3章06 光をつなぐもの

ファルナは、この村に来て、まだ三ヶ月も経っていなかった。

細い道が続く丘を越えて、木立に囲まれたこの小さな村へ。

行き場を探すように、たどり着いたのだ。


生まれ育った家では、「いい子」でなければ、存在すら認められなかった。

言葉にせずとも、父も母も、祖父母も、皆同じ目をしていた。

役に立つこと。

期待に応えること。

そうでなければ、必要とされなかった。

期待に応えられなければ、暴言や折檻などが待ち続けていた。


愛された記憶は、思い出せない。

働ける年齢になり、ファルナは親族から、賃金をすべて家に入れる様、要求された。

従って数か月が経ったころ、ファルナは心に限界を感じ、逃げ出すように街を去った。


そんな過去を背負って、それでも、生きる場所を探してここに来た。


* * *


住み込みでの仕事を見つけてしばらく、最初にリュカの噂を耳にしたのは、村の市場だった。


「……あの子に触れられたら、腰の痛みが治ったんだって」

「リュカは、神様の加護を受けてるのかもね」


そんな話を、パン屋の娘たちが、楽しそうに囁き合っていた。

興味本位だった。それだけだった。


けれど、ある日。

市場の隅で、荷物を落として転んだ老婆が、

腕を押さえ、うずくまったのを目撃した。


近くにいた少年が近づき、そっと手を差し伸べた瞬間――

老婆の顔がぱっと明るくなり、すっと、立ち上がるのを見た。


ファルナは、息を呑んだ。


(ああ……この子は……)

(この子が、噂のリュカ、かな……)


胸の奥で、何かが震えた。


(この子を支えられたら――わたしも、誰かを救えるかもしれない)


ただの憧れではなかった。奇跡への心酔。

その力を、"正しく広めたい"という衝動。


(わたしにも、できる。きっと)


それは、ファルナ自身が、救われたかった気持ちの裏返しだった。


* * *


それから、ファルナは、修道院に通うようになった。

病人の運び出しを手伝い、

リュカに癒してもらう人々を案内し、

必要な薬草を集め、修道女たちを助けた。


「ファルナさん、ありがとう」

「あなたがいてくれて助かるわ」


そんな言葉をもらうたび、

心の中の冷たかった部分が、少しだけ満たされる気がした。


(わたしは、役に立ってる――)


それは、誰にも言えない、けれど確かな快感だった。


リュカは、そんなファルナを、ただ静かに受け入れた。

何も疑わず、ただ「ありがとう」と微笑んでくれた。


それが、ファルナにとっては、何より甘い報酬だった。


(わたしは、この子の力を広めるんだ)

(この奇跡を、もっと多くの人に届けるんだ)

(それが、わたしの役割なんだ)


けれど、気づいていなかった。

その想いが、いつしか“リュカ本人”ではなく、

“リュカの奇跡”だけを見ていたことに。


――それが、最初の、小さなほころびだった。

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