2章13 知らないものに揺れた日
午前の光が斜めに差し込む中庭で、ノアは腰かけていた。
周囲には子どもたちの声が響き、
修道院の庭に植えられた草花が、風に揺れていた。
杖は手元に置いたまま、今日は使っていない。
今朝も、足は痛まなかった。
(……嘘みたいだな)
自分の体が、自分の思いどおりに動く。
その感覚は、長いこと忘れていた。
けれど――だからといって、心が弾むわけでもなかった。
頭の中では、この村の情報と、商売にどうつなげるか、計画を練っていた。
しばらくそうしていると、リュカが歩いているのが見えた。
土で汚れた膝、袖まくりをした腕。さっきまで畑を見に行っていたのだろう。
「リュカくん、お疲れさま。随分、働いてるみたいだね」
「うん、土をさわるのは好きなんだ」
ノアは相槌を打ちながら、その表情を観察する。
汗を拭うでもなく、
当たり前のように草の間に腰を下ろすその姿に、不思議な“ズレ”を感じた。
「きみはすごい力を持っているのに、ここを出たいと思ったことはないかい?」
「……それって、だいじなこと?」
「……さあ」
ノアは一瞬、口をつぐんだ。
予想していた答えの、どれにも当てはまらなかったからだ。
リュカの問いには、何かを試す意図があったわけでも、咎める色もなかった。
ただ、まっすぐに“本音が返ってくることを前提に”聞いてきた。
その構えが、ノアには妙に落ち着かなかった。
「ノアさんは、足が痛くても、大丈夫って言ってきたでしょ?」
唐突に、リュカが言った。
「……そうだね」
「それって、どうして?」
「……みんなに心配させたくなかったからかな」
「うーん……それって、しあわせなのかな」
リュカは空を見上げてから、ぽつりと続けた。
「みつけられないのって、こわいとおもうんだ」
ノアは返す言葉を探せなかった。
心の奥に、“予測”ではなく“反応”が生まれているのを感じていた。
(……こいつ、俺の中を、見ている?)
計算して動いていた自分に、答えのない問いが突きつけられていた。
何かが、静かにずれて、戻らなくなっていた。
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