1章02 風の言葉

風は、森のどこよりもおしゃべりだった。


どこか遠い町の言葉か、森にやってくる人々か、どこからかやってくる。


葉を揺らし、枝をすべらせ、霧を摘で、時にリュカの耳に、何かを噛みしめた。


最初は意味がわからなかった。けれど、何度も、何度も、それは繰り返された。


「……ひかり」「みず」「いきる」「ことば」


それは風が運んでくる、かすかな音だった。

木々のざわめきの合間に縛れていたが、リュカの内にはすんなりと沁み込んでいった。


「なまえ」


ある日、そんな音が届いたとき、リュカはふと立ち止まった。


それは、自分にないもの。けれど、他の者にはあるらしい。あの老人も、時抜、自分をそう呼んでいた。


「リュカ」


風がその音を繰り返した。


リュカは、ゆっくりと口の中で転がしてみた。


「……リュカ」


音になったその瞬間、霧が静かに揺れ、森の光が他のまわりで優しくきらめいた。


それは、世界とつながる第一歩だった。

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