第9話 ささやかな結婚式

 今日は皐月、4歳のお誕生日。

 朝からご馳走の準備で大忙し。とはいえ、ゴールデンウィーク真っ最中なのでお祝いの準備もめちゃくちゃ捗る。

 お義母さんは朝からお菓子を作っている。その傍らで、皐月が頑張って苦手を克服しつつあるピーマンを大量に刻んでいた。

「……七海さん、そのピーマン、どうするの?」

 ケーキの土台を型から外してケーキクーラーに並べたお義母さんが不思議そうに聞いてくる。

「皐月、最近は刻んだピーマンが何かに混ざってたら食べられるようになったので、ハンバーグのタネに仕込もうかなって。それに、これだと犬用のハンバーグにも入れられるから、コハナちゃんも食べられますし」

 そう。今日のお客様はコハナちゃんと白石さん。長男の昌隆くんは就職先の研修に、次男の真二くんは大学の研究にと、それぞれ忙しくて来られないと聞いている。

 代わりにふたりから預かっているものがあるので、後のお楽しみに。

 ちなみにふたりからは白石さんの好物も聞けたので、昨夜からそれも仕込んでいる。それ——豚の角煮の具合も見ておかなきゃ。

 そうそう。今日の主役はゴールデンウィークだから帰宅している浩介さんに、美容院に連れて行ってもらっている。浩介さんのセンスを疑うわけではないけど、一応予防線を張って、あらかじめ『こうしてあげてください』という画像を美容院の店長には送ってある。

 さーて。角煮ヨシ! ハンバーグのタネができたから、あとは成形しておいて焼くだけにしておいて。それから……あ、そうそう。部屋も飾りつけなくちゃ!!


 そうこうしているうちに正午。

「ただいまー!」という声も軽やかに、我が家のプリンセスが帰ってきた。

「さっちゃんよかったね! この巻き髪、お姫様みたいでかわいい。よく似合ってるじゃないの」

「えへへー。おかあさん、ありがとう」

「それじゃあ……さーて、お着替えしないとね」

 皐月に手洗いうがいをさせて寝室へ連れて行き、主役にしか許されていない白いドレスに着替えさせてあげることにした。

 お顔にも軽くお化粧もして……よし、完成!

 そのタイミングでチャイムが鳴った。浩介さんが対応しているらしい。だけどどうしていいのか戸惑っているのか、

「す、すみません! 大丈夫ですか⁉︎」

などという、はたから聞いたら全然大丈夫ではなさそうなことをした声が聞こえてきた。

 ああ、あとで白石さんに謝っておこう。


 パーティーは皐月がケーキの蝋燭を吹き消すところから始まった。

 ハッピーバースデーの歌の最後で、ひと息では難しかったらしい。ふた息、そして最後に残った1本をコハナちゃんが手伝ってくれて何とか消すことができた。

 拍手で見守られている様を浩介さんはカメラマンとして何枚もシャッターを切っていたのに、突然泣き始めた。

「どうしたの、浩介?」

 お義母さんが声をかければ「だって」とベソをかく。

「皐月がこんなにおおきくなって……お父さんは嬉しい……」

 うっかりそれにつられて泣きそうになった。だけど今日はそんな暇ないの。

 私は鼻をスンと一回だけすする。

「はいはい、浩介さん。カメラマンとしてしっかりお願いね。

 お義母さん、私は料理の仕上げをしてきます。

 白石さんとコハナちゃんはゆっくり寛いでくださいませ」

 私がキッチンに向かうと、皐月が白石さんとコハナちゃんに絵本の読み聞かせを始めたのが聞こえる。

 その絵本、皐月の天敵・ピーマンが出てくるやつだったのに。

 ページを捲るタイミングでコナツの、ワンッ、という合いの手が入っているのが可笑しい。


「はーい、お食事できましたよー!」

 テーブルに料理を並べていく。

 海老とアボカドのサラダ、コーンポタージュ、玉ねぎ不使用・ピーマン入りハンバーグ、豚の角煮、バゲット……。

「白石さん、パンと白ごはんどちらがいいですか?」

 角煮にバケットは合うかどうかでいえば微妙な気がした。

「選んでいいんですか?」

「いいですよ。どちらもご用意してますから」

「それじゃあお言葉に甘えます。ごはんで」

 白石さん、もっと遠慮なく言ってくださればいいのに。


 浩介さんが音頭を取って「いただきます!」の挨拶をして早々だったけれど、私はみんなの箸を遮った。

「待って! 少しだけ待って‼︎」

 すかさず私はお散歩リーダーたちから預かったものを取り出した。

「七海、それは……カーテン……?」

 などと言っている浩介さんは置いておこう。

「なんて素敵なのかしら! 私、さっちゃんに着せてあげたい!」

「それじゃあ私はコハナちゃんに……おっ、よく似合ってる!」

 それはヴェールだった。

 花嫁さんが使うやつのミニマム版。ふたりとも本当によく似合う。あと、カーテンなんて言った浩介さんには後でお説教しないと。

「結婚式っていったら、やっぱりこれですよ!」

 私が皐月に渡したのは、犬用ハンバーグ。

「ファースト・バイトのお時間でーす‼︎」

 イェーイ! と盛り上がったのは私とお義母さんとコナツ。主役と主賓とメンズはぽかんとしている。

「結婚式……って。七海、今日は皐月のお誕生日だろ?」

「いいじゃないの、浩介さん。せっかくヴェールもあることだし、もう結婚式で」

 すると、白石さんが「ふっ、ふふっ」と控えめに笑いだした。

「いやー、今日はいい日だ。そちらの姫のお誕生日をお祝いできるだけじゃなくて、うちの娘との結婚式もしていただけるだなんて」

 このとき、誰も白石さんがとんでもない爆弾を持っていることなど知る由もなかった。


 宴もたけなわ。しかし、あまり遅くなりすぎてもよくないからと言う白石さんたちを見送りに出た。

 それは皐月がコハナちゃんに「ばいばーい」と言っているときのことだった。

「七海さん、今日は良くしていただいてありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ。来ていただいてありがとうございました」

『それと、いらしたときにうちの旦那が粗相をしたみたいですみません』を続けようとして、気づいた。

 サングラスの向こうにある白石さんの眦から、光るものが滴ってきた。私はその美しさに気を取られて、大事なことを聞き逃してしまう。

「——え?」

 白石さんの言葉は、とっくに風とともにどこかに消えてしまっていた。


 いや、あまりにもショックすぎて、私の脳みそが受け取りを拒否したのかもしれない。

 それを玄関先に置いたまま、私はこのゴールデンウィークの家族旅行へと飛び立って行った。

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