4章01 はじまりの地

 セラン村のはずれ、森の奥深く。

 踏みならされぬ土と、重く沈んだ木々のざわめきの奥に、それは静かに息を潜めている。

 古びた祠(ほこら)。誰にも忘れられたかのように、苔むした石の輪郭だけが、深い霧の中に浮かんでいた。


 風に削られた石碑の表面には、太古の言葉が刻まれている。

 読み取れる者は、いまやごくわずか。けれど、そこには確かに“なにか”が宿っていた。


「ここは、始まりの地。

 世界に最初の光が灯された場所。


 やがて闇が満ちるとき、

 神は、落とし子を遣わすだろう。


 愛と祈りを忘れるな。

 人が愛を示すとき、神はそれを試練として返す。

 だが、真の祈りは、すべてを救うだろう」


 村ではほとんど語られぬこの祠の存在を、リュカは幼いころから知っていた。

 霧に閉ざされたその場所で、彼は静かに守られるように育ったのだ。


 だが――近年、森を覆う霧は、その性質を変えつつあった。

 かつては朝露のように儚く、陽が昇る頃にはすっと消えていたはずの白い気配が、

今では昼を過ぎても消えず、地を這うように残り続けている。


 ある日、村に立ち寄った旅の商人が、門の前で眉をひそめた。

 「……この森、こんなに霧が濃かったか? 前はもっと、明るかった気がするが……」


 門番は曖昧に笑って、うつむいた。

 誰もが、心のどこかで気づいていた。

 けれど、それを口にした瞬間、何かが変わってしまう気がして――誰も言葉にしようとはしなかった。


 静かに、ただ静かに。

 濃くなった霧の、その奥で。

 目には見えぬ“なにか”が、確かに、うごめきはじめていた。

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