が届かない坑道の中。

 しかしあの日は双方の月が共に満月の、天の両眼の日だったから、月齢的にはサンドラが最も力を発揮する日だった。

 今日のサンドラなら、準備を万全に整えていたら、或いは仕留め切れたかもしれない。

 まぁ、暴走した上忍を止めに来た僕らの状態は、万全には程遠かったんだけれども。


「アレで弱い状態なのか。そういえば、月と力に関係があると言っていたな。アカツキ、アレを殺せるか?」

 僕の言葉に頭領は苦笑いを浮かべて、でもサンドラを殺せるのかと、僕に問うた。

 その言葉に、僕は少し考えて、頷く。

 条件が整えば、殺せると思う。

 いや、仮に殺せなくても、封じる事は可能だ。


「人と物を揃えて、時と場を選べばどうにか。どうやら目を付けられてるみたいなので、彼女を仕留めなければ、僕も里も未来はなさそうですし」

 二度の遭遇でサンドラの力も随分と把握できてきたが、彼女の不死性に関してはまだ底が見えない。

 だから確実に殺せるかといわれれば首を捻るところはあるんだけれど、殺せなければ首や手足を胴から切り離して、別々に銀の箱にでも入れて埋めてしまえばいいだろう。

 或いは、それは単に殺すだけよりもずっと残酷な行為かもしれないけれど、他に手がないなら仕方がないし。

 そうした封印の手段も含めて、サンドラと戦うにはとにもかくにも準備が必要である。


「未来か。……そういえばお前は、何時も先を見ようとしてるな。よし、わかった。ならばアレの始末はアカツキに任せる。人と物は必要なだけ使え。その中に、俺も含めても構わん」

 すると頭領は、少し考えた後に、サンドラを討ち取る事に関する全権、そう、文字通りに全ての権限を、僕に預けると言い出した。

 何しろ頭領すらも、必要ならば動かしていいと言われたのだ。


 これは肩にかかる責任が、途轍もなく重い。

 もし仮に失敗すれば、僕に里での居場所はなくなるかもしれなかった。

 いや、でもどのみち、サンドラを仕留めれなければ僕にも里にも未来はないから、どっちみち結果は同じである。

 だったら、まぁ、気楽に、だけど全力を尽くしてみよう。



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